試してやる
「まったく、あまり水華を虐めないでよ?」
「じゃあ、代わりに遊と」
「そ、それはだめ!」
「しからば、水華を!!」
「ひゃっ!?」
「だから、止めろって!!」
高校生になって、もう一ヶ月ちょっとが経った。入学当時は、不安でいっぱいだった遊だったが、今となってはどこにも不安などない様子だ。気の許せる二人と過ごす中で、遊も大分柔らかくなってきている。後は、他のクラスメイト達とも仲良くできれば、もう一歩前進できるのだが……。
「そういえば、今日って能力総合検査がある日だよね」
「うん。この一ヶ月で、どれだけ成長しているのかを調べる日だね」
遊も、大分能力者向けの授業にも慣れてきた。ちなみに、能力者向け授業は、その個人の能力によって受けるものが違う。
例えば、炎を操ったり、水を操ったりする放出系能力者達は、発現までの時間、放出する距離、力のコントロールなどを習う。そして、肉体強化、変身、武器創造などの身体能力者達は、体力測定や、打ち合いなどを主にしている。当然、遊は後者だ。
そして、能力総合検査というのは、この一ヶ月で培ったものを発揮するためのもの。上級生と一分間、一対一の勝負をする。一分間とはいえ、上級生との勝負のため、いつもの授業とは違う。楽しみにしている者達も居れば、不安がっている者達も居る。
「組み合わせ、そこまで強くない人だったらいいな……」
「一応希望を出せるって山岡先生が言ったけど」
「どうなるかは、始まってからじゃないとわからないってことだね」
能力総合検査は、上級生との戦いの中で、どれだけ能力を使いこなせるかを教師達が入念にチェックをする。
これは、今後の授業や将来にも関わることゆえに、教師以外にも外部からチェックをしに来る者達が居るのだ。将来有望そうな能力者を今のうちにチェックしておき、成長を期待する。生徒達は、そのことも気にして挑まなければならないということだ。
「あたし達は、まだ高校一年生だけどさー。将来とか、考えてる? 二人とも」
「僕は、結構考えてたな……。一ヶ月前までは、無能力者だったから……。この能力者社会で、無能力者である僕が、どんな職業に就けるのかって」
「やっぱり、能力を使わなくてもいいような職業になってたよねぇ。ゆかりさんのところで、働くとかは?」
「うーん……」
ゆかりならば、雇ってくれそうだと思う遊だが、そこまで世話になるというのは迷惑なのではと頭を悩ませる。
「まあ、僕よりも、水華はどうなの?」
「私は」
「素敵なお嫁さん!!」
「え!?」
水華が考えた刹那。
突然の発言に、動きを止めてしまう水華。どうやら、かなり動揺しているようだ。そんな彼女の様子を見て、火美乃は察した。
「もしやー……大当たりですかな?」
「うぅ……お、女の子だったら誰でも思うことだもん!」
「そうだね。お菓子の家に住みたいと同じぐらい、思うことだよね」
「そ、そうだよね!」
「素敵なお嫁さんか……」
遊は、想像してしまう。水華がエプロン姿で、料理を作ったり、掃除をしたりしている姿を。
「似合いすぎるかも」
「そう、思う?」
どこか、自身なさそうにもじもじしている水華に、遊は満面の笑顔で肯定した。
「もちろんだよ。むしろ、似合いすぎるぐらいだ。それに比べて」
「はにゃ?」
火美乃の嫁姿を想像するも、絶対夫となった男は、全力で振り回され、仕事の疲労に加算されてしまい、ボロボロになってしまう光景を想像してしまった。
「ハッ!? この熱視線! 遊は……わ、私をお嫁さんに?」
と、わざとらしく照れるので。
「いや、君の夫になった人は色々と大変そうだなぁって」
「なにをー!! あたしだって、女の子なんだから。結婚したら、夫のことは労わるよー!!」
さすがの火美乃も、これには怒ったようで、遊に飛びつく。そのまま背負う形になったが、火美乃は離れることなく全力で遊の頬に自分の頬を擦り付けていた。
「ちょちょちょ、ちょっと!!」
「摩擦で焼けどしちゃえー!!」
「ストップ! ストーップ!!」
・・・・・
時は流れ、能力総合検査の時間となった。かなり時間がかかるもののため、午後の授業の時間を全て使うことになっている。
ちなみに各学年がそれぞれ専用の施設へと移る。この能力者社会になってからは、能力を測定するための施設は各地に多く建設されており、五校一斉に開始したとしても有り余るほどだ。
「ここにいは居るの初めてだけど、広いなぁ」
能力者ならば当たり前のように入る施設なのだが、遊の場合は今まで無能力者だったため、一度も入ることはなかったのだ。学校の授業で使われる施設は、体育館を改造したもので広かったが、ここは更に広い。さすがは、総合演習場だ。
「くぅ!! 早く戦いてぇ!!」
「だ、誰と戦うことになるんだろ?」
やはり、生徒達は楽しみにしている者達と不安がっている者達で分かれているようだ。
「さあ、そろそろ始めるぞ! 集合だ!!」
先生に呼ばれ、遊達は指定された場所に集合する。すでに、上級生は定められた場所で待機をしているようだ。この施設内には、多くのバトルフィールドがあり、生徒達はそこに入って一対一の勝負を行う。その組み合わせの決め方だが……。
「これまで、成績順で決定する」
「つまり、成績がもっともいい人は、それだけ強い上級生と戦うってことですね!」
