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召喚士の嗜み【本編完結済み】  作者: 江村朋恵
【5th】the first kiss - Take it easy♪
125/180

(125)パールフェリカと黒いうさぎ(1)

(1)

 長槍を構えたソイとオルカを乗せたペガサスが巨大猪“主”の頭の回りで羽の音を響かせる。“主”にとっては酷く耳障りだろう。可動域限界まで首を回し、ペガサスを目で追っている。

 さらに上空からその様を見下ろすのは赤い怪鳥ステュム。騎乗するのは“光盾”の長ルトゥ。今度は立っておらず、首のすぐ後ろ辺りで膝をつめて乗馬と同じ要領で座している。

 今こそ、“黒い魔法陣”によって動きの封じられたこのタイミングこそ、とどめを刺す時だ。

 オルカが大きく手を振った。“主”の注意が完全にソイとオルカに向いたという合図。その瞬間、木々の間で滞空していた怪鳥ステュムの上に居たルトゥは上半身をぐいと起こした。

「いくよ」

 小さく呟き、頭を倒す。指示を受けたステュムもその動きに従い頭を真下へ向けた。

 落ちるよりも早く、ステュムは一気に“主”めがけて降下した。緩く回転しながら角度を微調整する。

 全身に風を受けるルトゥの髪は、空にまっすぐ引っ張られながら揺れた。

 ステュムとルトゥは風の塊となって“主”の体を掠めるように飛んだ。

 地面に激突するギリギリのところで急旋回して“主”の横っ腹に翼を押し付けながら飛び抜ける。

 鋼のように硬く、しかし非常にしなやかなステュムの翼が“主”の頭から背中の体表面をすり抜けながら一気に切り裂く。

 切り抜けると頭からぎゅるぎゅると回転しながらステュムは急旋回して再び高速飛行で巨大猪に突っ込む。

 ステュムが風とともに空を翔る度、鮮血が辺りの木々を赤く染める。血の臭いは、一層濃くなった。

 視界の八割を埋める血飛沫を尻目に、ステュムとルトゥは再び空へ舞い上がっていった。

 他方、ソイがペガサスで“主”の顔面へ回り込む。長槍で巨大な目を突きながらソイは「ひゅ」と短く口笛を吹いた。ステュムの動きに感心したのだ。

 再び木々の合間を縫って勢いを付けた赤い怪鳥が降下してくる。

 目で追いきれぬ速度でステュムは“主”の右半身を切り裂きながら後方へ抜ける。

 森の狭い範囲でぐるぐると回転して飛びつつ急旋回、再び戻ってきて“主”の左半身を切り裂く。怪鳥の赤なのか、“主”の血の赤なのか、判別が難しい瞬間さえあった。

 最後にステュムはより高く、高く上空へ舞い上がると勢いをつけて一気に下降。どごんと派手な音をさせて巨大猪の牙を根元で両断した。

 一番高値で取引される牙を体から切り離し、地面さえ裂きながら再び上昇して落下ダメージを殺した。

 豚鼻と牙がまとめて“主”の体からずるりとズレ、音を立てて地面に落ちる。

「──ほんっと無茶苦茶だよな。翼で対象タゲ切りながら地面ぶっ叩きながら飛び上がるとかよ」

 飛び散る“主”の血を避ける為、ペガサスを退けながらオルカが苦笑した。言葉は乱暴だが、賞賛している。

 飛び上がった怪鳥ステュムはとっくに森の上まで駆け上がったらしく見えない。

 ソイとオルカがコルレオやレーニャの居る辺りにペガサスを下ろし、長槍の血を払い終えた頃になってステュムは降りてきた。

 美しく凶悪な──“光盾”では慣れっことも言える──ルトゥの駆るステュムの舞い。

 舞いの後は翼の血を払うのに少しの間、空を飛び回るのだ。

 勇壮に戻った赤い怪鳥ステュムからルトゥが地面に降り立ち、巨大猪“主”を見上げる。

 さすがの“主”もついに絶命していた。




「俺は“光盾”のソイ。これはオルカ、あっちコルレオ。そのちんまいのがレーニャ、ガミカの子じゃねーから、難しい言葉使ってやるなよ? で、そこの怖いねーちゃんが“光盾”の長ルトゥ様」

