心配しなくても
「……うーん」
「水華さんや。そんなに心配せずとも、遊だったら大丈夫じゃよ」
遊が一人で出かけたことを知った水華は、自室で今か今かと机から窓を行き来しながら、携帯電話を見詰め唸っている。子供が一人で、遊びに行ったのではないので、そこまで心配する必要はないのだが、それでも水華は最近の遊を取り巻く環境を考えると心配せざるおえないようだ。
火美乃もそれは理解しているが、今の遊ならばよほどのことが無い限り大丈夫だし、危険には首を突っ込まないだろうと余裕の表情で、ベッドに寝転がりながら、動画投稿サイトを漁っている。
「で、でも! 前みたいにもしもってことがあるし!」
「まだ自分のせいでって、思ってるの? あれは水華のせいじゃない。遊が、自分で決めて自分で起こしたことだって、遊も言ってたじゃん」
だとしても、水華にとっては自分がもっとしっかりしていれば、遊をあんな目には遭わせることなんてなかったのにと悔やんでいる。昔、約束したんだ。遊は、自分が守ると。遊が能力者になったとしても、彼の能力には大きな欠点がある。
一度変身を解いてしまえば、次の変身までクールタイムをあるということ。それは、すでに世間にも知れ渡っており、遊も一度変身したら、そのままずっと過ごしことが多くなってきている。そのため、男子としての遊を見ることが少なくなってきている。このままでは、一歩間違えれば、遊は自分は女だ! と思い込んで、ずっと変身を解かないまま生活をしてしまうのでは?
あまりにも遊のことを心配し過ぎて、水華の脳内は、様々なことがぐるぐると入り混じって、心配しないと落ち着かない。いや、心配していても落ち着かない状態になっていた。
もはや、幼馴染としてではなく、まるで親のような度合いになってきている。火美乃はどうしたらいいものかと眉を顰めながら、気晴らしにととある動画を見せることにした。
「軍曹殿ー、これを観てほしいでありますよー」
「え? これって」
スマートフォンを横向きにし、立体再生ボタンを押すと、半透明の画面をでかでかと二人の目の前に現れる。そして、再生された動画は、ほんの十数秒程度のものだったが。
『エヴォルチェ!!』
それでも、観る価値のあるものだった。再生した動画は、いつどこで撮られたのかは不明だが、遊が変身する瞬間のものだった。いつものように、変身時の言葉を叫び、光に包まれる。ここまでは、いつも通りだが、そこからが本番。
まるで、魔法少女が変身する時のようなBGMが流れだし、遊が再び現れた瞬間に、きらびやかなエフェクトが追加されていた。そしてBGMはそのまま継続して、能力者達と戦う光景にマッチする。ちなみに動画のタイトルは「変身シーンに色々加えてみた結果w」というものだった。
「いやぁ、色んな意味で遊は人気度が上がってきてるねー」
「そ、そうだね。……ほ、他にもあるの?」
「お? 興味津々ですなぁ? いいですとも! わしが、探し当てた動画の全てを観せてさしあげましょうぞ!!」
それからは動画鑑賞会になり、時間が刻々と過ぎていく。なんとか、気晴らしになっただろうと思いつつ、最後の動画が終わる。
「うんうん、まさかこんなにも人気が出るなんて。やはり、美少女は正義!! なんですね!! 可愛いっていいよねぇ」
「火美乃ちゃんも、可愛いよ?」
「おー!! そ、そんなことを迷いもなく言ってくれるなんて……水華大好きー!!」
「わわ!? ひ、火美乃ちゃん!?」
水華にとっては、当たり前で、喜ばせようとは思っていなかったのだが、火美乃には効果抜群だった。嬉しさのあまり、水華に飛びつき、ベッドへと押し倒す。
「実はね……僕、男だったんだ」
「えええ!?」
「この大きな胸も、膨らませてるだけなんだ!!」
「そ、そうなの? 膨らますってどうやって」
「空気入れで?」
「できるの!?」
「できるさ!!」
もちろん嘘だが、純粋な水華をからかうのが面白くて、反応が可愛くて……火美乃は止まらない。
「それでね、僕さ。ずっと水華のことが好きだったんだ」
鼻がくっ付くほど顔を近づけ、ぼそっと呟くと、水華の顔は茹蛸のように赤く染まってしまう。
