手負いの犯罪者
「まだ捕まってないんだね」
手負いの犯罪者が、遊達が住む一番地区に逃げ込んでから早三日が経った。しかし、犯人が捕まったという情報は無い。いや、見つかってもいない。
それにより、警備はより厳重となり、住民達には不安が募るばかり。学校によっては、自宅待機となるところもあるが、遊達の通う学校は普段通り登校となっている。それでも、いつもよりは早めに学業を切り上げ、帰宅させることにはなってはいるが……。
「二天と二凶も、今じゃ外国に出張中らしいしね」
もし、二天と二凶の誰か一人でもこの一番地区に来れば、犯罪者などすぐ捕まるだろう。警察や特殊警察隊も連携して捜索を進めているが、今のところは何の手がかりもない。
進展が会ったとすれば、偶然一般人が犯人らしく者を目撃し、それをネットにアップしたことで、ニュースでも公開されていなかった情報が広まったこと。今回、一番地区に逃げ込んだ指名手配ランクAの犯罪者の名前は笠木流漸。物質を操り、壁を作る能力を持っており、その能力で全てを押し潰してきた。ただの壁ならば、能力で容易に破壊できるが、流漸が作る壁は、能力により作られた特殊な壁ゆえに耐性が段違いなのだ。
「笠木流漸。別名、潰しの流漸って言われてて、ただ壁を作るだけじゃなくて、壁を動かすこともできるんだって!」
「つ、つまり」
ごくりと喉を鳴らし、遊は周りの壁を見渡す。そう、流漸の能力は、自分の能力で作った壁だけではなく、元からある壁も動かすことができる。つまり、今遊達の周りにある日常的に見る壁もその範囲内にあるのだ。もし、流漸がこの場に居て、能力を発動させれば。
「森や海とかならともかく、こういうコンクリートの壁に囲まれた街とかだったら、ある意味最強かもね」
「だ、大丈夫だよ! 遊くん! 私が、守って見せるから!」
「いえーす! その時は、拙者も助太刀いたすぞー!!」
これでは、安心してよるも眠れないし、こうやって歩くこともできない。遊は、その情報を聞いて、それでもAランクなのかと眉を潜ませる。
(その上のSランクって、どんな化け物なんだろう……そういえば、それのSランクにあの玖絶さんも入ってるんだっけ)
Sランクは、まさに未知の世界。この能力者社会にて、絶対的な存在とも言える。他にも、世界全体を見た世界ランクというものがあり、その中のSランクも絶対的な存在と言えるだろう。ちなみに、水華は世界ランクではAランクとされているが、Sにも引けをとらない実力だと言われている。実際、二天候補に選ばれたぐらいなので、誰も文句は言わないだろう。ただ、Sランクの能力が他とは違いかなり特殊なものばかりのため、水を操る水華の評価が少し下がっているだけなのだ。
「よーし! 今日こそは!!」
「おいおい、まだ続けるのか? マジでやめたほうがいいって」
普通に登校している中、前を歩く男子生徒達の会話が耳に入る。彼らは、同じクラスの生徒だ。いったい何を話しているのか。
「大丈夫だって! 居場所を突き止めて、通報するだけだから」
「つってもよ、相手はあの笠木流漸だぜ? もし見つかったら、どうするんだよ」
「俺達だって、素人じゃねぇんだ。それに俺は砂を操る。もしもの時は、砂で目暗ましでもして、逃げるさ」
誰かと思いきや、ドッジボールの時に、煽ってきた砂の能力者の生徒だ。どうやら、無謀にも流漸を見つけ出そうとしているらしい。
言いぶりから、三日前からやっているようだ。篤の言いつけを守らず、危険なことに首を突っ込んでいる。そんな彼らの会話を聞いた水華は。
