第三章十二話
「策と言っても、まあ実際のところ大して複雑なものではない」
「はあ」
やや怪訝な顔で、ヌイはフランキスカの顔を見た。自信ありげな笑みを浮かべる彼女は腕組みをしつつ、周囲を見回す。
「ひとつ聞こう。貴様らの勝利条件とはなんだ?」
「全員そろって安全が確保されることです」
答えたのは大西だ。スフレが同調するように頷く。ふりかかった火の粉を掃えれば、今回はそれで構わない。大西も、エーカー家にことさら仕返ししてやろうと言う気は微塵もなかった。見逃してくれるならそれでよし、慰謝料をくれるならなおよし、その程度だ。
「そうだな。で、それを達成するにはどうすれば良いか?」
「相手の頭を潰せばなんとかなりませんか」
「極論すれば、その考え方は間違ってはおらぬ」
笑みを深くしつつ、フランは鷹揚に頷く。ヌイが目を細めた。
「命令を出しているのはシェリル某とやら。で、あればそ奴を排除するのが常道というもの。幸いにもヤツはコトを起こしたばかりである。頭が消えれば組織の瓦解も早いであろう」
「ブッソウな話になってきましたね」
こういう流れになるのはわかっていたので、ヌイの口調は既に諦めの混じったものになっていた。聞けばシェリルとやらはまだ子供らしい。彼女としてはあまり直接的な暴力で排除するようなやり方はとりたくはない。とはいえ、ぜいたくを言う余裕がないことも理解はしている。
「とはいっても、本当にシェリルが首謀者なのかは疑わしい部分があるぜ。……いや、ありますよ?」
「前から思っていたが、無理やりに敬語を使う必要はないぞ、魔法使い。貴様は余の部下ではあるまい」
スフレに対して苦笑しつつ、フランは続けた。
「それはさておき、確かに黒幕がシェリルではないという可能性は十分にある。というかその可能性が高い。そのあたりどうなのだ、ハリエットよ」
常識的に考えれば、幼子がクーデターを首謀して実の父に反逆するとは思えない。本人がそれを望んでいても、年齢が年齢だけに周りがついてこないだろう。あくまでシェリルはたんなる看板、この事件の首謀者は別にいると考えたほうが自然ではないだろうか。
「……どうでしょう? 確かに後ろ盾は居るとは思いますわ。しかしそれでも、主導権はシェリルが持っているのではないかと」
「ほう。根拠は?」
「根拠と言うほど確かなものはございません。ですが、シェリルはかなりの切れ者ですもの。操り人形に甘んじるタイプではありませんわ」
「そうか。ふむ、それが真であれば話は簡単だ」
あたりを見回すフランキスカ。その顔に浮かべているのは、余裕綽々の笑みだ。
「暗殺ですか」
「違うわたわけ。貴様もなかなかに物騒な考え方をしておるな……」
大西の言葉に反射的に突っ込み、フランはため息をつく。自分の部下程に血の気が多いわけでもないだろうに、この男が意見を言うと大概これだ。あの武闘派ぞろいのエルトワール騎士たちと仲良くやれるはずだと、半ばあきれ気味に彼女は内心一人ごちた。
「要するにな、スイフトを救出すればよいのだ。正統な当主がスイフトである以上、奴が公式の場で否といえばシェリルの正統性は失われるというわけだ」
「現実的な作戦だ。なにより、ボクたちが泥をかぶらなくともいいと言うのは大きい」
便乗したのはスフレだ。敬語を使わなくとも良いと言われたせいか、早速のため口だった。貴族を相手にしているとは思えないような尊大な口調だが、フランは咎めることは無い。自分で言ったことではあるし、この正体不明の会人物が、自分よりはるかに年上の長命種であることは直感でわかっていたからだ。
「安穏とした生活が送りたいなら、可能な限り後ろ暗い手は使わない方がいい。このプランなら、大義名分を存分に生かせるからね。使わない手は無いと思うぜ」
「なるほど。確かにそうだな」
好き好んで殺人を犯したいわけではない。大西は頷いた。
「お父様を救い出そうと言うの? 道理は通っているけれど……現実的に実現可能なのかしら? お父様が居るとすれば、屋敷の座敷牢。やすやすと侵入できる場所ではないわ。まして、今は状況が状況だけに屋敷は厳戒態勢におかれているはず」
