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助けるために

 遊は走っている。全力で走っている。変身後だったら、一瞬と言っても等しい時間で到着しているはずなのに、変身前だとこうも遠いとは。

 ただ、遊も無能力者だった時に、無駄に過ごしていたわけじゃない。これでも、かなり鍛えていたほうだ。体力にも足にも自信がある。


「着いた」


 十五分かかるかと思っていたが、十分ほどで到着できた。遊が通っている学校から離れた廃墟のひとつ。ここはそのC地区だ。世界改変後は、治安もかなりあれて、こうした廃墟が数多く存在している。

 こういうところは、能力者達の鍛錬場や犯罪者達の隠れ家として利用されることが多い。本来は、立ち入り禁止区域なっているが、今は緊急時だ。

 それに、すでに犯罪者の巣窟となっているかもしれない。


「……あの建物か」


 地図に記された建物を発見し、中へと入っていく。

 すると、すぐに写真に写っていた二人が出迎えてくれた。あの大男は、どこにもいない……どこかに隠れているのか? 警戒を高めながら、二人に近づいていく。


「水華は!!」

「おいおい、落ち着けよ。今から、案内してやる」

「こっちに来い」


 明らかに、あの時と雰囲気が違う。人を馬鹿ようなにやけた顔はそのままだが、どこか強者の余裕のようなものを感じる。

 いったいこの数日で何があったのか。


「ほら、あそこだ」

「はーい、感動の再会ですよー!!」


 階段を上がり、広々とした空間に辿り着いた。そして、その中央にある柱に水華が拘束されていた。腕にはあの能力を無力化する手枷が取り付けられている。

 やはり、見間違いじゃなかった。

 

「リーダーの、あの尾男は? ちゃんと、一人で来たんだ。水華を離せっ!」

「まあまあ、そう叫ぶなよ。ちょっと待ってろよ」


 焦る遊を、まだ馬鹿にするような笑みを浮かべながらとんがり頭の男が水華に近づいていき、拘束していた縄と手枷を解いた。


「おらよ!!」

「水華!!」


 そのまま投げ捨てるので、遊は慌てて駆け寄り水華をキャッチする。


「うっ……」

「水華! 水華!?」

「遊……くん」


 静かに目を開ける。よかった、どこも怪我はないようだ……と安心した刹那。


「いらっしゃぁい」

「ぐあっ!?」


 にやりと不気味な笑みを浮かべ、遊の首を片手で鷲掴みにした。


「ぎゃはははは!! まんまと騙されやがったなぁ!! まぬけがぁ!!」

「や、やっぱり……! 偽者、だったのか……!?」

「あーそうだよ! 偽者だよ? えへへ、どう? すごいでしょ? 本物みたいで、遊くん」


 光に包まれる水華の偽者。収まると、あの大男へと姿を変えた。


「どうだ? 驚いただろ?」

「なん、で」


 この大男の能力は、炎を操る能力だったはずだ。それが、どうして変身能力を持っているのか。遊の考えでは、他に仲間が居て、そいつが変身しているのだと思っていた。

 世界改変後、二つの能力を持つなんて聞いたことが無い。


「なんで、俺が変身能力を使えるか、だろ? それはな、親切で怪しい人が、くれたんだよ。一時的に変身能力を得られる薬をな」


 そんなもの聞いたことが無い。だが、実際彼は炎の能力を持っているのにも関わらず、変身能力を使っていた。他人を別の姿に変える能力というのもあるが、それとは何かが違うような気がした。

 

「種明かしが終わったところで、さっそく」

「ま、待てっ! す、水華は……本物の水華は、無事、なのか?」

「あぁ? 知らねぇよ。無事なんじゃねぇの? 俺は、ただあの女に変身したほうが、お前が釣れると思って化けただけだしよ。本物が、どこに居るのかと無事なのかっていうのなんて、知ったこっちゃねぇ。おい!!」

