第二幕間三話
翌日。大西たちは、王都近郊での討伐依頼を受けて街の外に出ていた。標的は飛竜だ。どうやら、大きな群れが近くの魔境から飛来しているらしい。
「空を飛ぶ相手に対して、俺たちはどう対処すればいいと思う?」
口元に軽薄な笑みを浮かべながらそんなことを大西たちに向かって問うたのは、昨日殴りかかってきたあのガンダルフとかいう赤毛の大男だった。飛行型妖魔が相手だと言うので、フランキスカがこれの対処法を教えてやれと同行させたのだ。使い込まれたブレストアーマーを纏い、鉄塊のような巨大な大剣を背負った彼は、歴戦の古強者然とした風格がある。
「ジャンプして殴る蹴る、ですかね」
「脳筋かよ」
「正解だ!」
「正解かよ」
大西とガンダルフの会話にいちいち突っ込みをはさみつつ、スフレが仮面の下でげんなりとした表情を浮かべた。彼女はいつもの定位置、つまりは大西の背中に居る。
「だがしかし! いつも敵がジャンプで届く場所にいるわけじゃあない……! そんな時に出番が来るのがコイツだ」
そういってガンダルフは腰のベルトに差していた短い槍のようなものをひっぱり出した。長さは四十センチくらいで、柄も含めて総鉄製。先端は針のように鋭く、返しもついていた。尾部には小ぶりな安定翼もついているので、まるでダーツの矢をそのまま大型化したかのような外見だ。
「ブン投げて使うんだ。当たれば飛竜くらいなら一撃、亜龍が相手でも使い手次第では十分効果がある。俺たちはコイツをハープーンと呼んでる」
「ハープーン、銛……なるほど」
「私も初めて見ました、飛行妖魔は大概弓だとか魔法で対処するものだとばかり」
ヌイが興味深そうにハープーンと呼ばれた器具に目を向ける。武器屋でも目にしたことのない代物だった。この地方はもちろん、ヌイの故郷でもこういった武器は出回っていない。
「ま、そうだろうな。この辺は空を飛ぶ連中は珍しい。だけど俺たちの故郷じゃ、もう嫌ンなるくらい顔を合わせるんだよ。だからこういう武器が発明されたわけだ」
どうやらハープーンとやらはエルトワール人オリジナルの武器らしい。ガンダルフは自慢げに語りながら、背負っていた背負子から何本もハープーンを抜き取って大西とヌイに渡した。
「上手いこと使え」
「ありがとうございます。ところで、飛行妖魔相手には弓ですらなかなか当たらないのですが、コレを上手く命中させるコツとかはあるのでしょうか」
「は? 気合入れて投げれば当たるだろ」
「……」
なんとも不安になる返答だった。ヌイは無言で首を左右に振り、自分の分のハープーンを大西に押し付けた。
「ふむ」
鋭い先端をまじまじと観察してから、視線をオルトリーヴァの方に向ける大西。彼女は昨晩大西によって尻尾が無理なく出せるように改造された戦闘服を身にまとい、肩には真っ黒い大きな斧槍をかついでいた。
彼女も、既に冒険者登録を終えている。もちろん妖魔であることは隠して、だ。幸い、スフレのように姿を偽る必要が無いので、楽なものだ。
「難しいか」
ハープーンはまとめて鞄にベルトで固定した。まだ大西はけがが完治していない。正面戦闘は避けろとスフレとヌイにきつく厳命されていた。鐘堂の経営している治療院とやらにいけば、魔法で手早く直してくれるらしいが……けがは魔法を使うより自然に直すほうが身体には良いらしい。
「しかし、王都周りで飛竜が出るのは本当に珍しいですね」
「あんな僻地でちょっと目撃されたからって、わざわざ王都のギルドで依頼が出されるくらいだからなあ」
スフレが肩をすくめる。結局あの依頼はオルトリーヴァのせいで正直に報告するわけにはいかなくなったため、虚実織り交ぜた適当な報告書を上げる羽目になった。万一バレたら大変なことになる。まして、今はガンダルフという部外者もいる状況だ。下手なことは言えない。
