14、ただの荷物持ち
「さぁさぁ。今日はごゆっくりお寛ぎください、聖女様」
宴が終わり、聖女とその護衛メンバーが上の階の部屋に通されるのを、リッカは遠くフロントから見ていた。
自分は二階の二人部屋だったが、どうやらフォリアは景色のいい三階の、いわゆるスイートルームに通されたみたいだ。
「……オレ、どこでも寝れますから!」
「別に一緒で大丈夫ですよ」
「んーでもなぁ」
隣でハルルが困った顔で言うのを、リッカは軽く受け流す。
自分に与えられた二人部屋というのが、ハルルと一緒にされていたのは、仕方ないと思う。
共和国メンバーが決めたに違いないが、荷物持ちの専属護衛はハルルしかいないから同室にしたと言われればそれまでだ。
まあ、彼らは知る由もないが、ハルルとリッカが同じ空間でふたりきり――なんて場面は、これまでにも何度か経験している。今更男女の云々を気にする仲ではなかった。
「ミザロっち! 一緒に――」
「来たら殺す」
「ケチ!!」
目付け役として近くにいたミザロに声をかけるが、ストレートに暴言を吐かれている。
「あんたも、聖女と同じ待遇を受けられると思うなよ」
これ以上近くにいたくないのか、ミザロはそんなひと言をリッカに向けて歩き去っていく。
「……あいつ、いつか絶対シメる」
「…………何か言いましたか?」
「……なんでもないっす〜……」
心の声が漏れているぞと、目だけでハルルを窘めれば、彼は「ははは〜」と乾いた笑いを浮かべていた。
「てか、オレいいこと思いついちゃった」
ハルルが悪い笑い方に変わって、リッカには何だか嫌な予感がする。
彼が何を思いついたのか。
その答えはすぐに分かった。
「こっちこっち、リッカちゃん!」
「あ、あの、あたしは……」
フォリアに手招きされるが、リッカは困り果てる。
(機転というか、悪知恵が働くというか……)
就寝前、ハルルがなかなか部屋に戻って来ないと思ったら、彼は聖女サマが部屋に来ればいいと言っている!なんて言って、リッカをスイートルームへ押し込んだ。
なんでも、ロビーで寝るつもりでソファに寝転ぶハルルと他のメンバーが軽く揉めたらしく、そこに通りかかったフォリアが話を聞いてリッカを部屋に招くことにしたそうだ。
「一緒にベッドで寝よう!」
「ソファで十分です!!」
フォリアは天真爛漫な笑みでリッカの腕を引っ張る。
ベッドはふたつ並んでいるが、ひとつは護衛のシンディが使うだろう。もともと数に入っていない自分は使えない。
「気にするな。貴女がそちらのベッドを使え。私は騎士だからな」
「いやいや。騎士様が一番、万全な状態にしておかないとダメですよ!」
リッカはぶんぶん頭を横に振る。
「それなら尚更、わたしと一緒に寝ましょう! ベッド、すごく広いのでふたりでも平気ですよ!」
「…………騎士様……」
「聖女様のご厚意だ。甘えさせてもらうといい」
「…………はい……」
リッカはシンディに助けを求めたがフォリアの押しの強さに、結局折れることになった。
フォリアが内側になるようにベッドに入ると、リッカは端っこで目をつむる。
「もっとこっちに来て大丈夫ですよ?」
「端が落ち着くので……」
「そっかぁ……」
しょんぼりした声が背中にぶつかる。
振り返ってもよかったが、余計なことまで喋りそうだったから、リッカは眠ることに専念する。
――が、まあ……。
フォリアの方が先に眠りに着くことを、彼女は知っていた。
ぽすりと寝返りを打ったフォリアが背中に当たる。
「…………よく眠ってらっしゃるな」
自分の前に、武器の手入れを終えたシンディが立っていた。
フォリアが背中ですやすやしているのを感じて目を開けたリッカは、小さくささやく。
「……眠れてなかったんですか?」
「ここまでぐっすりはな。まあ、疲れもあるんだろうが……」
優しい眼差しが、背中の彼女に向けられる。
「慣れない土地で知り合いもいない中、本当によく働いていらっしゃる。……貴女にも事情はあるだろうが、たまには話し相手になって差し上げてくれ。私はこの通り、あまり楽しい話はできないからな……」
苦笑する美人にリッカは目を奪われた。
改めて、この人がフォリアの専属護衛で良かったと思う。
「……そんなことないですよ。騎士様の隣にいる聖女様は、とても居心地が良さそうですから……」
「そうか? なら、今度は私が彼女の隣で寝てみようか」
ははは、と。爽やかな微笑を残し、シンディはリッカの方に手を伸ばす。
「おやすみ。貴女も、もっと肩の力を抜いていい。どうしても私は聖女様を優先しなければならないが、困った時には声をかけてくれ。何かできることもあるかもしれない」
「……ありがとう、ございます……」
シーツを被り直してくれた彼女にイケメンだなぁ、と尊敬を抱きつつ、リッカはリッカらしく眠ることにした。
高級ベッドのおかげなのか案外簡単に眠りに入れて、リッカはスイートルームで聖女と一緒に次の朝を迎える――。
「んん……。……ラゼ、ちゃん?」
そして、寝ぼけたフォリアが言った。
「……ん。あれ……?」
すぐに違和感に気が付いたフォリアは覚醒する。
就寝した時には壁側を向いていた、荷物持ちの少女はこちら側を向いてまだ寝ていた。
その姿が一瞬、親友と重なってみえたのだ。
「ラゼちゃんも髪を伸ばしたら、こんな感じなのかな……」
邪魔になるから伸ばさないのだと、昔まだ学生だった時にラゼは言っていた。彼女が軍人だと知った今は、その意味も深く感じる。
「……わたしも自分なりに頑張ってるよ。ラゼちゃん……」
ぽつりとこぼしたその言葉を、狸寝入りしていたリッカが聞いていたことをフォリアは知らなかった――。
◆
聖女フォリアが最初の街でやるべきことは、到着したその日に終わった。
それから二日間だけ休みと情報収集をすると、一行は再び旅路に戻ることになる。
これからは街で被害の状況を確認しながら、マジェンダ共和国との国境にもなっているフリザック山脈の西側を北上するルートだ。
そして、その「被害の状況を確認する」という情報網の要となるのが、各街に置かれる冒険者ギルドだった。
「おい、みろ。葬儀屋だ」
「皇国の用心棒やってるってのは、本当だったんだな」
最初の街を発ってから、一週間。
シュカがギルドに入れば、冒険者たちの注目が集まる。
その黒い髪と黒い瞳を見れば、この国の冒険者たちなら誰でも彼が何者かを理解した。
「……! ああ、黒焔の! お待ちしておりました!」
受付嬢は彼の姿を見て立ち上がり、カウンターの奥から出てくる。
「要件だけ手短に頼む」
「はいっ。アウサーストの森で被害が。地中に潜っているようで、今は該当区域を隔離しています」
前もって用意していたらしい書類を渡されて、シュカは素早く目を通す。
「ソルド」
「はぁ〜い!」
「聖女のところに行ってこい。一時間後に出る」
「了解!」
伝言を頼まれたソルドはにこにこ返事をして、先にギルドを出た。
シュカはより詳細な情報を受付嬢に要求し、支度を進める。
「あいつが来たなら、何とかなるだろう」
「最悪ダメでも、彼に葬られるなら運がいいさ」
シュカに向けられるのは、安堵の眼差しだ。
そして、誰かが言った。
「皇国の娘が聖女と呼ばれるなら、彼はさながら勇者だな」
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