プロローグ
今回は短めです。
「遊くん。遊くんったら」
(なんだ? 誰か、僕を起こそうとしてる? 母さんか?)
いや、それにしては少し遠慮がちな感じだ。陽子ならば、もっと毛布を引き剥がす勢いがある。
「だめだよ、そんなんじゃ。こういう時は、思いっきりがいいんですぞ? 軍曹殿」
「お、思いっきり? でも、それじゃ遊くんが可哀想だよ」
(あれ? もしかして、この声って)
いつもよりも気持ちよく眠りについていた遊は、見知った二つの声にゆっくりと目を開いていく。
「もう! そんなんじゃ、遊は起きてくれませんぜ? いい? 遊は、こういう起こし方を待ってるの!!」
予想通り水華と火美乃の二人だった。どうやって部屋に入ってきたのかは、あえて考えないでおこう。それよりも気になるのは、今から二人がしようとしていることだ。
「こ、こんな起こし方……! む、無理だよ火美乃ちゃんっ!」
「ならば、わしが今こそぉ!!」
と、変な漫画を水華に見せ付け、赤面させた火美乃が遊に飛び掛らんと構えていた。このままでは、何をされるのかわからない。
「何してるんですか? お二人とも」
なので、何かをされる前に起きることにした。
「ひゃほおう!? びっくりしたぁ!!」
「それはこっちの台詞なんだけど。どうして、僕の部屋に二人は侵入してるのかな?」
「ご、ごめんね! 私、遊くんと一緒に学校に行きたくて。こ、ここまでするつもりはなかったんだけど……」
「あたしが、提案したのだよ少年」
そうだと思っていた。あの出来事から一週間は経った。昔ならば、一週間では治らないような怪我だったが、現代の医療技術と能力者による治療で、すっかり元気になってしまった。
遊を半殺し状態にした三人組は、警察に捕まり、色々と事情徴収をされている。だが、あれだけのことをしたのだ。学生とはいえ、そう簡単には復帰することはできないだろう。
(一応、二つ目の能力を使えるようになる薬と能力強化の薬……そして、それを提供した謎の女については伝えたけど、ニュースにはなっていない。多分、僕の能力同様に不明なことばかりだから、まだ判断が遅れてるんだろうな……)
「こらー!! 何をぼーっとしてるの! そろそろ起きて朝ごはん食べないと、学校に遅れちゃうよ!!」
「ふぁにふるんだ」
ぼーっとしていたのは認める、だが両頬を思いっきり引っ張るのは止めてほしい。また何かをされる前に、遊はベッドから離れパジャマを脱ごうとする。
が……。
「すみません、着替えるので部屋から出てもらえますか? お二人とも」
「お、お着替えの手伝いを」
「しちゃうよー」
「お気持ちだけ受け取っておきます」
「ですよねー、よし! 出て行こう! 水華!!」
「うん。それじゃあ、遊くん。リビングで待ってるね」
朝っぱらから騒がしい。しかし、こういう生活は嫌いじゃない。それどころか、憧れていた。無能力者だった頃は、ただただ起きては家族と朝食を取って一人で登校して、一人で授業を受けて、一人で昼食を食べて……何もかもが一人だった。
だからこそ、こんな騒がしい青春な日々に憧れていたのだ。
「よし、こんな感じかな。一週間ぶりの制服だからなぁ」
しっかりとクリーニングにも出して、鏡で見ても肉眼で見ても新品当然のように綺麗になっていた。今日から、新しい生活が始まる。
もう無能力者の時の暗い生活とはさようならだ。
「……下に行ったんじゃないの?」
自室から出ようとしたが、動きが止まる。リビングに行ったはずの二人が、ドアの隙間から覗いていたからだ。
「えへへ、いい体してたぜ遊」
「ご、ご馳走様でした?」
「それ、意味わかって言ってる? 水華」
「ひ、火美乃ちゃんがこう言うべきだって」
親指を立てる火美乃に、遊は頭を掻く。
(この子と友達になったのは、失敗だったかな……)




