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玖絶からの手紙

「な、なぜお前がここに!?」

「はあ? そりゃあ」


 突然現れた玖絶に、叫ぶも、にやりと笑った刹那。


「てめぇをとっ捕まえるためだよ」

「がはっ!?」


 眼にも留まらぬ速さで、流漸に近づき首を鷲掴みした。玖絶も、かなりの高身長ではあるが、明らかに流漸は二メートルはあり、太めの体型なため、彼のような細腕一本で持ち上げるなど不可能に近い。だというのに、容易に流漸を片腕で持ち上げている。

 おそらく、彼の周りに纏われている黒きオーラがその要因なのだろう。


「ガキに負けるなんざ、無様だな。大人さんよぉ?」

「俺、は!」

「まさか、怪我をしていたから、ガキだから油断してたからって言い訳とか口にするつもりか?」


 と、玖絶は首を鷲掴みにしている右手に力を込める。


「ぐうぅ……!?」


 これがAランクとSランクの差だとでもいうのか? 相手は、怪我をしており、水華との戦いで弱っているとはいえ、こうも一歩的とは。

 見ているだけでも、気をされてしまう。


「さて、政府は、てめぇに聞きてぇことがあるようだ。てめぇの仲間はどこに潜んでやがる? 岩手のD二番地区か? それとも長野のD地区か? おら、さっさと吐いちまいな! じゃねぇと」


 そっと、空いている左手で、流漸の薬指に触れる。


「一本ずつ折るぞ?」

「や、止めてください! 玖絶さん!」

「あぁ? まだ居たのか、原田水華。こいつを止めてくれたことには、感謝してやるが。ここからは、政府直属の二凶たる俺の仕事だ。一学生であるてめぇは、黙ってろ」


 確かに彼の言っていることは、間違ってはいない。こういう仕事は、一学生である自分がすることじゃない。政府直属の命を受けている彼に口出しをすることは、妨害とみなされてしまう。

 だけど、彼のやろうとしていることを見逃すわけにはいかない。


「誰が、お前のような裏切り者に!」

「裏切り者? 同じ指名手配者だったからって、仲間呼ばわりするんじゃねぇよ」

「ぐっ!?」


 ついに、一本折られる。しかし、流漸は叫ぶことなく、玖絶に抵抗して見せている。そんな彼を見た玖絶はにやりと笑みを浮かべる。


「仲間を売ることはできねぇったか? 人殺しを生きがいとしてる溝鼠のくせに、絆を大事にしてるってか? なぁ、おい!! 俺もよ、そこまで気が長くねぇんだ! さっさと吐いちまよ!!」

「誰、が! ぐああっ!?」

「おっと、すまん。一気に二本折っちまった」


 さすがの流漸でも、二本同時に折られてしまっては、声を上げてしまう。これでは、どっちが悪で正義なのかわからない。いや、これが二凶なのだろう。二凶の真髄は、悪をもって悪を征す。二天や警察などと違って、やり方は違うということだ。


「なあ? 俺も弱い者イジメは好きじゃねぇんだ。それに、てめぇの能力を封じるために持ち上げていたんだが、そろそろ疲れてきた。だから、次俺の質問に答えねぇってんなら、指の骨だけじゃすまねぇぞ」


 玖絶は本気だ。見ている水華にも、その意思が伝わるほどの殺気が彼から溢れ出ている。いくらなんでも、今では二凶。犯罪者を捕まえる立場だ。

 さすがに、捕らえる対象を殺すことはないだろうが……この殺気からでは、心配でしかない。


「も、もういいじゃないですか! 後は、尋問官などに任せて手錠を」


 能力を封じて、護送すればいいだけ。

 それなのに、今の玖絶はどこか殺気立っている。いったい、何が彼をそうさせているのだろうか? わからない。わからないが、このままでは流漸が殺されてしまう可能性があることだけはわかる。


