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変化していく日常

「よう、遊」

「あれ? 先生。どうしたんですか?」

「今は、先生じゃなくて、いつものように篤さんって呼んでくれ。今日は、学校休みなんだからな」


 そろそろ四月も終わる週末。父親は、会社の仲間達とゴルフ、母親は買い物で一人だった頃に篤が連絡もなしに訪問してきた。

 そもそも、こうして遊びに来ること自体が久しぶりだ。最後に来たのは、中学三年の秋。約半年振りの訪問となるだろう。


「それに、敬語もいらない。いつも通りでいい」

「わかったよ、篤さん。でも、相変わらず連絡なしなんだね」

「そのほうがびっくりするだろ?」

「先生として、常識人としてはどうかと思うけどね」


 などと苦笑しつつも、篤を家の中へと入れる。客用のスリッパを出して、篤を連れ自室へと向かっていく。


「お前の部屋に入るのも久しぶりだ。あれから、模様替えとかしたか?」

「いや、特にしてないよ。僕、そこまで模様替えとかに拘ってないし」


 そもそも模様替えをしようと思うことなど一度もない。遊が住んでいる部屋は、物心ついた頃からずっと今のまま。変わったところと言えば、毛布に本棚が増えたぐらいだろうか?


「おー、本当に変わってないな」

「まあね。じゃあ、僕は飲み物を」


 篤を部屋に案内し、飲み物を取りに行こうとした刹那。


「だ、だめだよ! やっぱり玄関から入ったほうがいいよ!!」

「何を言うの! 水華!? せっかく隣同士なんだから、こういうことをしないと!! それに遊だったら、心広いから許してくれるっすよ!!」

「なんだ? 外から声が聞こえるが」


 声がする方向は、明らかに隣。

 つまり水華の家だ。

 首を傾げる篤は、どうにも気になってしまったようで、カーテンを勢いよく開ける。


「あっ」

「や、山岡先生!?」

「原田? 国枝も何してるんだ?」


 カーテンを開けた先では、ベランダからこちらへ飛び移ろうとしている火美乃を水華が必死に止めようとしている姿があった。

 予想通りだったために、そこまで驚かなかった遊だったが、若干呆れた表情で手招きをする。


「遊びに来るなら、玄関からお願いします」

「はーい!!」

「あっ! ひ、火美乃ちゃん待って! えっと、失礼します! 山岡先生!!」

「お、おう」


 学校とはまた違った生徒達を見て、驚き気味の篤に遊は、一度頭を下げてから部屋を後にした。


「ぴんぽーん!!」

「はいはい、今開けますよ」


 階段を下りたところで、インターホンと火美乃乃声が響く。遊は、慣れたように、玄関の鍵を開けて、二人を中へと案内する。


「まさか、ベランダから来ようとするなんて思わなかったよ」

「一度やってみたかったんだ!!」

「水華も?」

「わ、私は……その」


 この反応から察するに、案外やってみたかったようだ。優等生なイメージ大きかった水華だったが、仲直りしてから、意外とやんちゃな部分があるとわかった。そして、それをきっかけに前よりも水華との距離が縮まった。


「そういえば、どうして篤先生が?」

「多分、僕のことが心配で様子を見に来てくれたんだよ思う。無能力者だった頃からそうだったし」

「うーむ、篤先生が居るならいつものテンションは控えたほうがいいかにゃ?」

「別に気にする必要ないんじゃないかな?」

 

 今は、先生としてではなく、遊の親戚のおじさんとして遊びに来ている。それをわかっているから遊も火美乃に普段通りでいいと言ったのだが。


「にゃるほど!! ならば、いつも通りで行くのじゃ!! うおおおお!!」

「火美乃ちゃん!?」


 今思えば、学校でも全然変わらない態度なので、先ほどの会話は別に意味がなかったのでは? と思った時には、もう遅かった。スプリンター顔負けに猛ダッシュで、階段を駆け上がり、遊の自室へと突撃していった。


