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第三章三話

「できた出来た。間に合ってよかった」


 大西は両手で緋色の浴衣を持ちながらそう言った。彼の前の机には、針仕事用品が整然と並べられている。オルトリーヴァとであった頃から続けていた夏祭り用の浴衣の製作が、やっとおわったのだ。

 

「結局三着ぶん作ったの?」


「うんまあ……」


 小さな木椅子に座ったスフレが聞く。製作開始から随分と時間がかかったが、これは大西がヌイの浴衣だけではなくスフレとオルトリーヴァのものまで作ったからだった。

 

「折角だからね」


 そんなことを語り合う彼らは、いまだにヌイの部屋に居座っていた。そして家主たるヌイといえば、オルトリーヴァと共に買い出しに出ている。ハリエットに、せめてまともな服や靴を送りたいらしい。

 

「変わった……服ね。あなたの故郷の?」


 ベッドに腰掛けて足をぶらぶらさせつつ、ハリエット。手足のしびれはだいぶ取れてきたらしく、それに比例するように態度も若干軟化しつつあった。


「ええ。といっても略装なんですが。お祭りとかだと、これを着ていく人が多い……らしいです」


「らしいって」


「お祭りなんて行ったことが無いので」


「そう。……まあ、わたくしも無いけれど」


 視線を逸らすハリエット。左目を隠すほど長い銀色の前髪が揺れた。

 

「祭りと言うと、精霊祭かしら。もうそんな時期なのね」


「五日後、だったかな。たしか」


「……そうそう」


 スフレがマスクの丸いレンズを大西に向けると、彼はポケットから手帳を取り出して開き、答えた。

 

「ふうん」


 異様なスフレの風体にも慣れつつあるらしいハリエットがぞんざいな口調で頷いて見せる。右手で左手の指をもてあそびつつ、自分の手元に顔を向ける。

 

「なんだ、一緒に行きたいのかい?」


「いいえ?」


「あっそう」


 仮面の下で苦笑を浮かべつつ、頬杖を突くスフレ。

 

「でもさあ、オオニシ。ボクのぶんまで作ることは無かったんじゃないか? どうせ着られないのにさ」


 当たり前だが、浴衣は今の彼女の服装よりかなり露出が多い。正体を隠さなくてはならない都合上、そんな服は避けるべきだ。それに彼女は祭りにはいかず、墓場のテントで待機している腹積もりをしていた。もちろん、そんなことを言いだせばヌイあたりに止められるだろうから話してはいないが。

 

「着られないかな」


「マスクにその服は不審人物ってレベルじゃないだろ」


「そうか。じゃあ家で着て欲しいかな」


「おい、祭り用の服じゃないのか」


「本音としては浴衣美少女が見たいだけなので」


「じゃあしょうがないな……」


 スフレはそれくらいならいいかと腕を組み、そしてちらりとハリエットを窺う。込み入った話をし過ぎたかと思ったが、彼女は興味こそ惹かれている様子だったが詳しく追及したりはしなかった。相手もワケありだ。変に突っ込んで藪蛇になるのは避けたいのだろう。

 

「とはいえお祭りも楽しみな事には違いないんだ。だからさ……」


 そういいながら、大西は完成したばかりの緋色の浴衣をスフレに渡す。そしてごく小さい声で「念話」と囁いた。

 

(なんだよ)


 そっと大西の手に触れながら、スフレ。

 

(おそらく敵。四人くらい)


(マジか。どうしてわかった)


 それらしい気配は微塵もない。窓の外からは真夏の陽光と遠い喧騒が入ってくる。穏やかな夏の午前中だ。剣呑な雰囲気とは無縁に思える。


(気配と音とカン。いろいろ複合。武装したのが四人、こっちを窺ってるっぽいね)


(うへえ、冗談じゃない。だからさっさと追い出した方がいいと……)


 この男がそういうタチの悪い冗談を言うとは思わない。疑うことなく、スフレはその発言を信じた。

 

(ここでは戦いたくない。なんとか穏健に済ませたいけど……スフレだけ逃げるか、どこかへ隠れられないかな)


 こんな不審人物がいれば、まとまる話もまとまらなくなる。ただのチンピラが相手ならばそのままブチのめすという選択肢もアリだが、大西はある程度訓練された兵士特有の気配を感じとっていた。特異な気配だからこそ、事前に感知できたともいえる。

 

(自分だけなら魔法で透明化できる)


(よしそれだ。僕だけなら何があろうがある程度対応できる。しばらく隠れておいてほしい。助けを求めない限り、援護もいらない)


 そこまで話したところで、アパートのドアが乱暴にノックされた。

 

「はいはい」


 何も知らない風を装って、大西がドアのほうへと向かう。ハリエットが身を固くし、スフレは壁に立てかけてある長杖を手に取って音もなく透明化した。ハリエットが目を剥いたが、言葉は発さなかった。

 

「どちら様でしょう」


「グリフィン騎士団だ」


 ドアを開けた先に居たのはプレートメイルを身にまとった四人の男女だった。先頭の壮年の男が、鋭い眼光を大西に向けて言い放つ。

 

「こちらに不審人物がいると通報を受けて着た。悪いが部屋を改めさせてもらうぞ」


「はあ」


 なんのことかわからない、といった顔で大西が生返事をする。その身体を押しのけるようにして許可も取らずに部屋に押し入る四人。

 

「やはりな」


 リーダーらしき壮年の男が、入るなり言った。彼の視線の先に居たのは、ベッドから降りようとしてスッころんだハリエットだ。既に麻痺は解けているはずだが、慌てすぎたのだろう。

 

「確保!」


 部下らしい女がハリエットに飛びかかり、慣れた手つきで手かせをつける。ハリエットは口汚く女を罵ったが、体術の心得は無いらしくまともな抵抗はできなかった。大西はその様子何も言わずに見ているだけだった。

 

「班長、こっちはどうします?」


 若い男が大西をねめつけながら言った。

 

「うむ……かまわん、ついでに連れていけ。協力者の類かもしれん、裏を取らねばならんだろう」


「はっ。貴様、痛い目を見たくなければ、大人しく我々について来い」


 剣帯からショート・ソードを抜き、凄んでみせる若い男。大西は慣れた様子で両手を差し出した。

 

「どうぞ」


「うん? おっ、おう。物わかりが良くてなにより」


 おびえることもなく、さりとて抵抗するわけでもない不気味な対応に妙な違和感を覚える男だったが、とはいえ大人しく従ってくれるなら文句を言う筋合いはない。剣を収め、腰に下げていた手かせを大西の手にはめる。鉄製の武骨で丈夫なものだ。奇妙な文様が表面に刻まれているのが特徴的だった。

 

「よし、連れていけ」


 こうして大西たちは囚われの身となった。

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