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第二章十一話

 全身包帯まみれで毛布にくるまっていた大西が、ゆっくりと目を開けた。

 

「知らないて……天幕は天井じゃないのでは?」


 バカなことを言いながら身を起こし、身体を確認する。厚い毛皮のコートを着せられており、その下の素肌は血のにじんだ包帯でグルグル巻きにされていた。

 周囲を見回す。どうやら、個々はテントの中らしい。そこそこの広さがあり、地面には厚手の布が敷かれている。隅には、見覚えのある大きなリュックがあった。

 

「なるほど」


 だいたいの事情を察した大西は、肩をぐるぐると回して調子を見る。動きに違和感があった。左手で身体のあちこちに触れてみる。怪我だらけだ。右手など、当て木が添えられており動かす事すらままならない状況だ。

 

「満身創痍」


 ケロリとした様子でそう言い放った。普段と同じ、穏やかな調子だ。

 

「おや、おやおやおや、やっとお目覚めかい?」


 そこで、テントの中にスフレが入ってきた。いつものマスクはつけておらず、白衣の上から冬用のコートを羽織っている。彼女はゆっくりとした足取りで大西の横へ歩み寄り、しゃがんで彼と目線を合わせた。

 

「状況の説明は必要かな?」


「オルトリーヴァが危篤の僕をラウツ岳まで運んで、スフレとヌイが手当てしてくれた。ここはラウツ岳山頂のキャンプ、こういう認識で間違いない?」


「面白みのない回答だが、概ね正解だ。いろいろ言いたいことはあるが、とりあえず今は生還してくれたことを喜ぼう。おかえり、オオニシ」


 そういってスフレは大西の身体を優しく抱きしめ、ぽんぽんと肩を叩いた。直ぐに体を話、今度は皮肉げに笑う。

 

「いやはや、まったく。キミもなかなか運のない男だ、ボクとしても笑うしかない。嫌な予感はしてたが……少しばかり待て、ちょっと連中を呼んでくる」


 肩をすくめてから、スフレはテントの外へと出ていく。何かしらの話し声が聞こえたあと、一分もしないうちにヌイと人間形態のオルトリーヴァを連れて戻ってきた。

 

「ぶ、無事だったか、良かった。本当によかった。目を覚まさなかったらどうしようかと」


 顔をくしゃくしゃにしながら、オルトリーヴァが小さな声で言った。随分憔悴した様子で、顔色が悪い。

 

「や、おはよう。うまいこと死に損ねたみたいだ」


 極めて爽やかな笑みで答える大西。自分を殺しかけた相手に向けるような表情ではないが、彼もオルトリーヴァをタコ殴りにしているので文句を言えた義理ではない。お互い様だ。

 

「三日も寝込んでいたわりには元気ですね……いや、元気なのは素直にうれしいのですが」


 フードを被って仏頂面をしていたヌイが肩をすくめながら言う。

 

「三日?」


 その言葉に大西は少し驚いた様子で聞き返した。

 

「それはいけない。申し訳ないけど、よければ何か食べさせてもらえないかな。栄養不足は体力を落とすからね」


「はいはい、粥でいいね? ほかの料理なんてボクは作れないよ」


「粥か、それはちょうどいい。助かるよ、ありがとう」


 けろりとした様子の大西に苦笑しながら、スフレがテントの出口に向かう。ヌイが何か言いかけたが、首をゆっくり左右に振って止める。

 

「積もる話もあるだろう、ボクに任せておきなさい。大丈夫だ、粥くらいならちゃんと作ることはできるよ」


「すみません」


 悪戯っぽい笑顔でそう言われてしまうと、ヌイもそれ以上は言えない。外へと消えていくスフレの背中を見送ってからふうと小さく息を吐き、腰を下ろす。そしてオルトリーヴァのほうをじろりと見て、友好的とは言い難い声音でこう言った。

 

「とりあえず、座りましょう。オオニシが目を覚ましたのなら、落ち着いて話も出来るでしょう」


「そうだな」


 こちらは何でもなさそうな様子のオルトリーヴァ。素直に頷き、こちらも座った。

 

「いや、しかし良かった。ここに居てくれて。村の方だったら大事になって手当どころじゃなかっただろうし」


「……スフレが言ったのですよ。最低限の物資は持っているのに、わざわざ荷物を置いて行ったのは自分たちだけで予定地へ向かえということだと」


 複雑そうにヌイが言う。実際のところ、彼女としてはいまだにスフレに対しては半信半疑の気持ちなのだ。その予想が見事当たってこうして大西が帰ってこられたのは喜ばしいが。

