19、目覚め
小説最終5巻発売中です。
何卒宜しくお願いします。
――グスンッと。
誰かが泣いているのが聞こえて、意識が覚醒した。
「…………ソルド、くん?」
椅子に座ってベッドにうつ伏せていた水色の髪の少年を、リッカは呼んだ。
「――!!」
驚いて顔を上げた彼は、その目に涙を残したまま彼女を見つめる。
「め、目が覚めたのっ?」
慌てて袖で顔を拭いてソルドは立ち上がった。
「痛いところない? あっ、喉乾いてる? お腹減った? 起き上がれる? 大丈夫?」
「う、うん。大丈夫だから落ち着いて……」
矢継ぎ早に質問されるから、リッカは彼をなだめる。
どこかの宿だろう。とりあえず気を失った後、ベッドに寝かせられているのは把握した。
あの箱が爆破装置だったことは間違いないと思う。
フォリアについてはシュカが手を伸ばしていたし、ソルドにはハルルが反応していた。
「聖女様は無事だった?」
「……うん。なんか結界みたいな魔法が発動して無傷だったんだって……。ぼくのことは軍人さんが……」
「そっか。よかった」
忘れかけていたが、フォリアには万が一に備えてギルベルト副騎士団長が守護の魔法をかけていたのだ。そのおかげで無傷で済んだらしい。
あれが故意に用意されたものだったのかは、正直判断が難しい。ソルドが自爆するとは考えにくいし、そもそも聖女の命が危険に晒されるなんて、共和国人にとっても不利益だろう。
(ただの事故……でしょう)
事故だと思いたい。
たまたまゼールの髪と瞳のような宝石が置いてあって、たまたま一番値段が安かった綺麗な箱を、たまたまソルドが開いてしまっただけだ。
まさか、フォリアにはギルベルトの結界が張ってあるから聖女は無事でいられるだろう、なんてことまで考慮されて起こった事件ではない……はず……。
そもそも、そんなことをして、一体誰が得をするというのだ。今回の被害でいえば、ただの荷物持ちが死にそうになったくらいである。
(……みんな無事だし、まあいいよ。あたしはあたしの役目を果たせればそれでいい)
事故について調べるのは自分の仕事ではない。
そう改めて、リッカは思考を閉じた。
「あたし、どれくらい寝てたんだろう。隊の皆さんに迷惑をかけちゃってるよね……」
「おねぇちゃんが爆発に巻きこまれたのは、昨日のお昼だよ。聖女さまがすぐに治癒してくれたから身体は治ったけど――」
「はぁーい、そこでストップ」
ソルドの言葉を止めたのは、部屋の隅のソファで目を閉じていたハルルだった。
護衛として側にいてくれたのだ。
「ね、寝てたんじゃ!」
「それじゃあ護衛の意味ないでしょ。リッカさん、身体は普通に動きます?」
「――え? はい。どこも不自由なく」
「うん。ならそれでオッケーオッケー! 怪我の詳細は聞かない方がいいっすよ」
つまり、結構ひどい怪我だったのだろう。
怪我の自覚がなければ、回復時に起こる副作用も出にくい。――リッカの身体は腹を貫かれたくらいの傷なら、ラグもリハビリも必要なくすぐに動けるのだが、今回はそういうことにしておく。
「んじゃあ。とりあえず、水でもどうぞ」
「ありがとうございます」
魔法で水が注がれたコップを渡されて、リッカはそれを受け取る。こくこくと水を飲み干す間、ハルルはベッドの淵に腰掛けてずっと自分のことを見ていた。
「ぼ、ぼく、聖女様を呼びにいってくるよ」
「待って。夜も遅いから、明日の朝で大丈夫だよ」
「でも……」
「何ともないから。ね?」
ソルドに気を遣われているのは明らかだった。
「……どうして、怒らないの……」
少しの沈黙の後、ソルドは言う。
「何も怒ることなんてないよ。ただの事故なんだから……」
「ぼくが不用意に箱を開けなかったら、おねぇちゃんは危ない目にあわなかったんだ」
「それは偶然そうなっちゃっただけで……」
「ぼくが考えなしの子どもだから。またぼくをかばってくれた人が……」
俯いたソルドの目は、どこか遠くを見ていた。
