23*さだめ
短いようで長くなった、予言の席が終わった。
様々な顔色をした貴人たちがゾロゾロと部屋を出ていく中、アディスは隅の席でエリナに言われた言葉を反芻していた。
正直、彼女に言い返してからの記憶は曖昧だ。
(死ぬってなんだ。もう遅いってなんだ)
エリナのいう「アイツ」が他の人の可能性だって、まだ残っている。
しかし、アディスは確信していた。
彼女のいうその人が、ラゼ・シェス・オーファンだと。
(……無事でいてくれればそれでいい。そう願うのが、俺じゃダメなのか?)
予言を聞いてから、ずっと頭の中で情報が濁流していた。
予言とは、元来それを聞いて今後の未来をより良くするために使われるものだ。
しかし、実際に自分がその言葉を受けてみて感じたのは、軽い絶望だ。
変えられる、変えてみせると思ったところで、自分が何もできなければ待ち受けているのが、その未来だとしたら、どうして正気でいられるか。
「――いつまで居座るつもり?」
俯いていたアディスに声をかけるのは、新しい予言者だ。
ハッとして前を向けば、不貞腐れたような顔のエリナがいて。周囲を見渡し、他に誰もいないことを確認してアディスはばつが悪い。
「へぇ。色気担当腹黒頭脳枠のあんたでも予言を間に受けちゃうんだ」
初対面のはずの彼女にそしった素振りで言われる。
どうして彼女にここまで言われないといけないのか。
明らかな悪意に、アディスは仮面を被るのをやめた。
「何故、君はそこまで俺たち……いや、彼女を目の敵にする?」
「はっ。なんにも聞いてないの? あのモブから」
「…………」
自分の知らないラゼの一面があることを、真正面から叩きつけられる。
「バカ弟子。ワシはもう戻るぞ」
「はいはい。後から行きますよ。この人と話終わったら」
「あまり調子に乗りすぎるでないぞ」
「わかってる。でも、言いたい事は言いたいうちに言わせてもらわないと気が済まないの」
「はぁ……。好きにせい」
ババロアの小言を突っぱねて、エリナは護衛の男とその場に残った。
並べられた椅子を返して座ると、足を組んで。
話す準備を整えた彼女は改めてアディスに向き直った。
「――それで、何故私があの女のこと嫌いかって? 当然でしょう。アイツが帝国まで押しかけてきたせいで、私はこのクソみたいな国に一生縛られて生きる事になったんだから」
エリナはそう言って、首のチョーカーを外した。
そこに刻まれている黒い文字列に、アディスは驚く。
「それは……まさか、隷属の……」
今や廃止にするべきだと言われる強い拘束力を持った魔法だった。死刑よりはマシだろうという判断のもと、大罪人にしか施されない処置だ。
思っていた以上の罪の重さに、アディスの中で謎が解けた。
「――そうかっ、君は『先読みの』……!!」
旧帝国に、予言をする巫女がいたと聞いた。
確か元はシアン皇国民であり、身柄はこの国で拘束されているとも。
(じゃあ、つまり、あの戦争でラゼはあの国に乗り込んでいた?? そして、この人のことを捕らえた――)
トップシークレットだろう。
なにせ、あの国は内乱によって滅びた――ということになっている。
皇国の軍人がそれに一枚噛んでいたとなれば、共和国民は目の色を変えるはずだ。
「ご理解いただけて?」
「…………」
状況を理解した。
何故、目の前のこの娘がラゼを嫌うのかも。
「……理解はした。でも、どうして今日ここに呼ばれたのが俺なんだ」
ずっと気になっていたことをアディスは尋ねる。
「あら。アイツ関連でここに呼ばれる心当たりがない、とでもいいたいわけ?」
「他にも彼女と関わりのある重鎮はいたはずでしょ」
「まあ、そうね」
エリナはあっさり肩をすくめてみせた。
「確かめたかっただけよ。あんたが私の知ってるあんたなのか」
「…………それは、どういう……」
彼女のいうことは分からないことばかりだ。
アディスは眉根に皺を刻む。
「ここは物語の舞台だって言ったら、あんたは信じる?」
嘲笑うエリナのセリフに、時間が止まった。
「あの女が消えるのは自然の理なのよ。だって、本来アイツはここにいるべきではない、中身はこの世界の人間じゃないんだから」
そして付け加えられた言葉に、アディスは混乱する。
「この世界の人間じゃ、ない……?」
物語うんぬんという話は、カーナから聞いていた。
それこと予知に近い能力なのだろうと結論され、その未来を覆すためにルベンやラゼが努力していた。
だが、最後の発言は一体なんだ?