 

「なるほどね。あとでお礼を言っておかないと。お礼と言えば、オルトリーヴァ。ありがとう、手早く運んでくれてなければ死んでいた。というか絶対死んだと思ってた」


 生きててビックリだと、大西は笑う。九死に一生を得たばかりだとは思えないような軽い態度だ。

 

「い、いや、オルトリーヴァがやりすぎたせいだ……あんなに簡単に死にかけるなんて」


「ドラゴン形態、かなり強かったから。今の僕じゃ抵抗は無理だねえ」


「すまない……」


 オルトリーヴァは顔を伏せた。その目は明らかにうるんでいた。ぐっと歯を噛みしめ、身体にまとった服ともいえないような粗末な布で顔を拭う。

 

「もし殺してしまっていたら……どうしようかと。生きていてくれて、本当に良かった……」


 その言葉に大西は初めて驚いたようなことを見せ、その後見たこともないような嬉しそうな笑みを浮かべて頷いた。

 

「ありがとう。そう言ってくれるだけで、死にぞこなった甲斐がある」


「いやその発言はおかしい」


 さすがに能天気が過ぎるその発言が腹に据えかねたらしく、ヌイが珍しく唸るような迫力のある声を出した。座った目つきで大西を一瞥した。

 

「幼体とはいえドラゴンを相手にしたのです。無茶をして、とはいいません。最善ないしそれに近い行動をしていなければ、生還はままならなかったでしょう。それは私もわかります。しかし」


 目つきを更に厳しくしながら、ヌイは視線をオルトリーヴァに向けた。彼女は視線の意味がわからないらしく、「なんだ?」と極めて平静な声で返した。ヌイはあえてそれを無視し、言う。

 

「ドラゴンを連れて帰ってくるのはどうかと思います。攫った当人が泣きながら大西を連れてきた時の私の気持ちがわかりますか?」


「ごめん、わからない。あと僕をさらったのは別の方だよ」


「そうだ、下手人はかあ様だぞ。オルトリーヴァではない」


 黙っていれば凛々しい長身の美女であるオルトリーヴァが子供のように頬を膨らませてそう言うものだから、ヌイとしてはそうですかとしか返しようがない。明らかに本題はそこではないのだが、二人はいまいちわかっていないようだ。

 

「ああ、そうだ。オルトリーヴァがここに居るということはご両親は知っている?」


「いや……勝手に飛び出してきて、そのままだ。大西が心配だったし、下手に戻ったらとお様に邪魔されそうだったから」


「そうか」


 どうやら彼女はこのキャンプに大西を連れてきて、そのまま滞在し続けているらしい。

 

「……オオニシ、頼みがある」


「なに?」


 ぐしぐしと顔を何度も擦ってから、オルトリーヴァが言う。そして真正面から聞き返され、若干頬を赤くしながら目を逸らしつつ答えた。

 

「オルトリーヴァをオマエの旅に連れて行ってほしい。オオニシの旅の話を聞いて、オルトリーヴァも旅をしてみたくなった」


「旅は一人旅が楽しいよ。一時的な道連れが居てもいいけど、最終的には一人で始めて、一人で終えるのが一番気楽でいい」


 さらりと答える大西。その前で、ヌイが右手を額に当てて首を左右に振っていた。最初から、この娘が連れていけと要求をしてくるという確信はあったのだ。病人を届けました、峠は越えました、良かったねで帰ってくれるようなタイプには見えないのだ。

 

「違う……オルトリーヴァは大西と旅をしたい。一人ではなくて」


「なるほど。ヌイはどう思う?」


「どう思うと言われましても」


 それは反対に決まっている。心情的にも、好きな相手をズタボロにしたヤツと同行するなんて勘弁願いたいし、そもそも人のカタチをしているとはいえドラゴンと旅をするなどと言うのは当然に恐怖を覚える。

 とはいえ、相手はドラゴンだ。否と真正面から反対して、気分を損ねて大暴れでもされれば大ごとだ。大怪我をしている大西は抵抗するどころではないし、自分もドラゴン相手にまともに戦うだけの力量は無い。人間形態でも、ドラゴン形態でもだ。頼りになるのはスフレの火力だけだが、彼女が近接戦闘にめっぽう弱いのは周知の事実だ。それにスフレは妖魔、まさかとは思うが、このドラゴンの味方をする可能性もないわけではない……。

 