「容易なことではないだろう。しかし、だからといって不可能であるとは、余は思わぬ。有象無象がいくら居ようと所詮は雑兵よ、大したことではあるまい?」
「本当に雑兵ばかりなら、そうかもしれませんわ。しかし屋敷に詰めているのは精鋭であり、グリフィン騎士団を統べているのはドラゴンスレイヤーのウォーカーです。雑兵とまとめてくくれる相手ではないのではなくて?」
「ほう、ドラゴンスレイヤー」
小さく声を上げたのはオルトリーヴァだ。明らかに興味を引かれた様子でハリエットの方を見たが、何かを言う前にスフレが声を出した。
「ドラゴンってったってピンキリさ。どいつを討ったんだ、そのウォーカーとかいうヤツはさ」
「ブリザード・ドラゴンだったっけ」
「ええ、そう聞いているわ」
大西の言葉にハリエットは頷いて見せる。少しは動揺するだろうかとあたりを見回したが、皆あまり変化はない。せいぜいヌイがこめかみを押さえてため息をついた程度だ。
「微妙な手合いだな。ブリザード・ドラゴンは龍としては下級だ。強力な妖魔には違いないが……」
「オオニシならばいけるのではないか? いや、ブリザード・ドラゴン本体は難しくとも、ウォーカーが相手なら勝機はあると思うのだが。あくまで余のカンであるが」
「同感だな。もちろん、余裕をもって討伐を成し遂げられる相手だというのなら、また話は変わってくるけどね」
「ううむ、悩ましいな。とはいえ手も足も出ない相手ではないとは思う。やってみる価値は十分あると思うが」
「ええ……」
あまりにとんとん拍子に進んでいく話に、ハリエットは困惑した。このオオニシという男は、いったいどれほど信頼されているというのか。
「どうだオオニシ、貴様の意見は」
「と、言われましても。会ってもいない相手の功夫を推し量ることなんてできませんから。ちょっかいを出すにしても、すぐに撤退できる環境でやりたいところですね」
「一理ある。だが、地の利が相手にある以上なかなかそれは難しいのではないか」
「釣りだしてこちらの有利な場所で戦うと言う方法もあるが……入念な準備が必要だろうな。時間が味方でない以上、こっちから突っ込むほかないと思うぜ?」
時間が経過すればするほど、シェリルは足場を固めてその立場を盤石なものにするだろう。と、なれば適当に罪状をねつ造し、私兵だけでなく王都の警備隊や騎士団にまでこちらに差し向けてくる可能性も高い。そうなればさしものフランキスカも庇いきれなくなるだろう。
「何が相手だろうが踏みつぶせばいいだけだ。違うか」
「同感だな。多少のリスクは仕方ないよ」
オルトリーヴァがふんと鼻息荒くそう言うと、大西も同意した。虎穴に入らずんば虎子を得ず。安全にウォーカーを制圧する方法が思いつかない以上、危険を冒してでも直接排除以外のやり方は無いのだ。もはや撤退という考えは大西の頭から消え失せていた。
「私としても、その意見に賛成です」
「あなた……」
それまで黙っていたヌイまでそんなことを言いだすのだから、ハリエットは思わずキリキリと痛み出した腹を抑えた。無謀にもほどがある。しかしそう思う一方、ここまで言うのだから勝ち目はあるのではないかという考えも、彼女の思考の片隅に浮かび始めていた。
「立ち止まるよりも、逃げるよりも、立ち向かえるときは立ち向かった方がいいと、私は思うのです。貴方は、ちがいますか?」
「それは」
その言葉に、思わずハリエットは言葉に詰まる。現実はそう簡単じゃないとか、きれいごとを言うなとか、そういった反論は頭の中にあった。しかしそれを口に出すことをしなかったのは、ハリエット自身がそうありたいと内心思っていたからに他ならない。
当たり前と言えば当たり前だ。王都から無事逃げ出せたとして、刺客におびえる一生を送る羽目になることはわかりきっている。そんな生活は嫌だ。そうならないためには、今立ち向かう他に選択肢はない。
「……そうね。その通りだわ」
「よろしい! 意思統一はできたな」
ハリエットの返答に、フランキスカは満足げに笑った。
「では、具体的な作戦を立てることにしようではないか」




