24、因果
マジェンダ共和国。山間部にて。
「あんたが、ただのお人よしだってことはよく分かった」
「……ぇ?」
なんの脈絡もなくシュカに言われて、フォリアは顔を上げる。
そこで自分を見下ろしている男は、呆れたというより、諦めたと表現するのが正しそうな溜息を吐いていた。
「休め。こいつらは元敵国の人間だろう。あんたがそこまで身を削る必要なんてない」
そして、シュカはそう続ける。
食事を忘れて何時間も、魔法を使い続けるフォリアはもはや異常だった。
「なぜ、そこまでして救おうとするんだ。ただの偽善では説明が付かない」
「………………」
魔法をかける手は止めず、フォリアは目下の患者に視線を落とす。
魔物化してから暴れた傷が深いため、浄化後すぐに治癒魔法で癒しているところだった。
「ここで折れる訳にはいかないんです。救えないことを受け入れるしかなかった人に、間違ってると言ったからには」
そして、フォリアは初めてこの視察に参加した理由を口にした。
「大事な人なんです。でもわたしは彼女の葛藤も知らずに、綺麗事だけを言いました。――だから、ここでこの人たちを助けられなければ、わたしは彼女に合わせる顔がないんです」
額から落ちてくる汗を拭う。
これは自分で自分に課した責務だ。
確かに浄化の魔法は今のところ自分にしか使えないかもしれないが、そんなことは関係なかった。
「わたしはわたしの為にここに来ました。聖女だからとか、そういうのはどうでもいいんです」
ハッキリと告げられた信念に、シュカは閉口する。
彼はフォリアが、ここまで自分の意思を強く持っている人間だとは思っていなかった。
見るからに温室育ちで、綺麗なことばかりを謳うタイプだと。きっと、この視察にも耐えられずに、そのうち音を上げるだろうと。
そう思っていたのに、むしろ、彼女はやり過ぎなほどに献身的だった。
今の今まで、彼女のことを甘くみすぎていたのかもしれない。
「………………そうか……」
話しながらも治療をやめないフォリアの前に、シュカは腰を落とした。
「……?」
「手伝う。邪魔して悪かった」
彼はそう言って、床に置かれたトレーからタオルを取ると患者の傷だった部分を拭っていく。
基本的に治癒魔法を施したあと、出血などの汚れは残るため、患部がきちんと処置されたかは洗浄して診るのが一般的だ。
彼が手を貸してくれるのを見たフォリアは一瞬目を見張るが、それもすぐに変わって微笑む。
「ありがとうございます」
「……さっさと終わらせるぞ」
「――はい!」
◆
決して短くはない旅路だ。
仲を深める聖女と勇者(仮)の姿を遠くから見守っていたリッカは、彼らが何を話しているのかまでは聞き取れない。
何を話しているのかは気になるが、本人に確かめるほどの距離には物理的にも精神的にもいないので、リッカは目を逸らす。
「おねぇちゃん。そろそろ夜ごはんだよ」
「わかった。教えてくれてありがとう」
テントの外で雑用を終えて待機していた彼女を、ソルドが呼びにくる。
オルゴール爆破事件から、ソルドは明らかに自分に気を遣ってくれるようになってしまった。悪いことではないのだが、原因が原因なのと、正体を偽っている側からすると心から喜べない。
「……ね。今日はみんなの近くで食べよーよ」
「え?」
料理が配られる方へ向かおうとすると、くい、と服を引っ張られて足を止めた。
「その……。いつも、軍人のおにーさんと、おねぇちゃんはふたりだけ遠くで食べてる、から……」
しゅんとして言う彼は、果たして自分の容姿を理解してやっているのだろうか。だとしたら、とんだ小悪魔なのだが、少年がこちらを気にかけてくれているのを無下にするのは本意ではない。
「いやだ……?」
「そんな訳ないよ!」
「やったぁ。じゃあ、おねぇちゃんはぼくの隣ね!!」
提案を受け入れると、ソルドは子どもらしく屈託のない顔で笑った。
「あ。おねぇちゃんのことはぼくが守るから、おにーさんはあっち行っててもいいよ?」
「おー。売られたケンカは買うぜ??」
「……ハルルさん……」
「べぇ〜」
もちろん本気ではないことは承知していたが、からかうハルルにツッコミを入れる。
が、ソルドは舌を出して煽っていた。
まあ、ハルルからすると、これくらい雑に当たられた方が気は楽なのかもしれない。
野外キャンプは、大鍋料理が中心だ。
焚き火とくつくつ湯が煮たつ音がする一角に、ソルドと一緒に歩いて行く。
リッカは他の雑用はやらせてもらっても、料理については手出し無用と言われているので、毎回出来上がった食事を大人しく待って食べている。
そして基本的にフォリアより後に食べるようにするのが、彼女なりの配慮だった。
「シュカ兄が止めにいってたから、もう来るよ」
「……そっか」
それをソルドに見透かされるから、リッカは肩をすくめる。
「おねぇちゃん達にとって聖女さまはどんな人なの?」
「……というと?」
「皇国の人は聖女さまのことどう思ってるのか、ぼくよくわからなくて。だって、本当にすごく大切な人だったらこんな危険なところに寄越さないでしょう?」
子どもらしい純粋な疑問だ。
リッカはちらりとハルルを見て、目が合うと再びソルドに視線を戻す。
「皇国にとっても貴重な人だよ。だから、終戦から一年も経ってから、今回やっと視察が決まったんだと思う」
「……たしかに……」
「まあ、被害が大きかった共和国の方が多いから、ソルドくんたちの方がその凄さを感じるかもしれないね」
シュカと一緒にこちらに歩いてくるフォリアを見て、リッカはそう続けた。
そして、
「――じゃあさぁ、『首切りの亡霊』は?」
不意に出てきたその呼び名に、リッカの心臓がばくりと跳ねる。
「……首切り……?」
「うん。あれ? 知らない?」
「その人、こっちでは『狼牙』って称号で呼ばれてんだよ」
顔には一切驚きを出さずに首を傾げた。
その様子にソルドは目を丸くし、ハルルが補足を入れる。
「へぇ〜。変な称号だね。そのロウガって人はさ、聖女さまより有名なの?」
「ほんとに知りたいのか。それ」
「…………」
狼牙の話になって、ハルルが一歩前に出た。
普段へらへら笑ってみせる分、こう言う時の冷静な問いかけは圧がある。
ソルドは彼のプレッシャーに口を閉じた。
「うーうん。やっぱり、ぼくは全然知りたくないや!」
少しの沈黙のあと、からりと笑ってソルドはくるりと方向転換する。
(…………ぼく“は”……?)
その言葉に引っかかりを覚えるのは、本人だからだろうか?
そう考えた瞬間、リッカは何か嫌な予感がした。
「知りたくねーなら、最初から聞くなよ。おチビ」
「はぁ〜い」
ソルドが歩き出したので、リッカとハルルも後に続く。
「まぁ。ぼくは最初からひとりだったから、あんまり関係ないけどさぁ〜」
水色の髪は夜だと白く見える。
視線のすぐ下でふわりふわりと風になびくその髪を見つめながら、リッカは胸騒ぎがするのを気のせいだと自分に言い聞かせていた。
「知りたい人はたくさんいると思うよ」
ちらりとソルドがハルルを、上目遣いで見上げる。
そして、彼は言った。
「特にシュカ兄はロウガに家族全員殺されてるから、見つけたら殺しちゃうかもねぇ」
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