「あ、あの! その……!」
「にゃっふっふっふ。さあ、僕を受け入れるんだ、水華!!」
勢いのまま服を脱ごうとする。
「だ、だめだよこんなことぉ!!」
恥ずかしさのあまり両手で顔を覆う水華。
しかし、いつまで経っても何も起きない。
どうしたんだろう? とゆっくり目を開けると……にっこりと笑う火美乃が、どこから取り出したのか。ドッキリ大成功という文字が書かれた看板を手に持っていた。
「ど、ドッキリってそういう意味じゃないと、思うんだけど……」
どっと疲れが襲ってきたようで、深いため息を漏らす。
「だってさぁ、最近の水華ってば。ずっと遊のことばかり心配して、自分のことは二の次になっちゃってるんだもん。心配するのはいいけどさ、自分のことも考えたら?」
「それとさっきのことって、関係あるの?」
「あるとも! 遊のことを忘れさせようとしたわけだよ!!」
「な、なるほど?」
それだったら、別の方法もあったんじゃないのか? となにやらもやもやした気分になるも。自分のために色々としてくれる火美乃に、水華は自分から抱きつきお礼の言葉を呟く。
「ありがとう、火美乃ちゃん。今度からは、自分のことも大事にするね」
「うむ、それでいいのだよ。何かあったら、親友で頼りになる火美乃ちゃんのお任せなのだ!! まあ、親友ってほど付き合い長くないけどねー」
「付き合いの長さなんて関係ないよ。私は、火美乃ちゃんと友達になれて本当によかったって思ってるよ?」
「えへへ……。なんだか、そう言われるとさすがに恥ずかしくなっちゃうなぁ!」
珍しく本気で恥ずかしがっている彼女を見て、水華は自然と笑みが零れる。そして、彼女とはもって早く知り合えていたらよかったのにと。彼女の底なしの明るさと、日差しのように温かな笑顔は、まさに太陽だ。
「水華ー! ちょっと手伝ってほしいことあるんだけどー!!」
「お? 水華ママからの救援要請!!」
「待って! 今……あっ!」
母親の救援要請に向かおうとベッドから離れる際に、部屋に飾ってある時計に目がいく。そして、思い出したかのように携帯電話を手に取った。
「ありゃ? もうこんな時間だったんだ」
「ゆ、遊くんもう帰ってるかな?」
確認のために電話をかけてみる。しかし、五回ほどコール音が鳴っても、遊が出る気配が無い。これは、何かあったのでは? 心配する水華を見て、火美乃がちょっと貸してと代わりに耳へと当てた。
すると、代わってからコール音二回で、遊が電話に出てくれた。
「こらー! 遊!! なんですぐ出ないんだよー!!」
《なんで火美乃が水華の電話から……》
「遊くん! だ、大丈夫? また襲われたりしたの?」
「やはり、我らが共に行動しなくてはならないのではないでしょうか? 軍曹殿」
「そ、そうでありますね!」
なんだかんだあったが、結局遊のことが心配な二人であった。
《ごめん、二人とも。すぐ帰るから》
「ならば……今から五分以内に帰ってこないと!」
《帰ってこないと?》
きらりと眼を怪しく輝かせ、一度水華に携帯電話を返し。
「ひゃっ!?」
「水華の体が大変なことになるぞよぉ!!」
背後に回りこんで、思いっきり胸を鷲掴みにした。
《……りょ、了解です》
そして、遊との通話が終わっても尚、火美乃は止まらない。確かめるように、水華の胸を揉み続けていた。
「ひ、火美乃、ちゃん……! もう、だめだよ……!」
「ふむ、この触り心地! 掌サイズほどの大きさだが、消してただ小さいわけじゃない! 小さいなりにも、弾力がある……これが、美乳というものか! あ、だけど美乳って美しい胸ってことだから、服の上からじゃわからないよね。じゃあ」
「そ、それはだめー!!!」
「何してるんだ、君はー!!!」
本当に、水華の体が大変なことになろうとしていたところで、変身を解いた男の遊が到着。どれほど全力疾走で帰ってきたのかが、わかるほどの速さだ。
まさか、三分もかからないとは思わなかった火美乃は、ちょっと残念そうに水華から離れていく。
「まったく、何をやってるんだ……」
「スキンシップさ!!」
「度が過ぎるよ! さっきのは!!」