「割と困る質問ですよね、それ」


「そっか」


 問題がわかっているのかいないのかいまいちよくわからない顔で、大西は頷いた。

 

「僕としては、気になる点がいくつかある。一つはきみの父親、母親だ。追いかけてきて、チカラづくで奪還されたら僕たちはまとめて消し飛ぶ羽目になる。それはまあ、避けたいよね」


「当然」


 ちらりと視線を向けられたヌイが肯定した。オルトリーヴァよりデカくて強い両親がこの付近にいると言うのは、彼女も大西が帰還した後スフレから説明を受けていたので理解している。あれだけ巨大なオルトリーヴァがまだドラゴンとしては子供だというのはいまいち実感できていないのだが。


「それは、おそらく大丈夫だ。もしその気なら、とっくにやっているだろう。ちょっと恥ずかしい話だが、かあ様やとお様と丸一日以上離れたのは今回が初めてだ……」


「逆に言うと、初日あたりは襲撃を食らうリスクがあったと」


 げんなりした口調でヌイが吐き捨てる。無論警戒をしていなかったわけではないが、ドラゴンの強さと言うのは今回の件で身に染みて理解した。どう戦ったところで、今のパーティーでは勝ち目がないだろう。

 

「かあ様は放任だし、とお様はなんだかんだ話せばわかってくれる……だいじょうぶだ」


「大丈夫かなあ」


 ドラゴンに話が通じるのかと半目になるヌイ。オルトリーヴァはなかなかに素直なので、龍というのは決して暴れる以外のことをしない化物と言うわけではないのはここ数日で理解しているものの、あの恐ろしい襲撃は今でも彼女の脳裏に焼き付いている。

 

「まあとりあえず、この件は大丈夫ということにして話を進めましょう。考えても仕方がないので」


「そうだね」


 正面からついてくるなと言いづらい都合上、できればお前といると危ないからついてくるなと言う線で攻めたいところなのだが、どうもオルトリーヴァが素直すぎるせいで強くは出られないヌイだった。彼女はこういったタイプに弱かった。

 

「えー、もう一つ問題がある。どうやらヒトの世界では妖魔は嫌われるらしい。僕についてくると言うのは当然ヒトの側にやってくるということだから、そのことで何か嫌な思いをするかもしれない」


 そこまで言って、大西はふと何かに気付いた様子でヌイを見た。

 

「そういえばスフレが素顔だったんだけど、あれどうしたの」


「どうしたもこうしたもありませんよ。色々あったんですいろいろ。とりあえずいくらダークエルフとはいえ協力してくれるなら味方です。正直あまりいい気分ではないですが、四の五の言える状況ではなかったので」


「なるほど」


 なにやら合ったらしい。細かいことは詮索せずに、大西は納得して見せた。

 

「でもまあこういう柔軟な人もいるので、案外何とかなるかもしれない」


「ヒトにもいろいろ居るというのは、わかっている。だが、どうでもいい相手がオルトリーヴァを嫌おうが、それは気にならない。邪魔をするなら潰せばいいだけだ」


「そうだね」


「そうだね、じゃないですが」


 あまり同意してほしくない発言にいとも簡単に頷いて見せた大西にヌイは反射的に突っ込み、そして小さくため息をついた。

 

「……とはいえ、そのあたりは大丈夫だと思います。ドラゴンが人間に変身できるなんて普通思いませんから。姿かたちは少々珍しいですが」


 ヌイは視線をオルトリーヴァの頭の角に向け、そしてそのまま尻尾の方へと動かした。

 

龍人族(ドラゴニアン)と呼ばれる種族の方々が、あなたと同じ特徴を備えていると聞きます。ですから、種族を偽っておけばそうそう疑われたりはしないでしょう、多分」


「なら大丈夫じゃないか。オオニシ、オルトリーヴァを連れて行ってくれ。頼む」


「僕個人の意見は、リスクは少ないみたいだから歓迎したいところだ。でも同僚の意見を無視するわけにはいかない。どうだろう?」


「ううーん」


 唸るヌイ。彼女自身、どうするべきか決めかねていた。簡単には返答できない内容だ。


「おおい、オオニシ。ちょっと来てくれ。その怪我なら歩けないわけじゃないだろう」


 と、そこでテントの外からスフレが声をかけてきた。大西は全身の調子を確かめながらゆっくりと立ち上がり、首を動かす。

 

「わかった、今いくよ。……丁度いい。とりまえず、二人で話し合ってみたら?」


「……わかりました」


 ヌイは不承不承、頷いた。


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