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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【3rd】BECOME HAPPY!
84/180

(084)召喚獣ジズ(2)

(2)

 現れた召喚獣“ジズ”は、鋭い視線を走らせている。

 視線の先は、同じく空の上に展開するガミカ軍の召喚騎兵と、冒険者らによる傭兵の飛翔系召喚獣らだ。両方をあわせても、飛翔する召喚騎兵は150に満たない。

 相手がワイバーンの時は、敵500で数負け。サルア・ウェティスでリヴァイアサンと相対した時は、“モンスターの大地”モルラシアから乗り込んで来た地上のモンスター軍団も居た。昼間の召喚モンスターは地上と空を合わせて2000体を数え、また数で圧倒的に負けていた。

 そして今回、“神”の召喚獣が、こちらの心臓たる王都に乗り込んで来た。毎度酷いが、今回は……──絶体絶命。

 そんな事は、口が裂けても言えない。仕方が無いので、シュナヴィッツは独り言ちる。

「足元を気にしながら、どう戦えと…………!」

「……全くです」

 最大サイズで召喚したティアマトに騎乗していて距離もあったはずなのだが、どうやら隣にやって来た者の耳にも届いてしまったようだ。

 10階建ての建物サイズの白銀竜ティアマトの横に、厚みのある鷲の翼を羽ばたかせる召喚獣がついた。これは、ティアマトの半分程の大きさだ。

 上半身、翼の付け根となる腰辺りまでの背中が鷲で、前足と腹、後ろ足が獅子のそれである。全身がどこかふかふかとした印象を与える。鷲の頭にある目は丸く、赤い瞳は鋭さよりもどこか愛らしさがある。だが、その尖った嘴や、長く伸びた獅子の爪の鋭さは遠目で見ても凶悪だ。何よりその獅子の腹が筋肉隆々で、力強さを感じさせた。世界に数体と居ないとされ、現時点で召喚出来る者はスティラードのみ……グリフォンである。

 シュナヴィッツに相槌を打ったのは、全身鎧に身を包んだスティラード。ネフィリムに返す言葉無く、ここへやって来て合流した。

 そうして、スティラードはシュナヴィッツに聞こえない声で呟く。

「あの方は、民を皆殺しになさるおつもりか」

 太刀打ち出来ないと王に進言すべきとスティラードは考えている。

 が、そうしたところで王都を捨てるか否かという決断をせねばならない。そも、“神の召喚獣”リヴァイアサンが昔召喚された折には、ドラゴン種が絶滅させられた。そこには、神の意思があったとされている。神が、人を滅すると決めたのならば、逃げ場などあろうか。王都を捨てる意味が、あろうか。

 スティラードの横に、レッドヒポグリフが並ぶ。グリフォンとほとんど同じ大きさだ。その背には、ネフィリムの護衛騎士アルフォリスが居る。

 シュナヴィッツの隣、スティラードとは反対側にティアマトより一回り程小さい、獅子の体に蝙蝠のような羽を持ち、蠍の尾を持つマンティコアが並ぶ。騎乗するのはシュナヴィッツの護衛騎士であるブレゼノ。誰もが重装備で、召喚獣の腹には長槍やジャベリンがぶら下げられている。

 錚々たる面々が揃った。

 ──だが。

 シュナヴィッツは下唇を食む。

 先日リヴァイアサンと対峙したからこそ、思う。こんな武器では勝負にならない。歯牙にもかけられはしない。

 小さな小さな“人間ひと”が、いかに“召喚獣”を操ろうと、勝てる相手ではないのだ。“神の召喚獣”というものは。

 そこへ、火の粉が降って来た。視界が一気に明るくなる。

 見上げれば、巨城エストルク級の、燃え盛る鳥、“炎帝”フェニックスがゆるやかに炎の翼をはためかせていた。

 最大サイズで召喚されたフェニックスが、大空を舞う。

 アルティノルドの召喚獣“ジズ”はリヴァイアサンよりは小さいものの、巨大である事に違いは無い。フェニックスの1.5倍はある。1.5と言うと数字自体は小さいが、倍にする元があまりに巨大なのだ。破壊力で大きく水を空けられる。互角に戦うなど、遠い。