「おう!」

「任せてくれ! まっさん!」

「へへへ。さあ、今から進化した昌樹様が、てめぇを殴り、蹴り、能力をぶっ放しのサンドバックとして楽しむ時間だぁ!!」


 昌樹が命じると、二人は遊を取り押さえる。この二人も前と何かが違う。前だったら、取り押さえられてもなんとか振り解けていたが、今は全然振り解けない。

 二人も、昌樹が言っていた新設で怪しい人と言う人物に、何かをされたに違いない。


「まずは、おらぁ!!」

「がはっ!?」

「次は、蹴りだぁ!!」

「ぐっ!?」


 最初に、腹部への重い一撃、次に横腹への回し蹴り。体が浮く勢いだったが、抑えている二人が居るためその勢いが抑えられる。

 

「へえ、頑丈じゃねぇか。無能力者の時に、体でも鍛えてましたーってか?」

「そ、そうなるかな」


 まだまだ余裕だぞ? と言わんばかりに苦痛に耐えながら笑う遊。それを見た昌樹は、俄然やる気が出たかのように拳を鳴らす。


「そんじゃまあ、俺を楽しませてくれよ!!」



・・・・・



「うーん、やっぱりいいの見つからないなぁ」


 水華は、大型のショッピングモールで悩んでいた。学校が終わってすぐに、とあるものを探すためにいつもならやらない寄り道をしていた。

 彼女は、優等生中の優等生だ。学校が終われば、寄り道もせずに自宅へ帰る。制服のままでは、絶対に他のところへは行かない。ちゃんと家に帰ってから着替えて、出かける。そんな水華が、今は、制服のままでショッピングモールに訪れている。


「あの、少しよろしいでしょうか?」


 中々いいものが見つからないようで、店員へ色々と質問をしてみる水華。


「そういうことでしたら、二階にある」

「あ、ありがとうございます」


 店員から水華が探しているようなものが、置いてある店を聞きだし、お礼を言って頭を下げる。


(そ、それにしてもなんだか悪いことをしてるみたいで、ドキドキしちゃうな。寄り道なんて、初めてだから変に視線が気になっちゃうっていうか)


 これが初めての寄り道なため、ただ歩いているだけでも、周りの視線が気になってしまう。水華の他にも、学生は居るが、それは別の学校のものだ。

 水華が通っている私立神山高校の制服は、どこにも見当たらない。


(見つかっちゃったらどうしよう? でも、火美乃ちゃんは学生だったらこんなこと当たり前だって言ってたし……それに、遊くんと仲直りできた時に)


 もし、遊と仲直りできた時には、一緒に寄り道などをしてみたい。その時のため、少しでも慣れておかないといけない。


「ここだよね」


 エスカレーターを使って、二階へと訪れた水華は店員から聞いた店の前にやってきた。いいものはあるかな? と店内へ足を踏み入れようとした時だった。

 水華の携帯電話に着信音が足を止めさせた。


「……誰だろう?」


 知らない電話番号だった。間違い電話? それとも公衆電話から知り合いがかけている? 疑問を抱きつつも、鳴り止まない着信音を止めるため通話ボタンを押し、耳に当てる。


「も、もしもし?」

《遊が危ない》

「え?」


 変声機を使っているのか、機械的な声だが、そんなものは問題ではない。水華が気にすべきことは、声の主が発した言葉。


「ゆ、遊くんが!? ど、どういうことなんですか!?」


 周りに人が居るのも構わず、水華は叫ぶ。

 いったいどういうことなんだと。


《今から、地図を送る。そこへ行け》


 水華の問いに答えることもなく、ただただ伝えることは伝えて通話は切れた。そして、すぐにデータが届く。それは、先ほど言っていた地図データだ。


「ここに、遊くんが……」


 これは、罠という可能性がある。しかし、水華は迷うことなく店から遠ざかって行く。遊を助けに行くために。

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