逃亡
世界改変後、地球中には危険地帯が増えている。突然の能力覚醒により、コントロールできず暴走を始め、自らの意思で能力を使い、環境は激変。
ここは、本当に地球なのか? そう思えるほどの光景が広がるところは、犯罪者達の巣窟となっているということは、世間一般的となっている。そんな危険地帯が一つである【旧東京都D地区】にて、とある犯罪者を追い込んでいた。旧東京都D地区とは世界改変前の東京都の一部。環境の激変により、今の東京から切り離されたのだ。
東京だけではない。他の都道府県、世界中でも、こうした環境の激変により切り離されたところがある。
「おい、油断するなよ? 手負いとはいえ、奴は指名手配ランクAだ」
特殊警察部隊……特察達は通常の弾丸よりも強度と貫通力を上げた特殊弾を込めた拳銃を手に、物陰に隠れ、様子を伺っている。指名手配ランクとは、犯罪者の危険度を現すもの。
ランクは、DからSまである。そのため、現在特察達が追っている犯罪者はかなり危険ということだ。ちなみにSランクは世界中でも、数えるほどしか居らず、その内の一人は二凶に数えられる悪崎玖絶だ。
「二天と二凶への連絡は?」
「やっていますが、どうやら奴が通信を妨害する電波を放っているようです」
「くっ! だが、本部も通信できない状況に気づき、すぐ対処してくれるはずだ」
「では、我々は?」
「このまま待つ、という選択肢は奴の傷を癒すことになるだろうが」
今いる特察は十人。最初は、三十人近く居たのだが、追い込んだ犯罪者にやられたのだ。特察とて、素人ではない。二天、二凶には及ばないにしろ、同じ能力者の集まりだ。数で、連携で押せばランクAの犯罪者も、こうして追い込むことができる。
しかし、特察達には明らかに疲労に色が見受けられる。追い込んだとはいえ、半数もの仲間達が犠牲になってしまっている。隊長を務める男は、部下達のことを考え一呼吸。
「俺が先行する。お前達は、合図があるまで待機だ」
「た、隊長! それでは、隊長が」
いくら相手が手負いとはいえ、一人で突っ込むのは自殺行為だ。部下達は、隊長の提案に猛反対する。
「俺達なら、大丈夫です!」
「それに、奴にも連携すれば勝てなくとも捕獲はできます!」
「弱っている今、この手錠をつければ!」
部下の一人が手に取ったのは、能力を無効化するための手錠だ。この手錠さえ取り付ければ、能力はもう使えない。手負いな今なら、単身で突っ込むよりも、連携したほうがいい。
「……」
だが、明らかに部下達の披露は頂点に達している。大丈夫だと無理に元気だとアピールしているのは、誰が見てもわかる。
「た、隊長!」
「あ、あれは!?」
どうすればいい! と悩んでいた隊長を急かすように、犯罪者が逃げ込んだ建物が突然崩れ始めた。
「まさか、自滅?」
それなら、まだいい。しかし、違うだろう。隊長は、拳銃を構え、部下達に指示する。
「突撃だ! 奴を逃がすな!!」
おそらく、建物を崩壊させる前に、逃げ出したはずだ。建物を崩壊させたのは、崩れ落ちるコンクリートと砂煙により、進行を妨げるため。
時間をかけすぎた。失態だ。隊長は、内心で後悔しつつも、部下達と共に走り出す。
「くそっ!」
「隊長! これでは!!」
突っ込んだはいいが、崩れさるコンクリートの雨と膨大なまでの砂煙により、足を止めてしまう。
《こちら、本部。応答願います。そちらの状況を、お教えください》
どうやら、犯罪者が逃げたことで電波も良好になったようだ。隊長は、通信機に手を当て、本部へと現在の状況を伝える。
「こちら、捕獲隊。すまない! 対象に逃げられてしまった。手負いではあるが、失態だ……」