「るせぇぞ、原田水華。口出しすんじゃねぇって言っただろ? これ以上口出しするんだったら、妨害行為ってことで、てめぇも痛い目に遭うぞ?」


 先ほどまで、流漸に向けられていた殺気が、水華に向けられる。今まで感じた事のないどす黒く鋭い殺気に、冷や汗が一気に流れ、足が震える。

 彼は本気だ。

 これ以上何かを言えば、ただではすまないだろう。


「はいはーい。そこまでだよ、くーちゃん」

「……ちっ! またてめぇかよ」


 張り詰めた空気をぶち壊すかのように響き渡る少女の声。そんな声に、水華は聞き覚えがある。自分を守るかのように降り立った赤いツインテールの白き衣服を纏った少女。

 二凶と対になる存在、二天の仮面エンジェルだった。


「私達の役目は、尋問じゃなくて、犯罪者を捕まえること。やっと、許しが出たからわくわくしてるのはわかるけど、そのテンションを他人にぶつけるのはどうかと思うなぁ」


 玖絶を宥めるように言葉を発し、手錠を指先でくるくる回しながら、近づいていく。

 そして、そのまま流漸の腕に取り付けた。


「はい、これで私達の任務は終わり。後は、護送車に乗せて牢獄へー! ほらほら、くーちゃんも他にやることあるでしょ?」

「……わーったよ。おい! 原田水華!!」

「は、はい!!」

 

 能力無効化の手錠を取り付けられた流漸を離し、玖絶は水華に手紙を投げる。


「それを、二色遊に渡せ。いいか? 勝手に読むんじゃねぇぞ」

「そういうふりだね?」

「ちげぇよ! いいか! ふりじゃねぇからな!! ぜってぇ渡せよ!!」

「わ、わかりました」


 先ほどまでの殺気が嘘のように無くなり、不満そうに去って行く。残された水華は、渡された手紙を見詰める。どうして、遊に手紙を? 遊とはあおねで偶然会っただけの関係では? 嫌な予感がしながらも、手紙をスカートのポケットに仕舞ったところで、仮面エンジェルが近づいてきた。


「やほー、すーちゃんおひさだね」

「はい。仮面エンジェルさんも、お変わりなく」

「のんのん! さんなんて硬いよ。可愛く仮面エンジェルちゃんって呼んで! ……さて、負傷者と捕縛者をどうかしないとだね」

 

 路地で倒れている特殊警察隊と流漸を見詰め、仮面エンジェルは指を擦る。すると、どこからともなく彼女と同じく仮面を被りし、白き衣の少女達が現れた。


「よろしくね! 皆!!」

「はい、お任せください!」

「さあ、皆! 仕事開始だよ!!」


 後のことは、彼女達に任せて仮面エンジェルは水華を連れて、人気のある通りへと移動する。


「あの、何を?」

「ちょっとねぇ。あっ! アイスクリーム!!」

「あ、あの!」


 手を握られたままなので、そのまま連れて行かれる。そして、アイスクリームを購入し、周りの視線を全然気にせずに小さな舌で少しずる舐めていく。

 やはり、彼女はそこに居るだけで目立ってしまう存在。格好もそうだが、認知度は知る人ぞ知ると言ったところだ。


「うーん! おいしー!!」


 随分と時間が経ってしまった。そろそろ帰らないと、家族や遊達が心配するだろう。


「仮面エンジェルちゃん。そろそろ私、帰らないと」

「むむ? もうそんな時間なのかー。まあ、かく言う私もお仕事に行かなくちゃなの。でも、どうしてもすーちゃんと一緒に居たくて」


 一度、舐めるのを止め、仮面エンジェルはベンチから腰を上げ、水華を向き合う。


「すーちゃん。近々、またくーちゃんが迷惑かけると思うけど。その時は、黙って見守ってて欲しいの」

「ど、どういうことですか?」

「ふふ、それはすぐわかると思うよ。じゃあ、私は正義のためお仕事に戻るからー!! 次会った時は、すーちゃんのお友達、紹介してね? さらばー!!」

「さ、さようなら」


 いったいどういうことなのだろう? また迷惑をかける? 見守って欲しい? と、そこで水華は玖絶に渡された手紙が、何か繋がりがあるんじゃないかと考えた。

 

「……だめだめ。見ちゃだめだって言われてるのに」


 一瞬、手紙の中を見ようと思ったが、玖絶の言葉を思い出し思い止まり、購入した袋を持って公園から出て行く。いったい、手紙にどんなことが書かれているのか。それは、遊に渡した時にわかるだろう。それまで、我慢だ。

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