突然の遭遇
お祝いのパーティーの誘いをした日の放課後。いまだ、雨が降りそうな雨雲で青空が見えないどんより天気の中、遊は水華と火美乃を連れてゆかりが働いている本屋あおねへと訪れていた。あれから、体調はどうなったのだろうと。
「いらっしゃい。あっ、久しぶり」
「はい。あの時以来ですね。体調のほうは、どうですか?」
ただ様子を見に来ただけじゃない。欲しい本もあったので、客としても来ている。ゆかりは、いつものようにレジ裏で本を呼んでいた。以前のゆかりを覚えているため、今と比べると体調は万全だとわかる。
「大丈夫。あれから、全然能力を使ってないから。それより、今日は様子見だけ?」
「いえ、ちゃんと客としても来ましたから」
「それならいい。お友達も、何か買っていってね」
「はーい!」
「わかりました」
ゆかり言われたから買うのではない、二人も欲しい本はあるのだ。各々欲しい本を探すために、動く。
「えっと、確かこっちの本棚に……あれ?」
一番端の本棚へと訪れたところで、他の客を目視する。ただの客ではない。つい動きが止まってしまうほどの衝撃を受ける人物だった。
白銀の髪の毛を、尻尾のように束ねており、その眼光はまるで獣。
(ま、まさか悪崎玖絶さん!?)
ついこの間、ばったり会ったりしてと言っていたことが現実になってしまった。どうやら、漫画を買いに来ているようだ。一冊の新品本を手にし、こちらへと振り返る。
すると。
(うっ!?)
一瞬、悪寒のようなものを感じた。背筋に電流が走り、思わず構えてしまうところだった。だが、本当に一瞬だったため、気のせいだと思ったが。
「……」
「……」
玖絶は、何事もなかったように素通りしていく。
(なんだか、ものすごい敵意を向けられた気がしたんだけど……ま、まさかね)
冷や汗が額から流れていた。それを拭い、買うはずだった本を手にする。
「遊ー、見つかったー?」
「う、うん」
「どったの? なんだか顔色悪いよ?」
「いや、実は」
玖絶とばったり会ったことを伝えようとすると水華も合流する。そして、そのまま本棚の陰から、レジで会計をしている玖絶の姿を見詰める。
「普通に漫画を買ってるね」
「二凶といっても、やっぱり人間なんだねぇ」
「そりゃ、そうだよ。あっ、一万円出した。普通に小銭で払えばいいのに」
新品の漫画一冊が五百円で買えるとして、普通に小銭で払うか。なくとも千円札で払えばいいのに、一万円札というでかいものを出している。そのせいで、ゆかりも眉を顰めながらも、一万円札を受け取り、レジからおつりを取り出そうとしている中、玖絶の顔をなんとなく見ると。
「うわー、悪そうな顔」
「も、もしかしてわざと一万円札を?」
ありえることもしれない。それともあれが素の顔なのか。本当に一万円札しかないのかもしれない。
「ありがとうございました」
そして、何事もなかったようにおつりを受け取り、買った漫画を持って店から出て行く。
「ゆかりさん」
「あぁ、君達か。どう? 欲しい本見つかった?」
「はい。それよりも、さっきの」
すでに店には玖絶の姿はない。ゆかりも何のことなのかを察したようで、ため息を漏らしながら喋り出した。
「あれが噂の二凶の一人だね。聞いていたよりも、悪そうな顔してたね。わざと一万円札を出したんだよ、あれ」
「やっぱり、そうだったんだね」
「だって、ここから見えたけど、普通に千円札あったから」
遊達のところからは見えなかったが、どうやらゆかりのところからは玖絶の財布の中に千円札が入っているのが見えたようだ。
どうやら、水華の予想通り、あれはわざとだったらしい。
「ところで、どんな漫画を買ったんですか?」
と、火美乃が興味本位で問いかける。
「本来なら、プライバシー保護ってことであれなんだけど。それ」
「え? 僕と同じやつだったんですか」
あの時は、謎の悪寒でよく見ることができなかったが、遊と同じ漫画を買ったようだ。今日発売したばかりの新刊で、主人公が最強になるまるで、熱き戦いを繰り広げるバトル漫画だ。
「あの人は、いつもここに?」
「ううん、今日が始めて。私も店に入って来た時は、びっくりした」
それもそのはずだ。有名人が、自分の店に訪れれば、誰だって驚く。玖絶も、能力者の中では二凶としてもかなりの有名人。どこかで、姿を発見されればSNSなどでよく情報が広まる。だが、二天、二凶の中でも、情報が流れるのは先ほどの玖絶と仮面エンジェルぐらいだ。他の二人は、まったくと言って情報が流れない。
「それより、外」
ゆかりに言われ、見てみると雨が降っていた。傘を持ってきているとはいえ、これは永いしていたら、更に激しくなりそうだ。
ここで雨宿りをして、治まるのを待つという方法もあるが、それではゆかりに迷惑がかかってしまう。
「買うなら、早く買ったほうがいいよ」
「じゃあ、これ。二人のも僕が纏めて買うよ」
「え? いいの? じゃあはい!! ほら、水華も」
「でも、私のちょっと高いから」
しかし、火美乃は水華から本を奪い取り、レジに本を重ねる。遊は、そのまま三冊分の金を払い、雨が激しくなる前に、あおねを後にした。
「うひゃー、夕方まで降らないと思っていたのに」
「傘持ってきてよかったね」
今日の天気は、曇り後雨となっていたが、降水確率はそこまで高くなかった。しかし、こうも雨雲が一面に広がっていると傘を持っていかなくては不安になる。
まだ小雨程度とはいえ、念のため傘を差すことにした。
「にしても、まさかあたしの言う通りばったり会っちゃうなんて思わなかったね」
「しかも、本屋で会うなんて」
「……」
二人が、玖絶と会って驚いたという話をしている中、遊は自分の手を見詰め、先ほどのことを思い出す。
(なんで、あの人あおねに来てたんだろ……本屋なら、他にもたくさんあるはずなのに)
ゆかりも、今日が始めてだと言っていた。ゆかりには、悪いと思うが、あおねは他と比べてそこまで大きくなく、客も少ない。品揃えは、悪くないにしろわざわざ来るような場所ではないはずだ。
(まさか、人気を気にせずに本を買いたかった?)
それもないだろう。どうやら、玖絶は周りの目など気にせずに買い物をしているようだ。それは、ネットの情報でもわかっている。
「どったの? 手相でも見てるの?」
「いや、そうじゃないよ。なんで、玖絶さんはあおねに居たんだろうなぁって」
「たまたま?」
そういうのも可能性としてはあるだろう。情報では、戦い以外あまり興味がなく、神出鬼没らしい。時には、森の中で、時には浜辺の近くで、街の中以外でもその姿は目撃されている。二凶として、犯罪者を捕まえるためにどこにでも行っているのだから、当たり前なのだが……。
「まあ、考えてもしょうがないっすよ。それよりも、雨が激しくなる前に帰ろうぜ!!」
「ちょ、ちょっと! 走ると余計に濡れるって!」
「あ! 待ってよ! 二人とも!!」