「あ、あの危ないことはしないほうが」
「そうだぞー! おとなしく真っ直ぐ帰りなさーい!!」
「いっ!? い、居たのかお前達!」
「声、大きかったし」
「……わ、わーってるって! 危険なことには首は突っ込まないって!」
「じゃ、じゃあ、俺達は先に行くから!」
などと言って、逃げるように走り出す二人。
「どう考えても、わかってないよねあれ」
「怪しいですなぁ、警部殿」
「やっぱり、先生に言ったほうがいいかな?」
誰から見てもわかっていない反応に三人は心配になりつつも、学校の校門を潜った。
・・・・・
「念のため、あの二人のことは言っておいたけど、大丈夫かな?」
放課後を向かえ、遊達は下駄箱から靴を出しながら今朝の二人のことを話し合う。あの後、念のため篤に報告しておいたが、それでも不安は残る。篤は、しっかり注意しておくと言っていたが、彼らの様子から考えるに、厳重注意だけでも足りないような気がするのだ。
「さすがに、もう危ないことはしないと思うけど……心配だね」
ああいうタイプは、ただ注意しただけでは止まらない。しかし、教師達にも片付けなければならない仕事があるうえに、今では更に警備が厳重になっている。そのため、どこか怪しいところに行こうとしても警察達が止めてくれるだろう。
「危ないことをしたがる年毎なんだよ、うんうん」
「って、火美乃だって同い年でしょ?」
「残念ながら、あたいは君らより長く生きているのだよ」
「はいはい」
いつもの火美乃の冗談を受け流し、三人仲良く校門から出て行く。それから、いつものように自宅へと移動をし、その途中で水華が分かれることになった。
今日は、母親から帰りに夕飯の買い物をしてほしいと頼まれているそうなのだ。夏子は、体調を崩してしまったため、代わりとして行くことに。
「ごめん、水華。僕も母さんに頼まれごとをされてなかったら付き合ったんだけど」
「あたしも、先約があってさぁ」
「ううん、いいの。そこまでの大荷物にはならないから。一人で大丈夫だよ」
遊も火美乃も用事があるため手伝うことができない。ただ帰り道の小さな店で少し買い物をするだけなので、そこまで荷物もかさばらない。
寄り道せず帰るように言われているが、食料が足りないため仕方ない。
「それじゃ、気をつけてね」
「うん、二人も気をつけて」
「また明日ね!」
二人と別れた後、水華は早々に頼まれた食材を選び購入する。その時間僅か数分。これならば、すぐに帰れると買い物袋を手に店から出た時だった。
「あれ? あの二人」
偶然にも、無謀なことをしていた二人を発見してしまう。なにやらため息を漏らしながら歩いている様子。あの様子だと、篤にこってり絞られたに違いない。
あれだったら、もう無謀なことはしないはずだ。
そう思っていたのだが、二人はなぜか大通りのほうではなく、細い道へと入っていく。あの向こうには、無人の店などが何軒か並ぶ通りがある。近々、一斉の取り壊しが行われるため立ち入り禁止の看板が途中に置いてあるのだが……。
「ま、まさか」
まだ流漸を探すなどという危険なことをするつもりでは? だが、彼らが進んだ方向にも警察達が居るはずだ。何もしなくともすぐに見つかって追い返されるに違いない。
「う、うわあああ!?」
「な、なに!?」
刹那、叫び声が木霊する。その声に、心配になってしまい、足が勝手に進んでしまう。だが、ここは冷静に一度、物陰に隠れ様子を伺う。
「……いない」
もう通りにはいないようだ。向こうには、立ち入り禁止の看板が立っているが、もう奥へ進んでいってしまったのだろうか?