彼女がこの世界の人間じゃない?
そんなのは初耳で、到底信じられない狂言にしか聞こえない。
「ええ。そうよ。かくいう私もそのひとりだし」
エリナは真顔で頷いた。
「あんたはずっと化かされてるだけなのよ。どう? 得体の知れない人間を守る必要なんてある? アイツがいない世界の方が、正しい歴史を歩むかもしれないわよ?」
「――――――だから?」
「…………?」
「だから何? 彼女は彼女だ。どんな過去や事情があったとしても関係ない。俺が死なせたくないから、俺が勝手にやってるだけだ。君の意見なんてどうでもいい」
アディスはそう言うと立ち上がる。
「じゃあね。忠告だけは有り難く受け取っておくよ」
◆
「しつこそうな男だな」
「でしょ? 全然私のタイプじゃないの」
アディスが去った後、ふたりは顔を見合わせる。
「それで? おまえの知ってるやつと同じだったのか?」
「…………あれは、もう別の人よ。根は同じだけれど、あそこまで悟って行動に移れるほど、私の知ってる彼は差し迫ってなかった。どちらかといえば、物語の彼の方が『キレイ』な気がするわ」
「はっ。確かに、貴族のガキにしてはマシな面構えだった」
「別に褒めてないんだけど……」
護衛の男にエリナはムッと目を釣り上げる。
「それにしても話すぎたんじゃないか? 本気で嫌っているなら、あそこまで口を出してやらなくてもよかっただろうに」
「…………」
図星を突かれた彼女は、口を閉じた。
「仕方ないでしょ。この国が滅ぶようなことになったら、私たちは死ぬのよ?」
きょとんと男は目を丸くする。
確かに「生かされる」ことが決まった時、この首に施された魔法の説明でそんなようなことを言われた。
この国から出ることはおろか、自由に外出することもできず、文字通り飼い殺しにされる。この国の滅びは、自分たちの滅びだ。
「ほう。つまり、やつはソレが出来る男だと!」
楽しそうに、男は笑った。
その無邪気な笑みに、エリナはまだ慣れない。
この男が笑っている時ほど、嫌な胸騒ぎがする時はない。
――それに、実際に国を滅ぼすだけのことをしでかした張本人が笑っているのだから、冗談じゃなかった。
「もう血生臭いのは御免被るわ」
「そうか? たとえどんな敵が来ようと、おまえのためであればオレは剣を振るうことができて愉快なんだがな」
「――この、戦闘狂いが!!」
こちらは人殺しとは無縁の社会を生きていたのに、どうしてこうも厄介な奴と運命を共にすることになってしまったのか。
エリナには不満ばかりが募る。
「今回、オババが奴を呼んだ理由がやっと分かった。ここ最近街に流れている噂の事件が転換点なんだろう? 差し詰め、狼牙が死ねば先ほどの男が化けるといったところか」
男の推察は当たっていた。
エリナの見た未来では、あの忌々しい狼の牙が消えて、怒る度合いが一番イカれてるのがアディス・ラグ・ザースだった。
「――あんたは成りきれなかったけど、多分ああいうのを人は『魔王』って呼ぶんでしょうね」
教会内の腐食を焼き払い、貴族の出身でありながら貴族制度を廃止させる。
ひとりの娘を失って、この国が払わされた代償はあまりにも大きかった。
友だったはずのルベンとも対立し、乙女ゲームの世界が茶番だったとでも言わんばかりの終末を迎える。
無論、最後は彼も死ぬ。新たな英雄に裁かれて。
「言いたいことは全部言ったわ。あとは星の導きってやつなんじゃない?」
「なら、オレたちの首が飛ばないように祈りでも捧げるか」
「冗談じゃない。祈る暇があったら、一秒でも長く知恵をひねるわ」
「ははっ。おまえのそういうところ、嫌いじゃない」
「――っ! わ、私には信仰心なんて皆無ってだけよ!」
きっと、ファンディスクで主役を飾ったアディスの相手役に据えられなければ、死ぬまではいかなかっただろうに。
よりにもよって、アディスにここまでさせるような人間になってしまったせいで、あの狼牙は未だにこの世から排除されそうになっている。
(……そう言ったところで、彼はもう狼牙を諦めることなんてできないでしょうね)
言ってやっても良かったが、もう遅いのだ。
彼があの娘に落ちた時点で、どう足掻こうとラゼ・シェス・オーファンには物語の強制力がはたらく。
「せいぜい、抗って踊るといいわ」
それなら、高みの見物といこうじゃないか。
捕まって自由を失った自分より、きっとあちらの方が苦しむに違いないのだから。
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