 そのフェニックスの横に、ごうっと風が巻き起こる。

 木々の葉を巻き上げる竜巻が発生したのだ。

 フェニックスと同じ大きさで、稲光が駆け抜けた。

 生まれた風と稲妻を飲み込みながら、じわりじわりと、現れる。

 嘴よりも前へ突き出た尖った鶏冠が、角のようだ。そこからばちばちと小さな雷光が爆ぜている。大きな目は濃く黒く縁取られている。顔形は鳥というよりも爬虫類を思わせる。全身黄色とオレンジの羽毛に包まれた怪鳥。

「──“雷帝”……! エルトアニティ王子の手を借りるのか……」

 呻くようにシュナヴィッツが呟く。

 “炎帝”が全身から炎を振りまくように、“雷帝”ワキンヤンは、頭上の角を中心に、雷を纏っている。このワキンヤンもまた世界唯一の召喚獣である。召喚主は大国プロフェイブ第一位王位継承者たるエルトアニティだ。

 “炎帝”と“雷帝”という、人間が召喚する事のできる幻獣の内、五指に入る破壊力を持つものが2体も居たならば、例え昼間の2000体に及ぶ召喚モンスターも屠る事が可能だったろう。辺りに及ぶ被害は、計り知れないだろうが。

 今、相手は“神の召喚獣”。

 空を制し、全ての“鳥”の守護者とも言われるジズだ。

 ジズの持つ“鳥”に対する支配を、火鳥と雷鳥が取り払えるのか。

 シュナヴィッツは一旦後ろへ下がるよう150の飛翔召喚獣に指示を出す。

 “炎帝”にも“雷帝”にも騎乗する者が居ない事は、確認済みだ。

 巨城エストルクの屋上から、ネフィリムとエルトアニティが両召喚獣に、ジズに立ち向かえと指示を出したのだろう。召喚士の乗らない召喚獣の動きは、他の召喚士らと連携を取れない。味方すら、攻撃しかねない。

 “炎帝”とティアマトは、召喚主同士が近しい事もあり、どちらも双方の動きをよく見るが、慣れない召喚獣同士が指示無しに戦線をうまく立ち回れるという事はまず無い。なまじ“雷帝”は“炎帝”に並ぶのではないかと囁かれる程強力な召喚獣なのだ、両者に巻き込まれては目も当てられない。

 “炎帝”と“雷帝”を除いて、王都上空まで飛翔召喚獣は後退する。

 ジズの居る場所から王都まではやや距離がある。

 森の上空でジズが羽ばたく。真下の木々は薙ぎ倒されんばかりに風圧で押しやられる。前進するジズを遮るように、“炎帝”と“雷帝”がすいと、距離を詰めていく。



 ミラノは、3階バルコニーからそれを見ている。

 遠目にはなるが、それでも空がその3体の巨大な召喚獣に埋められてしまった。

 奥にいる焦げ茶の“神の召喚獣”とかいうもの。

 それよりは手前、左手側にフェニックス、右手側に初めて見る、雷鳴轟かせる鳥。さしずめサンダーバード。

 この距離だから、その巨大な鳥達の動きも見えるのだが……。

 ──空が、狭い。

 ジズが、その巨大な翼を左右に開く。

 羽ばたきと同時、その羽が、ここからでは数える事は出来ないが、十数枚数十枚ではない、数百枚はあろうか──ナイフのように“炎帝”“雷帝”へ飛び出す。その羽一枚一枚もまた巨大だ。

 “炎帝”は口から吐き出す大量の火炎で、“雷帝”はその鋭い眼光から雷を発して、それぞれの前方で打ち落とす。

 “炎帝”は熱光線を縦横無尽に走らせ“ジズ”の体を焼きにかかり、“雷帝”は雷と生み出す竜巻でその翼を揺さぶる。

 攻撃の度、赤黒く薄暗かった空が、目も背けたくなるほどの光に飲まれる。最後に“炎帝”“雷帝”そろって一斉に熱光線と雷光をジズめがけて放つ。一際眩く空が輝く。

 だが、リヴァイアサンの時と同じく、ジズは傷を付けられても見る間に修復していく。“神”アルティノルドの力に満ちたこの世界で、完全に撃ち滅ぼす事など、出来ない。アルティノルドの創造の力が、あまりにも強すぎるのだ。ダメージを与えるそばから再度、欠けた部分が創造されていく。