自分の言葉が届いていないことに気が付いたリッカは、彼に手を伸ばす。
「ソルドくん」
「……っ!」
両手で頬っぺたを挟み、彼の顔を前に向ける。
「助けてくれるんでしょう? サンドウィッチの分、また次の機会に助けてくれれば、それでおあいこです」
上乗せして、あと二回分助けてくれてもいいですよ、と。リッカは彼に笑って言った。
「〜〜っ。うんっ、次は、ぜったいにぼくが助ける番だからね」
「頼りにしてるよ」
気持ちが切り替わったのが分かって、リッカはよしよしとソルドの頭を撫でる。大人だらけの環境で、この少年はよくやっていると思う。自分と違って、前世の記憶も何も無い少年がここまで頑張って生きてきたのかと考えると抱きしめたくなる。
このくらいの年の少年には、どうにも弱いのだ。
「残念だけどキミの出番はこないぞ〜」
すると、それまで黙っていたハルルが横槍を入れてくる。
せっかくいい具合にまとまったのに、何故そんな茶化すようなことを言うのかと、リッカは怪訝な眼差しを彼に向けた。
「リッカさんを守るのはオレの仕事。……だからもう、こんな怪我させねーよ」
ソルドの額を小突いたハルルは、声色こそいつも通りだったが、雰囲気は微妙に違かった。
(…………怒ってる?)
何となく暗い目をしている気がする。
彼は荷物持ちの専属護衛な訳だから、護衛対象が自ら爆破に巻き込まれれば怒りもするか。
一番ソルドの近くにいた自分が気がつくのが速かったから不可抗力だと思うが、ハルルには不満だったらしい。
「ってことで、オレの前では二度と無茶しないでくださいよ。リッカさん」
――あ。やっぱり怒ってる。
リッカは「あははは……」と苦笑をして、返事は誤魔化しておいた。
自分の正体を知っている仲間がいるのは心強いのだが、こういうときはちょっとやり難い。
◆
苦笑するリッカを見て、ハルルはこれは何を言ってもダメなやつだと理解した。
(この人、仕事に忠実だもんな。返事をしないのってつまり、そういうことだろ?)
たとえ自分が何を言ったところで、彼女のことは止められない。止められた試しがない。
こちらのことを守るべき部下だと本気で思ってくれているから、バルーダの遠征も仲間の命を何よりも優先させる。
あの部隊に配属された当初は、こんなチビが上司なんてジョークだと思っていた。
御飾りだと思って、とにかく自分は魔物を刈りまくっていて、彼女のいうことなんてあまり聞いていなかった。
しかし、あの日。
自分を庇うために魔物に噛まれた彼女を見て、自分はなんて愚かなことをしていたのだと気付かされた。
好き勝手できたのは、ラゼのおかげだった。
彼女がフォローしてくれていたから、気持ちよく仕事ができていた。させてもらっていた。
その気遣いにあぐらをかいて、問題児だとたらい回しにされていた自分を受け入れてくれていた人を、ろくに敬いもしなかった。
(わかってるさ。オレじゃ。……オレたちじゃ駄目だってことくらい)
この先、本気で彼女を止めることができる人は現れるのだろうか。
目を離した隙に、いつの間にかどこかに消えてしまいそうなこの人のことを捕まえられる人が。
(…………結構いい線行ってると思ったんだけどな。宰相閣下の息子サン)
本人に自覚があるかは知らないが、あれはどう見てもラゼのことを少なからず想っているだろう。
どんな経歴を持っていようとラゼという少女を敬うことができる、あの青髪の彼なら彼女に自分自身を大切にさせることができるんじゃあないかと思っている。――絶対に口に出しては言わないが。
(ま。あの様子だと、まだまだ時間はかかるだろーな)
――どうか無事で。
そう告げてリッカの手を離した彼は、当然ここにはいない。
彼女が怪我をしたと聞いたら、一体どんな反応をしたのだろう。
内臓がズタボロになって死にかけた彼女が、何ともない顔で笑っているのを見て、ハルルは小さく溜息をこぼした。