「挨拶だ、手早く済ませようぜ」

 茶のソイが“光盾”の面々を簡単に紹介した後、黒のオルカが急かした。

「お前は?」

「え?」

「な、ま、え。無ぇの? 覚えてねぇの?」

 不機嫌をあらわにするオルカの後ろ頭を女長ルトゥがごつんと拳で殴った。

「痛って……」

 言いかけたオルカは、自分を殴ったのがルトゥとわかると口を尖らせて下がった。

「脅すなオルカ。あたし達は冒険者だ。人の素性に立ち入ったりしないのが暗黙の了解の生業──名乗りたくなければ便宜上適当な呼び名をくれたらそれで十分だけど?」

 オルカをぎろりと一睨みしてからルトゥは黒髪の男を見た。

「え? 呼び名? あー、キョウって呼ばれてます」

 黒髪の男はじわじわと笑顔を取り戻しつつある。

「キョウね。お前、なんだってこんなとこいたんだい?」

 腰に片手を当ててルトゥが問うと、キョウの綺麗な眉はぎゅっと寄る。

「なんでって……いやぁ……なんでなんでしょう……?」

 あまりの頼りなさに“光盾”の5人は顔を見合わせた。

 こんな山奥に何の目的も無く来る事が信じられない。

 5人は飛翔系召喚獣のおかげでひとっ飛びで来れたが、地べたを歩いたなら人里からは最短で4日はかかる。

 こんな軽装で来れた事、来ている事が信じ難い。

 正体をはかりかねてルトゥが目線を上に投げた時、キョウがパッと右手を肩から上げた。挙手である。

「あ、俺、人を探してます!」

 元気良くそこまで言った後、首を微かにひねって「多分……」と小さな声で付け加えた。

「多分ー?」

「人をー?」

「こんなクーニッドの森深くでか?」

 ソイとオルカ、コルレオが怪訝な様子を隠さず、同時に言った。

「いやぁ……え? くうにど? 何県……てか、ここどこですか?」

「だから、クーニッドっつてんだろ」

「──空煮土……?」

 キョウなりに脳内変換を試みているが、伺い見上げたオルカの額には青筋が浮かんだ。

「クーニッド! お前、ガミカの人間っぽくないが、どこの国から来たんだ!?」

 素性を聞かないのが冒険者の常とはいえ、この男はあまりに不審だ。

 一歩一歩前に出て男に詰め寄るオルカをルトゥは押しやって溜め息交じりに再びキョウの前に立った。

「えっと、あれ? ここ日本じゃないんですか? やっぱ」

「ニホン? 聞いた事ないね」

「………………………………」

 ルトゥの言葉にキョウの顔色がさっと青ざめた。何やら口元でぶつぶつ呟いている。

「……いや、確かにね、人種がデタラメだなぁとか思っ……でも日本語……てか、うさぎもしゃべ……いや、あれぬいぐるみ……てかあの声って……うそだよな……勘弁してよ……」

 落胆した様子のキョウに、渋々といった態でルトゥが口を開く。

「……探してる人の名前とか、特徴は? ここにはオルカとソイ、コルレオが残った後、他の“光盾”の連中も来る。その時に探させるけど?」

 暗い顔でぶつぶつ呟いていたキョウがルトゥの言葉に顔を上げる。

「え? いいの!?」

「装備もない、自衛出来そうもないヤツをこんなトコに置いといたって獣のエサだ。王都まで連れてってやるから」

「うわ! ルトゥさん親切! ありがとう!!」

 そう言ってキョウはルトゥの両手をひっつかんで上下にぶんぶん振った。

 ルトゥはといえば、美男子というヤツが苦手なので顔を横に背けて細かく頷いている。

「……わかった、わかったから……! で……名前とか、特徴は?」

 ルトゥの問いにキョウは手を離し、にっこり笑った。

「名前は山下未来希、外見は──」

「ヤマシタ……ミラノ? ミラノ? 名前なのか?」

「うん、未来希が名前」

「へぇ」

 ルトゥは含みのある声音で頷き、残り4人の“光盾”の面々が顔を見合わせている。緊迫しつつあった様子が和らいでいた。

 キョウは不思議がって見回す。

「なに?」

 あからさまに“あやしいヤツめ”という視線を投げていたソイらが小さく肩を上げ、笑みを浮かべている。その目には親しみすら浮かんでいた。

「あんたがどこの国の者かは知らないけど、最近のガミカじゃ“ミラノ”って言葉は“未来の希望”って意味で使われるんだ」

「へぇ~! 面白い! この人の名前も“未来ののぞみ”って書いてミラノって読むんだ、すごいなぁ、面白い偶然!」

 ルトゥは手の甲でキョウの肩辺りをトンと弾き、そのまま差し出して握手を求めた。

「“光盾”のルトゥ、短い旅だけど、改めてよろしく」

「同じくコルレオ」

「ソイだ」

「オルカだ」

「レーニャ、よろしくネ」

 一人一人と笑みを交し、キョウは表情を引き締め、ルトゥと握手をする。

「キョウです、お世話になります!」

 真っ直ぐの黒髪を揺らしてキョウはサラッと笑った。

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