「そういうことになるな。上級生が相手なんだ! 気を抜くんじゃないぞ!!」
《はい!!!》
そして、成績順に分けられることになったのだが。
「え? 指名ですか?」
「ああ。一年生も上級生を指名できるが、上級生も指名することができるんだ。気になった後輩を、自分の目で確かめたいってな」
「な、なるほど。でも、なんで僕が……」
他の生徒も何名か指名されているらしい。水華などは、その中の一人だ。
「何を言ってるんだ。お前の成績や強さなら、当然だろ?」
「マジですか」
「マジだ。それにしても、一ヶ月前までは、無能力者だったお前がまさか成績トップまで上り詰め、上級生からも指名されるほどになるとはな……」
「あははは。自分でもびっくりです」
一ヶ月前までの遊ならば、この場に入ることすら許されなかっただろう。小中生の頃は、こういう施設に入ることができず、外から映像としてただただ見ているだけだった。
遊は、能力を得て本当に良かったと思いながら指名してくれた上級生が待っているバトルフィールドへと移動をする。
「あっ、遊きゅん!!」
「誰がきゅんだ。火美乃は、もう終わったの?」
「もちのろんろんー。あたいってば、優秀成績者だからね! なーんて、まだなんだよ。遊や水華みたいに指名されてないから、順番待ちなんだー。後、五分ぐらいで始まるそうだから、その前に遊の実力が上級生にどれだけ通用するか見てあげようとずっと待ってたのだよ!!」
火美乃の能力は、単純な炎を操る能力。しかし、今まで見た生徒達の中では圧倒的火力を誇っており、成績も一ケタ台の優秀者だ。ちなみに、成績は放出系と身体系で分かれており、放出系の一位は水華で、身体系は遊となっている。そして、火美乃は六位だ。
「それで、遊を指名した人って誰なの?」
「さあ? 行って見てからのお楽しみって。……失礼しまーす」
直径十メートルほどの真っ白な壁に囲まれてる部屋に入ると、そこで待っていたのは、イケメンな雰囲気溢れる上級生だった。
遊が入ってくると、髪の毛を靡かせ、小さく笑う。
「やあ、待っていたよ二色遊」
「ど、どうも」
「あの人って、二年生の氷室集一さんだよね? モデルとかもやってる有名人だよ」
遊も見た事はある、氷の能力者で、その容姿からモデルまでやっている。学校でも、常に目立っているが、若干ナルシストな部分もあり、全女性から人気というわけではないが、人気ではある。
「氷室先輩が僕を指名してくれたんですね」
「ああ。是非、俺と戦ってほしくてね。それに、こういう場だとギャラリーが多いから、俺のやる気も上がりまくりなんだ」
「氷室くーん!!」
「きゃー!!」
確かに、一般人が上にある観戦場から集一を応援している。
「更に! いまや人気急上昇な無能力者上がりの君を倒せば、俺は更に人気が上がる!!」
「あー、そういうことか」
「なんて、策士!?」
策士なのか? と思いつつ、火美乃を下がらせ、遊は集一を睨む。
「それじゃあ、始めようか! ギャラリーも待ちくたびれている!!」
「はい、お願いします」
「では、制限時間は一分! 時間切れか、どちらかが戦闘不能、負けを認めたら終了とします!」
「わかりました」
「いつでもいいともさ」
視線を感じる。これは、集一だけへ向けられる視線ではない。教師達、その他の審査委員達。さすがは、能力総合検査だ。こんなに注目の中で戦うのは、初めてだが。
(今の自分の力が、上級生にどれだけ通用するのか……確かめるいいチャンスだ)
審判は、二人の様子を確認し、手を下ろす。
「はじめ!!!」
「さあ、見せてくれ! 君の力を!!」
「はい! エヴォルチェ!!!」
発現の言葉から、一秒にも満たない速さで変身を終える。もはやこの格好にも慣れてきたが、周りのおー! という反応に新鮮な気分になってしまう。
「なんて、美しい姿なんだ! だが、俺は容赦しない! 氷よ!!」
右手を払うとどこからともなく氷が出現し打ち出される。威力的に容赦のないものだ。
(この一ヶ月……この体のことをよく調べた。そして、襲撃される中で、色々とわかったことがある)
ぐっと足に力を入れ、真正面から飛び出す。
「真正面から来るか!! だが、俺の氷の前では」
「はあっ!!」
余裕の笑みを浮かべる集一だったが、遊はどこまでも真っ直ぐな瞳で、迫る氷の塊を。
「なにぃ!?」
右手で砕いた。
(僕の体は、身体系。だから当たり前なのかはわからないけど、この小さくも柔らかい手で、大体の能力は痛みもなく払うことができる)
「くっ! やるね! 少し油断してたよ……だが! ここからが」
「いきます」
「へ?」
動揺しながらも、次なる攻撃を繰り出そうとする集一だったが、遊はすでに距離を詰め、目の前で拳を握り締めていた。
「せりゃあああっ!!」
「くはぁっ!?」
そして、容赦のないアッパーカットが決まり、集一は空高く飛んでいく。
《ひ、氷室くーん!?》
集一のファンである女子達も、吹き飛ぶ彼を見て心配そうな声を上げる。そして、地面に落ちた集一を審判が確かめ、手を挙げた。
「氷室集一くん! 気絶により、審査終了となります!!」
「ふう……これで、いいのかな?」
「きゃー!! さすが、遊!! 容赦のない一撃ー!! 上級生も一撃粉砕ー!! 大好きー!!!」
火美乃のハイテンションな言葉に苦笑しつつも、審判の指示に従い、バトルフィールドを出て行く。




