11、最初の街
久々の投稿になってしまいましたが、
何卒よろしくお願いします!
(――なんだ、あの男? もっとオブラートに包めないのか??)
聖女フォリアは知らなかった。
彼女にこの視察参加を踏み切らせた原因である、張本人が一緒に旅していることを……。
シュカの容赦ない斬殺と無粋なひと言に、リッカの心の中ではラゼが顔を覗かせる。
あの男と来たら、人の大事な親友に向かってなんて言い草をしやがるんだ?? 自分がリッカでなければ、その口を今すぐにでも縫い付けてやるものを――。
もちろん顔には出さないが、リッカの腹はぐつぐつ煮え立っていた。
「リッカさん、もう大丈夫っすよ〜!」
「は、はい……。ありがとうございます……」
周囲の敵を蹴散らしたのは当然リッカも把握しているが、ハルルの演技にも抜かりはない。
彼の頭に犬の耳と、背中から尻尾が見える気がするのは横に置いておくとして、とりあえず返事をする。
「……あの、被害とかは?」
「全部無事っす。配置が整い次第、すぐ出ると思うんでまたゆっくりしておいてください」
「わかりました。……あっ、よかったら飲み物どうぞ!」
「あざーす!」
自分の出番がないことを確認し、リッカはハルルに差し入れをした。
「……よかったら、ミザロさんも……?」
「いらない」
「――はい。了解です」
ハルルの隣で仏頂面をしているミザロには呆気なく断られた。
リッカはそれ以上押し付けることはせずに、自分も荷台に腰を落として果実水を飲む。
「やっぱり皆さんお強いんですね。これだけの部隊を守って戦い切るなんて」
「そうっすねぇ〜。オレも全然出番なかったですよ。このまま楽に終わってくれるといいっすね」
背中越しにハルルがおしゃべりに付き合ってくれる。
「あ、ミザロっち。操縦変わるぜ?」
「――あ゛?」
「ずっと座ってるのもヒマでさー。ほらほら、手綱貸して!」
「触るな。離れろ。それ以上近づくな」
「えぇ。ケチ〜」
どうやら、暇を持て余しているらしい。
ハルルがミザロで遊び出したのを察して、リッカは小さく溜息を吐く。
魔物の血を浴びながら笑って剣を振るう彼からすれば、全く手応えのない戦闘に違いなかった。
◆
共和国の人気がある街に出るまでの間、ハルルが満足いく活躍をすることはなかった。
理由は簡単で、あの黒髪黒目の冒険者が、出くわす害獣たちを全て焼き払ってしまったからだ。
まさしく葬儀屋の二つ名に相応しい戦い振りで、多少の怪我人はあっても死者は出なかった。
「――聖女さまの馬車よ!!」
「ずっと待ってたんだ! はやく来てくれ!!」
「せいじょさまー!」
最初の街についたのは、日が暮れ始めた時間だったにも関わらず、大勢の人々が門に集まっていて。
フォリアが窓のレースを開いて顔を見せれば、助けを求める声やら、歓声やらがより一層大きくなる。
(……みんなフォリアのこと待ってだんだ)
待ち望まれた到着を側から見ていたリッカは、フォリアが蔑ろにされたらどうしようかと思っていたのが杞憂で安堵していた。
つい数年前まで最大の敵国だっただろうに、彼女に向けられるのが悪いものじゃなくて本当によかった。
「すぐに治療に向かいます」
馬車から降りたフォリアは、出迎えた町の長に開口一番そう告げる。
「い、いや。ですが、大変な旅路を来られたと伺っております。もう日も暮れかけていますし、休んでからでも……」
「馬車の中で充分休ませていただいたので大丈夫ですよ。――患者さんのいる場所へ案内してください」
彼女の強い希望に、町長はたじたじだ。
隣に立つシュカに目配せをすれば、「彼女の言う通りに」と端的な言葉が返って来るので、フォリアは町の外れに案内されることになってしまった。
この町にも、魔物化してしまった人がいて隔離されているのだ。
シアン皇国の「白衣を着た悪魔」ことヨル・カートン・フェデリックが鎮静薬を開発し、これからの国交回復のためにと無償で共和国にも薬が流通している。
とりあえずそのおかげで凶暴化は抑えられているが、魔物化自体は治癒できないというのが現状だった。
「行っちゃいましたねぇ。聖女サマ」
「そうですね。……あたしたちは、先に泊まるところに行かせてもらうしかないですかね?」
町の人間に案内されて離れていくフォリアの背中を見ながら、リッカはハルルに頷いた。
ただの荷運び役が、彼女の治療にまで着いていくわけがない。聖女の勤めが終わるまで、ただ待つのがリッカのできることだ。
その場に残された他の隊員たちと一緒に、リッカはフォリアとは逆方向に歩き出す。
(まだ、修繕が終わってない……)
終戦から二年が経っているのだが、魔物化の被害が大きく出た国境付近のこの町は、まだ建物の修繕をしている場所があった。
旧マジェンダ帝国は、魔石の所持が規制された国。
ほとんどの人間が魔石を持って護身術程度の魔法を使えるシアン皇国とは、民間人の強さが違う。
彼らにとって魔石とは、武器だ。
たとえどれだけ暮らしを楽にしてくれるものだろうと、その責任を負いたくないという感覚を持っているのが共和国人だ。
だから、建物の修復にも魔法を使っていないのだろう。
――なら、戦時に魔法を使っていたのはどういうことか?というのは、単純で。
この国には兵役が存在し、彼らはそこで魔石の使い方を習う。
「……オイ」
「はい。なんでしょう?」
目付け役のミザロが、嫌そうな声でリッカとハルルを呼ぶ。
「分かってると思うが、アンタたちは街中で許可なく魔法を使うなよ。石を持たないこの国の人間にとって、魔法ってのは理を歪めるものでしかない」
「…………わかりました。うっかり人前で使わないように気をつけますね」
この旅路が始まってから短い言葉で最低限なことしか話したがらない彼が、珍しく長い説明をしてくれたので、本当に大切なことなのだろう。
前もって、共和国に入る時の注意点としてこの話は聞かされていたのだが、改めて忠告されたのでリッカは大人しく頭を縦に振る。
「おまえも」
「はーい。オレも気をつけまーす」
「気をつける、じゃなくて絶対に使うな」
ハルルも返事をしたが、睨まれていた。
ここまで厳しく言われるのは、たぶん自分たちが皇国人だからだと薄ら察していたが、知らないふりをしておく。
せっかく国交が回復しつつあるのに、こちらだって火種にはなりたくない。ミザロの言う通り、何かを疑われるようなことは徹底して避けた方がいいだろう。
――特に、皇国軍人であることを隠していないハルルは余計に。
「軍人の護衛なんて必要なかったよな、本当に」
「だからこちらで護衛は出すと言ったんだがな」
「まあまあ。それが軍人さんの仕事なんだろう。彼だって指令で来てるだろうから、言ってやるな」
フォリアがいなくなった途端、ハルルへの当たりがあからさまに強くなった。
こちらに聞こえる陰口を披露しつつ、視察隊の彼らは宿へと消えていく。
「……ハルルさん」
「分かってますよ。ケンカはしませんから安心してください」
「いや。あたしの心配はそうじゃあないんですが……」
リッカとしては、ケンカの心配より彼の心を心配するところだった。
が、まあ。彼女がラゼだったなら、ハルルの答えは間違っていない。
頼むから、軽い挑発に乗って暴れないでほしい。
やっぱりこの任務なら、忍耐強いクロスのほうが適任だったのではないかなぁと思いながら、リッカは小さく溜息をついた。




