ボロアパートへ
遊の日常は、昔と比べると明らかに変わった。やはり、能力者に覚醒したからなのか? それとも彼自身が人間として成長したからなのか? 遊は、別の意味で有名になってしまい、その強さを確かめようと試そうと襲ってくる能力者が増えてきている。
「もう! しつこいよ!!」
「ぐああ!?」
たまに一人で出歩くと、容赦なく襲ってくる。世界改変後の今の社会、能力者同士のいざこざなど日常的。これに対しては、警察なども動くが、よほどのことがない限り厳重注意などですぐ解放される。警察が動かなくとも、他の能力者の集団……つまり自警団のような者達がそれを止めることも多々ある。
「おっほー! マジで、強ぇ! しかも可愛い!!」
「囲め! 囲めぇ!!」
これまで遊を襲った能力者達がどれだけ警察達の世話になったことか。遊も最初は、何度か通報したが、携帯電話の履歴が警察への電話番号で埋まっていた。
いったいどうなっているんだ? 確かに、能力者として覚醒し、あの遊が捕まったあの出来事もニュースになった。最初は、物見遊山で、興味本位で挑戦してくる者達ばかりだったが、ネットでいつの間にか広まってしまっていた。
無能力者から超絶強い能力者へ!!
そんなネット記事を見た瞬間から嫌な予感はしていた。水華も火美乃も、それを察していたのか。いつ何時でも、一緒に行動しようと言ってくれたが、それだと二人の時間を自分のせいでなくしてしまうことになると断ったのが間違いだったか? いや、そんなことはない。
自分が気をつければいいだけのことだ。
(そう思っていたんだけど……)
「ほれ! ほれ!? 思いっきり蹴りをかましてくださいよぉ!」
「そーだそーだ! 下着がどうなってるか確認してやるからさ!!」
人口の約八割以上が、能力者で溢れる今の地球で、見つからないようにというのは無理な話だ。家に居ても、一歩外に出ても、能力者ばかり。そして、ネットで買い物をしたとしても、届ける者達も能力者。いつどこで、出会ってもおかしくないこの世の中で、気をつけていても無駄なのだ。
「セクハラ発言、止めてくれませんか」
「嫌だね! おらおら! やめてほしかったら、俺達を―――ぐえっ!?」
下品な笑みを浮かべる男に対して、背後へと回りこみ蹴りを一発叩き込み、複数の能力者を巻き込んだ。
「こ、この!」
「それじゃ、僕は急ぐから」
巻きこまれたせいで、複雑に絡まってしまった能力者達を放っておき遊はその場から去って行く。途中、すれ違った通行人を見つけたので、その人に通報を要請した。
「あぁもう! やっぱり能力者ってすごいけど大変だよ!!」
早いところ帰宅しないと、水華と火美乃がまた襲われていると思って飛び出してくるかもしれない。そうならないように、遊は急いでいる。
変身後の自分ならば、普段よりもかなり早く到着することができる。駆け抜ける様は、まさに韋駄天の如し。ネットでは、そう騒がれているらしい。実際、全力疾走するだけで、周りに風が巻き起こりものすごい風圧が生じるのだ。
「あれ?」
移動の最中、道路上で倒れている女性を発見した。しかも、赤信号だというのにトラックが止まろうとしていない。これは、居眠り運転!? 遊は、迅速に頭を切り替え、倒れている女性の救助へと向かう。
「っと!」
ギリギリだった。トラックも、どの車にもぶつかることなくそのまま通り過ぎていく。しかし、明らかな信号無視で、居眠り運転だということは誰から見ても明らか。おそらく、警察に捕まってしまうだろう。いや、今は助けた女性の心配だ。抱きかかえた女性をその場に下ろし、遊は問いかける。
「あの、大丈夫……って、ゆかりさん?」
「あっ、君は」
これは、偶然かそれとも運命の悪戯か。遊の行きつけの本屋で働いている女性ゆかりを助けたのであった。普段から、若干大人しいというか、暗いところがあり、肌も真っ白で日の光を全然浴びていないような感じだが、今日のゆかりは目に見えてわかるように、体調が悪そうだ。
おそらく、道路上で倒れていたのも、立ち眩みか何かだろう。
「とりあえず、病院に」
「大丈夫……私の家、この近くだから」
そうだったんですか、と返事をして、ゆかりを有無を言わず背負う遊。
「な、なに?」
いきなりの行動で、さすがのゆかりも驚いているようだ。遊は、ゆかりの問いかけに首を傾げながらも当たり前かのように答える。
「なにって、僕がゆかりさんを家まで送りますよ。この近くなんですよね?」
「そう、だけど。家に行くぐらい、自分で……うっ」
背負われるのが恥ずかしいのか、周りの視線を気にしながらも、自分は大丈夫だと言おうとするも、また立ち眩みで遊の背に体を預けるような形になってしまう。それを見た遊は、あまり無茶とかをするような人ではないと勝手に思い込んでいたが、これは放っておけばまた倒れてしまう可能性が高いと見て、スピード控えめに走り出す。
「ちょ、ちょっと」
なにいきなり走り出してるの? と言わんばかりに頬を抓ってくるが、遊は止まらない。
「あまり無茶しないでください。ゆかりさんが倒れちゃったら、本屋に行けなくなっちゃうじゃないですか」
「どういうこと?」
つい口から出てしまった。だが、言ってしまったのなら仕方ない。
「な、なんでもないです」
「……そう。なら別にいいんだけど」
ゆかりは、遊の様子を見て、これ以上追求しても答えてくれないだろうと判断したのか。そして、もう勘弁したのか自宅までの道案内を一通り指示し、無言になってしまった。
「ここですか?」
「そう。ボロいアパートでしょ?」
指示された通りに、走ること三分。
辿り着いた場所は、寂れたとあるアパート。見るからに、年季が入っており、家賃などもかなり安そうな雰囲気がある。
ゆかり以外、誰か住んでいるのだろうか? すぐそこのドア横にある表札を確認したところ、名前は書かれていない。変身中のため、色々と強化されているためか、人の気配というものも研ぎ澄ませば大体はわかるのだが……どうも今は誰もいないようだ。
「ほ、本当にここなんですか?」
「そうだけど……そんなに意外だった?」
ゆかりの言葉に、失礼なことを言ってしまったと遊は反省する。そうだ、誰もが良いところに住めるわけじゃないんだ。自分は、家族が居るから、まだ子供だからいいところに住めているだけなんだ。
彼女のように、少ない賃金で一人暮らしをしている人達だって居る。それは、昔から変わらないこと。
「すみません、ただちょっとびっくりしただけです。えっと、ゆかりさんの部屋は」
「……二階の一番奥」
「わかりました」
どこか躊躇をしていたようで、間があったが自分の部屋の場所を教えてくれた。階段もかなり錆付いており、一歩踏み込むだけで軋む。
今は女性とはいえ人一人抱えた状態だ。階段にかかる負担を少しでも減らすように、気をつけて上って行かなければならない。
「ここですね」
「はい、鍵」
「あっ、ありがとうございます」
教えてもらった二階の一番奥まで辿り着き、ゆかりから部屋の鍵を渡されたので、鍵穴に差込み捻る。開錠された音を聞き、ドアノブを捻って中へと入っていく。やはり、あれだけのボロく小さなアパートの玄関だけあって、二人並んで入るのがやっとだ。
「お、お邪魔します」
水華の家に入っているため、そこまで緊張しないかと思ったが。やはり、一人暮らしの大人な女性の部屋に入ると言うのは、勝手が違うようで、遊は緊張していた。