「うおっ!? な、なんだ!?」

「突撃! 隣の幼馴染の友達!!」

「若干変だぞ、それ!!」

「なら、突撃! 遠くの友達!!」

「普通に友達とかでいいんじゃないのか?」


 二階で、なにやら面白いやり取りをしている二人の声を聞きながら、遊は水華を見る。


「水華も二階に行ってて。僕は、飲み物を用意するから」

「それなら、私も手伝うよ遊くん」

「ありがとう。でも」


 と、視線を上へと向ける。


「誰かが、火美乃を止めないと」

「そ、そうだね。それじゃ、行ってくる!」

「ま、任せた!」


 結局、火美乃の暴走は止まらず、騒がしい休日となった。



・・・・・



「はあ、退屈だ」


 玖絶は、退屈で死にそうになっていた。毎日のように、こうして待ち惚けている。それは、最高の餌を食らうため。

 しかし、その餌がどうなっているのか全然報告がない。街を一望できるとある草木生い茂る崖の上で、コンビニから購入した肉まんを頬張るも、空腹は満たされない。いや、実際には空腹は満たされていくが、別の空腹感は全然だ。


「あの野郎。いつまで、待たせるつもりなんだよ……」

《あらごめんなさい。あなたが、そこまで私に会いたいなんて思わなかったわ》


 肉まんを全てなくなったところで、森のほうから姿を現す仮面の女ディスタ。玖絶は、やっときたかと彼女のほうを振り向くことなく、口を開く。


「てめぇに会いたかったのは、報告を聞きたかっただけだ」

《それは残念》

「んで? どうなんだよ、俺の相手の成長具合は。俺を楽しませるぐらいまでには、成長したのか?」


 まるで、玩具を与えられる子供のような笑みを浮かべ、問いかけた。


《まったく、あなたは少し自分で調べるってことはしないのかしら。まあいいわ、そうねぇ。いい成長具合よ。これを見てみなさい》


 ぽーんっと投げ渡したタブレットを玖絶は受け取り、ホーム画面にひとつだけあった動画を再生させる。それは、遊が変身した後、相手である昌樹を圧倒した時の映像だった。いったいいつの間に、どうやって撮ったのかは不明だが、玖絶にとってはそんなことはどうでもいいことだ。


「いいじゃねぇか、特に変身後からのこれと相手をぶちのめす一撃がいい」


 気に入ったところまで、巻き戻し、スロー再生する。それは、遊が変身後に拘束していた縄を破り、そのまま男二人を吹き飛ばして、鍵と水華を奪取。

 スローモーションでなければ、ほんの一瞬の出来事を咄嗟にやってみせた。更に、玖絶が興奮したところは、最後の部分。昌樹の懐に飛び込み、叩き込んだ一撃。


「にして、この無能力者が青姫と知り合いだったとはなぁ」

《さすがのあなたでも、彼女のことは知っているみたいね》

「たりめぇだろ。俺は、雑魚には興味ねぇが、力のある奴は覚えてやっている」


 青姫とは、水華の二つ名のようなものだ。ただ、水華自身はそんな二つ名など恥ずかしくて、名乗ることもない。そもそも二つ名など、世間が勝手につけたものなのだ。ちなみに、青姫とは髪の色や能力などからきている。


「さて、まだまだみてぇだが、いい具合に育ってきてるみてぇだな」


 タブレットをディスタに投げ返し、楽しそうに立ち上がる玖絶。今にも、遊のところへ飛び込んで行きそうな彼を見て、ディスタが止めた。


《待ちなさい》

「あぁん?」

《もう少し様子を見ましょう。そうすれば、もっと楽しくなるわよ》

「おいおい、これ以上俺を飢え死にさせるつもりか? いつまで待たせる気だよ、おい。そろそろ限界だぜ」

《大丈夫よ、代わりのいい相手を見つけてあるから。しばらくは、それで我慢しなさい》


 投げ返されたタブレットをたたたっと操作し、もう一度玖絶に投げ渡すディスタ。そこに映し出されていたのは、複数の能力者の顔写真とデータだった。それを見た玖絶は、ちっと舌打ちをし、ディスタを睨みつける。


「次、会った時は今日よりいい報告をしろ。それまで、こいつらで我慢してやるよ」

 

 なんとか我慢してくれたようだが、それでも不満が隠せない顔で崖から飛び降りる。身軽な動きで、小さなくぼみからくぼみへ跳び移っていく玖絶の姿を見て、ディスタはため息を漏らす。


《まったくもう。これだから、せっかちさんは困るのよね。本当においしい食べ物っていうのは、じっくりと熟してから食べるのが一番なのに》


 そう言って、森の奥へと消えていった。

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