「ま、なんにせよいい妖魔が活発なのはいいことだぜ、お嬢ちゃんたち。冒険者にとっちゃあ、お仕事が増えるってことだからよ」
ま、俺たちからすりゃ厄介なだけだが、とガンダルフは豪快な笑みを見せながら続ける。彼は冒険者などではなく、フランキスカに仕える騎士らしい。妖魔が増えても仕事が多くなるだけで給料には関係しないのだろう。
「そう言う言い方は、あまり感心しませんが」
ヌイはあからさまに渋い表情を浮かべた。妖魔が増えれば当然被害も増える。冒険者や兵士といった戦闘職だけではなく、当然だが一般市民も大迷惑を被ることになるのだ。
「妖魔なんぞやられる前に殺ればいいだけさ」
対するガンダルフは気軽な物言いだ。とても人を守る職業とは思えない。
「そのために俺たちは日ごろから鍛えてんだ」
「そうなんですか」
「そうなんだよ」
こちらもまた極めて能天気な口調の大西に、彼は苦笑した。
「ま、殴り合いじゃ俺はお前に勝てねえが……妖魔退治なら俺の方が上だ。お前が俺たちの仲間になりたいってんなら、ポカされちゃ堪ンねぇ。しっかり教えてやるからしっかり覚えろ」
昨日、奇襲を仕掛けたにもかかわらず完敗を喫したにもかかわらず彼はあくまで尊大な口調だった。もっとも、大西が人間以外には毎度苦戦しているのは事実であるから、文句を言う気はなかった。実際、対妖魔戦に関しては間違いなくプロフェッショナルなのだ。
「ほれ、出てきやがったぞ。手本を見せてやる━━」
遠くの空に黒い点を発見するや、ガンダルフはハープーンを抜きながら獰猛な笑みを浮かべた。
それから、約一時間。背の低い草が生い茂った平原にいくつもの飛竜の死体が落ちていた。尻尾の先から頭頂部まで二メートルほどのおおきさで、手の代わりに大きな皮膜のついた翼をもっている。皮膚は灰色の鱗に覆われていた。ブラック・ドラゴンとは似ても似つかない爬虫類めいた生き物だった。
「大漁大漁。いやー魔法使いが居ると楽でいい」
飛竜の死体からハープーンを引っこ抜きながら、ガンダルフが笑う。墜ちている三十ほどの死体の半分以上は、焼け焦げた跡がついていた。スフレが魔法で叩き落としたのだ。残りはと言うと、八がガンダルフで五が大西。どちらもハープーンで仕留めた。そして最後の二匹がスフレの弓矢だ。オルトリーヴァといえば、一匹も仕留めていない。近接攻撃が届くほど接近される前に片が付いたせいだ。
「そうか、こういう風に戦うのか……」
彼女は自分が戦果を挙げていないのにもかかわらず、特に気落ちした様子もなく死体を見て回っていた。ドラゴンとしての戦い方しか知らない彼女にとって、人間の戦法と言うのはなかなか興味深かった。
「ハープーンか、注意しないと」
そう呟く彼女を尻目に、大西はハープーンの回収に余念がなかった。これほどの遠距離の敵に投擲攻撃を試したのは初めてだが、うまく命中させることができたのは幸いだった。筋力増幅によって強化された腕力と彼の優れた視力があっての戦果だ。
「使い勝手、かなり良いですね。まっすぐ飛んでくれるし」
「ああ。だが、一回使うとどこかしら壊れる。大丈夫そうでも、ちょっと軸がぶれたりしてしっかり飛ばなくなるんだ。修理すればまた使えるようになるが……出先じゃ使い捨てだと思った方がいいぜ」
「飛び武器はデリケートなのが難点ですね、やっぱり」
「そうだな。ま、こいつが欲しくなったり修理したくなったら、俺たちのとこに来い。ハープーンを扱ってンのは王都じゃ俺らだけだろうからな」
ガンダルフは大西からハープーンを受け取りつつ、自慢げに笑う。そして「もちろん、貰うものは貰う」と付け加えるのも忘れなかった。なかなかちゃっかりしている。
こうして、大西の復帰戦はしごくあっさりと終わった。槍を投げていただけだから、まともに戦ってすらいない。それでも報酬はそこそこ多いから、有難い限りだ。