「警察の人達もいない?」
看板の前までやってきた水華は、身を乗り出し周りを見渡すも、どこにも警察達の姿はない。こういうところだからこそ、警備が厳重になっていると思っていたのだが、そうでもないのか? 疑問を抱きながらも、再度よく目を凝らし周りを見渡す。
すると。
「あっ!」
よく見れば、誰の足が見える。水華は慌てて、駆け寄り誰なのかを調べた。どうやら、警備をしていた特殊警察隊の者のようだ。
怪我は大したことは無いようだが、気絶をしている。彼の近くには、数人もの特殊警察隊の隊員が倒れており、真っ直ぐ先まで続いている。
「もしかして、あの二人この先に?」
まさか、あの二人がやったのか? いやさすがにそれはないだろう。一般の学生能力者が特殊警察隊に勝てるはずがない。まず、能力を使う前に武器を突きつけられ、怯むはずだ。
「誰だ」
殺気。
水華は、すぐその場から下がる。一歩一歩、重量のある足音が近づいてくる。そして、暗闇から姿を現したのは、大柄の男だ。
姿が見えなかった二人の頭を鷲掴みにしており、特殊警察隊の者達よりは軽傷のようだが、このまま放置するわけにはいかない。
「また学生か。……いや、お前は見たことがあるぞ。確か、原田水華、だったな。まさか、お前も俺を捕まえに来たのか」
「違います。私は、あなたが投げ捨てた二人を追ってきたんです。連れ戻すために」
なんて威圧感だ。
まだ怪我を負っているとはいえ、さすがは指名手配ランクAの犯罪者笠木流漸だ。
「このガキ二人と違って、物怖じしてないな。さすが、二天候補だっただけはある」
「……離してください。その二人を」
「あぁ? 離せだと?」
水華の言葉に、流漸は、鷲掴みにしている二人を見詰め、小さく笑う。
「やだね」
「あがっ!?」
「ぐっ……!?」
離すどころか、更に手に力を込める。あんなでかい手に握り締められては、頭蓋骨が砕けてしまう。
「止めてください」
「誰がやめるかよ」
「ぐあああ!?」
「いっ!? があっ!?」
再度、止めるように言うも流漸は、更に力を込める。苦しむ同級生の姿を見て、水華は身を震わせながら、手をかざす。
「止めてえっ!!!」
「うおっと」
発現させし、水が流漸の腕に降り注ぎ、その反動で二人を離す。
「てぇ! なんて水圧だ。ここまでの調整をできるとはな。これで、十代とは最近は末恐ろしいガキばかりで怖ぇぜ」
相当な水圧をぶつけたのにも関わらず、少し痺れた程度のようだ。しかし、水華の目的は鷲掴みにされていた二人を助けること。腕を折ろうとは思っていない。とはいえ、折れるかもしれない勢いで発現させたのにも関わらず、流漸の腕は健在なのには、正直水華も驚いている。
「まあ、少しは楽しめたぜ。じゃあ、俺は逃げるからよ……」
拳を鳴らし、流漸は勢いよく地面に叩きつける。コンクリートでできた地面は、一瞬にして盛り上がり壁となった。
「邪魔者を押し潰してな!!」
容赦なく押し寄せてくる壁。前も後ろも、左右もだめ。
「だったら上!!」
足下から水柱を出し、押し寄せてくる壁を回避。
「馬鹿が! 上にも逃げ場はねぇよ!!」
流漸もばかではない。上に逃げることなど最初からわかっていた。だからこそ、水華が上に逃げた同時に新たな壁を上に出現させたようだ。
このままでは、押し潰されてしまう。
「まだ!」
「なにっ!?」
最初の壁を越えるほどの高さまでは来ている。ならばと、水華は背後から水を発現させ、自分を吹き飛ばす。くるっと一回転し、流漸の背後を取った水華。
「ちっ!」
舌打ちをしながら、腕を振り回す。
この距離ならば、壁を出現させるよりも直接攻撃したほうが早いと判断したのだろう。相手は、能力者とはいえ、所詮は少女。
自分の太い腕から繰り出される腕力の前には、敵わないと。
「無駄です」
しかし、その判断は間違いだった。水華は、攻撃を食らうよりも早く水の柱を発現させ、流漸を自分が発現させた壁へと吹き飛ばした。
「がはっ!?」
「ふう……な、なんとかなった」
内心では、かなりドキドキだったため、ぐったりと壁によりかかっている流漸を見て、深呼吸をする。
「この、俺が……! 女なんかに……!」
まだ立ち上がるのか? かなりの勢いで壁にぶつかり、治りかけの怪我も開いているのにも関わらず。これ以上戦えば、いくらなんでも命の危険がある。
相手が犯罪者とはいえ、もう攻撃するのは。
「諦めが悪ぃぞ、でかぶつ! てめぇは負けたんだよ。素直に認めろや」
「お、お前は!?」
そんな時だった。第三者の声が響き、二人は動きを止める。太陽を背に、現れたのは二凶が一人、悪崎玖絶だった。