 ミラノは、静かに見つめる

 この世界がアルティノルドの力に満ちて、“神の召喚獣”を倒す事が出来ないという理屈など、知らない。だが、随時異常なスピードで回復する敵を相手取って戦う意味の無さなら、わかる。

 こういう場合、回復するエネルギー源を先に倒すか、その流れを止めるかになる──過去にいくつもプレイしてきたゲーム類では大概そうだ。

 だが、どうしたものかと、ミラノは考え沈む。

 召喚術は、ネフィリムの言葉によって封じられた。

 だが、どう見たって、分は悪すぎる。

 ──幸いここにエルトアニティ王子は居ない、バレなければ……。

 戦場に目を移す事が出来ないのか、3体の怪鳥のぶつかりあう火線や雷鳴、羽ばたきの轟音、木々の薙ぎ倒される破壊音が嫌なのか、耳を塞いだままのパールフェリカの肩に、ミラノはそっと触れた。パールフェリカはずっと変わらず、ミラノの胸と肩の間に顔を埋めたままだったから。

 手が触れると、パールフェリカは耳を塞いだまま顔を上げ、ミラノを見上げた。目が真っ赤だ。

「パール」

 ミラノが口を動かすと、パールフェリカは両手をそっと耳から外した。

「……パール、ちょっと試したい事があるのだけど。平気?」

 パールフェリカが大きく頷いた。

「……お、お願い……! ミラ──」

 言葉の途中で、空が真っ白に染まる。閃光が駆け抜けて、眩しさで視界は白色に染まり視力が奪われる。

 目を閉じて耐えたのは2,3秒だったが、何があったのかと3体の召喚獣が居た辺りを見上げる。

 “雷帝”ワキンヤンは空高く飛翔している。

 一方、“神の召喚獣”ジズの正面で、大きく翼を広げた形のままのフェニックスが、うっすらと消えていく所だった。

 ジズが何か攻撃をして、フェニックスがその身を盾にして王都を、背後に居るシュナヴィッツらを護ったのだ。

 そちらを見て、言葉を失う。

 ラナマルカ王はバルコニーの手すりをがつんと殴った。

「陛下……」

 傍に居た騎士が声をかけるが、ラナマルカ王の苦渋の表情はより濃くなる。ラナマルカ王の召喚獣は、空を飛べない。我が子にかかる負担を代ってやれない事が、ラナマルカを苛んでいる。

 それを見ていたパールフェリカは、ゆっくりとミラノに視線を戻す。ミラノもまたパールフェリカを見下ろした。

 パールフェリカは既に、ぽろぽろと涙をこぼしている。溢れて止まらないようだ。

「……お、お願い……! ……お願い……ミラノ……」

 絡まる喉の間を縫って、引きつった声でミラノにすがる。

「──にいさまを助けて! ……私達を、助けて!!」

 ミラノは目を細めて、パールフェリカの頭を撫でた。誘われるように、パールフェリカは再びミラノの胸に顔を埋めて、泣きそぼった頬を摺り寄せた。

 そして、ミラノは空を見つめる。

「……こういう事が…………出来るかしら」

 そう呟いた時、すぐ上空、再びフェニックスが舞い飛ぶ姿が見えた。

 ミラノはぎゅっと眉間に皺を寄せた。離れていくフェニックスの頭の上、ネフィリムの姿がある。騎乗している。

「出来ないと、困るわね……」

 ミラノは試してみようと考えていた事を、頭の中で一気に組み上げて、視界にシミュレートし、展開する。前も、そんな雰囲気で出来るかどうかわからない事を試した。

「間に合って…………!」

 焦燥が誤りを呼ばぬよう、手間を増やさぬよう、ミラノは平静さを保ちながら、空を睨む。

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