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第三幕間一話

「いいね」


 にこやかに笑いながら大西が頷いた。

 

「実際カワイイ。予想通り……いや、予想以上か」


 もともと笑顔の多い男だが、それにしても上機嫌だった。

 

「ワッハッハ、当然当然。なんたってボクは特上美少女だからねえ」


 それに答えるのはすふれだ。大笑いしつつ平坦な胸を張る彼女はいつものマスクと暑苦しい白衣ではなく、涼しげな群青色の浴衣をまとっている。ランプのほのかな明かりが、ミルクチョコレート色の肌を艶やかに照らしていた。

 

「いやはや、ホントにこの服を着てるボクが見たいという理由だけでここまでやっちゃうとはねえ。うんうん、いいよいいよ。お洒落なんかウン百年ぶりだが、なかなかしっくりくるじゃなあないか」


 ぴらぴらと裾をめくりつつ、スフレはそんなことを言う。こちらもこちらでめったに見ないほど上機嫌だ。

 二人は今、墓場のテントの中にいた。祭りが終わった直後だ。既に祭りのざわめきも聞こえないくらいの深夜ではあるが、その疲れを見せない元気な声音でスフレが続ける。

 

「やー、開放的でいいねえこの服は。好きだなあ」


「高温多湿気候の地方の服だからね」


「ほー。キミの故郷の服って話だが……暑いのか」


「夏はね」


 ふうんと興味深げに頷いて見せるスフレ。そして、大西が持っている手鏡に顔を寄せ、にっこりと笑って見せた。

 

「すっごい美少女が居るな! ボクだぜこれ。いや美少女はもともとだけどさあ。うひゃー」


 言うなり、くるんと体を一回転させてみせた。予想以上の気に入りように、大西が笑みを深くする。


「ファッションって掛け算みたいだよね。元が良くて、そのうえ可愛い服を着たらそのカワイイ度は凄まじく上がる」


「その通りだ。ボクみたいなのがあんなマスクを被らなきゃいけないのは損失大きいぞ。まあったく」


「そうだね」


「ま、いいけどさ。見せる相手がいるだけずいぶんとマシだから」


 銀色の柳眉を跳ね上げながら、スフレが皮肉げに笑う。

 

「マシどころか、思ってたのより何倍もイイ。また何かいい服が合ったら、着せさてほしいな。最高に可愛い僕を見せてあげるからさ」


「それはもちろん」


「うぇっへへ」


 少し乱暴な手つきでスフレは大西の肩を叩いた。肌色のせいで分かりにくいが、照れているらしい。

 

「とくにキミの国の服は興味があるな。これ以外にもいろいろと種類があるんだろう? 材料費と手間賃は出すから、いろいろ作ってみてくれないか」


「良いけど、時間はかかるかも」


「いいよいいよ。暇な時でさ」


「わかった、やってみよう」


 と、そんなことを話していた時だった。テントの出入り口から、掛けられていた布をめくってオルトリーヴァが入ってきた。

 

「うわっ!? な、なんだ、オルトリーヴァか。どうしたんだ」


 オルトリーヴァはハリエットの護衛としてヌイの家へ出向いたはずだ。それがなぜここにと首をかしげたスフレだったが、再び表情が固まった。

 

「ダ、ダークエルフ……」


 なぜかと言えば、オルトリーヴァの後ろに腰を抜かしたハリエットを発見してしまったからだ。

 

「いや、忘れ物を……んんっ?」


 のんびりした顔で答えるオルトリーヴァだったが、はっと気づいたように兎白を見て「あっ」と間抜けな声を出した。

 

「しまった」


「しまったじゃないぞ!」


 ダークエルフといえば典型的な人型妖魔……いわゆる魔族の一種だ。当然人類陣営では排斥の対象である。これは単なる差別などではなく、実際人類に仇なすダークエルフが多々いたせいでもあるのだが、スフレのような人間に混ざって生活しているダークエルフからすれば、たまったものではない。

 

「すまない、忘れていた。……だ、大丈夫か? こいつはスフレだ、悪い奴ではない。安心しろ」


 努めて冷静な表情で、オルトリーヴァが震えるハリエットに手を差し伸べる。動けなくなっている彼女の真っ青な顔色を見て、スフレが目を逸らした。

 

「気絶させたら夢落ちってことにならないかな」


「やめい」


 手刀を構えて物騒なことを言う大西をけん制しつつ、努めて有効な笑顔を浮かべつつスフレはハリエットに歩み寄った。両手を上げて敵意が無いことを示すのも忘れない。

 

「あーすまない。キミに危害を加えるつもりはさらさらないんだ。そんなに怖がらないでほしいな」


「えっ……あっ……」


 一瞬、何を言っていいのかわからないといった表情を浮かべるハリエットだったが、すぐにその声がここ数日で聞きなれたスフレのものであることに気付く。彼女の服装が、今日ヌイたちが着ていたのと同じタイプの服である、ということも大きいだろう。

 

「……スフレ?」


「そーだよ、ご明察」


 ニッカリ笑い、手を差し出して見せるスフレ。幾分躊躇してから、ハリエットはそれを掴んで立ち上がった。

 

「……ありがとう。ダークエルフも、手は温かいのね」


「まあね」


 いくぶん失礼な発言だったが、それをおくびにも出さずスフレは頷く。

 

「ま、顔を隠してたのはこういう事情さ。だが誓って言うが、ボクは人を無差別に襲うような手合いじゃない。キミの味方だ」


「うっ」


 ハリエットは目を逸らした。ダークエルフが邪悪な存在であるというのはいわば社会常識だ。とはいえ彼女自身なにかしらダークエルフから被害を受けたためしはないし、それどころか実物を見るのすら初めてだ。少なくともスフレは今まで、嫌みこそ言えどあくまで一人の冒険者として自分に協力してくれたのだから、こういった態度を取るのは失礼である、というのは彼女も理解していた。

 だが、だからといって素直に全部信用するほど、ハリエットも単純な人間ではない。ちらりと大西をみて、聞いた。

 

「……もしかして、あなたもなの?」


「あなたもとは?」


「妖魔かということ」


「違うはずだよ。どういう方法で分類されてるのか知らないから、確実なことは言えないけど」


 その胡散臭い言いぐさはハリエットは顔をしかめた。とはいえ、この男の胡散臭さはもともとだ。性格がドのつく天然なのは理解しているから、一概に嘘をついていると判断することはできない。

 

「ま、まあいいわ。妖魔であれ、なんであれ。他に頼る相手が居ないのも事実だし……」


 あっさり自分を自由の身にしたことから考えて、スイフトは自分を遠ざけたいのだろうとハリエットは考えていた。こうなった以上、もはや大西たち以外に助けを求めることもできないし、まして自分一人で生きていくのも難しいだろう。自らがどれだけ世間知らずであるか、彼女はよく理解していた。

 

「ごめんなさいね。失礼なことをしたわ」


 息を深く吸い、そして吐いてからハリエットは笑顔を浮かべた。少し引き攣ってはいるものの、そのまま気丈に腕を差し出した。

 

「仲良くできることを願うわ」


「はいはい。こっちも最初からそのつもりさ、キミが妙な事をしない限りね」


 深い安堵の息を吐きつつ、スフレはそう言いつつ腕を握りかえすのだった。

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