《了解しました。こちらで、追跡をします。捕獲隊は、一度本部へ帰還をしてください》
「……了解した」
通信を切り、隊長は犯罪者が逃げ去ったであろう方向を見詰める。
「あっちは確か……」
・・・・・
「ねえねえ、遊。聞いた? なんかさ、この街に犯罪者が逃げ込んだんだって」
「あー、なんか朝のニュースでやってたね」
いつものように学校へと登校し、ホームルームが始まるまで教室で会話に花を咲かせていたが、火美乃は今日のニュースで話題になっていたことを話し出す。
火美乃が話題に出したのは、遊達が住んでいる新東京都一番地区に犯罪者が逃げ込んだという話だ。いまや、地球は昔とは違う。日本大陸の都道府県も東京都だけで一から三と三地区に分けられている。ただし、これは新東京都だけでだ。旧東京都もあり、それはD地区。Dとはデンジャーの意味を持っている。つまり、危険地区ということだ。
「危険地区から逃げてきた犯罪者ってことは、相当やばいんじゃ……」
「どうやら、指名手配ランクはAらしいね」
「Aって相当じゃないか」
「そうだけど、大丈夫でしょ。最近は、この一番地区に二天の仮面エンジェルと二凶の悪崎玖絶が居るみたいだし」
そうは言うが、あれはたまたま来ていただけかもしれない。今は、一番地区以外……もしくは新東京都にいないかもしれない。彼らは、世界中を巡り犯罪者を捕まえる者達なのだから。
「でも、手負いだって話だから、すぐ捕まるよ」
「そうだといいね。あっ、先生来たよ遊くん、火美乃ちゃん」
篤が教室に入ってきたところで、生徒達は自分の席に戻っていく。そして、全員が座ったのを確認した篤は教壇に両手を置き、口を開いた。
「お前達も、知っていると思うが。この一番地区に、特殊警察隊が追っていた犯罪者が逃げ込んだ」
篤の話に、生徒達はごくりと喉を鳴らしつつ騒ぎ出す。
「先生。いったい誰なんですか? その犯罪者って」
ニュースでは、指名手配ランクAの犯罪者という情報しかなかった。いったいどういう見た目で、なんと言う名前なのかはわからないままだ。
ネットでは、こいつじゃないか? こいつだろ! という予想がされているが。
「それは先生にもわからない。ただ、指名手配ランクAの犯罪者が逃げ込んだということで、安全面を考え、今日はいつもより早めに授業を終わることになった。皆、寄り道せず真っ直ぐ自宅に帰るように。登校中も見たかもしれないが、現在特察の人達がこの一番地区を警備している。もし、偶然にも犯罪者を見つけたり、遭遇しても捕まえようとせず、すぐ近くの特察に知らせるか電話をするように」
いくら自分達も能力者とはいえ、相手は危険人物。ランクAともなれば、二天や二凶よりは、弱いにしろ一般の学生能力者よりは、確実に強いだろう。
「でも、相手は手負いなんだろ? だったら」
「だめだ。いくら手負いでも、犯罪者。相手は、危険人物なんだ」
血気盛んな男子生徒の言葉に、篤は全力で止める。手負いだからこそ、危険なのだ。そして、獣と同じで追い込まれ、手負いであるからこそ、必死で抵抗してくる。相手が、子供だろうと関係なく、近づいた者達に攻撃をしてくるだろう。
篤は、教師として生徒の安全を考え、守る義務がある。無謀なことはさせられない。遊は、いつも以上に真剣な篤の顔を見て、拳を握り締める。
「いいな? 絶対に、無謀なことはするな。お前達には、未来があるんだ。その未来に突き進むために先生の指示に従ってくれ……よし。それじゃあ、出席をとるぞ」
それから、いつものように出席をとるため、黒本を開き、次々に生徒の名前を読み上げていく。そして、いつものように返事をする生徒達。
だが、教室の雰囲気はいつもより、張り詰めた空気で覆われていた。




