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六〇四エラー

 システィーナと共に蒼い蜘蛛を探すにまず俺自身が十傑にならなければいけない。そのためには十傑の序列四位マサムネを倒さなければいけなかった。

「さっさと倒しに行くぞ」

 とはシスティーナの弁であるが、無策に決闘を挑む気はない。彼の情報を収集する。

「なんだ、リヒトは意外に慎重派だな」

『おまえが脳筋すぎるんだよ』

 聖剣のティルはそう評すがコメントは差し控える。

「マサムネは序列四位、十傑でも三本の指に入る東方の血を引く剣士だ」

「そこまでは情報を得ている。抜刀術が得意だそうだな」

「ああ、神速にして飛燕の抜刀術を放つ。ぶっちゃけ、抜刀術だけならばリヒトよりも上かもな」

「手合わせしたことがあるのか?」

「ある。序列を掛け、決闘を挑み、見事に負けた」

「やはり強いのか」

「ああ、とてつもなくな。しかも一刀で負けた」

「お前が一刀のもとに負けたのか?」

「自分でも信じられない。しかし、手も足も出なかったわけじゃないんだ。いい一撃を何度も当てた末に抜刀術を決められた」

「ふむ……」

「やつが最後に放った一撃、あれは圧倒的すぎた。避けることも防御することも敵わない」

「そんなに強力なのか」

「ああ、防御魔法陣あんぜんそうち付きの決闘でなければ、胴を真っ二つにされていたよ」

「さすがに決闘は防御魔法陣付きか」

 そのようなやりとりをしていると、決闘広場の奥から声が響き渡る。野太く力強い声だ。

「俺も安全装置など不要だと思っているが、学院側が煩くてな」

 序列四位のマサムネだ。彼はすでに到着していたようだ。

「遅いではないか。異世界の宮本武蔵の真似でもしたのかな」

「すまない。そんな上等な策ではなく、途中、跳ね返り娘にエンカウントしてしまっただけさ」

 がるる、と牙を剥くシスティーナ。跳ねっ返りが気に入らないようだ。

「バルムンクの娘が立会人か」

「ああ、妹は黙って俺の戦いを見られないからな」

「賢明な判断だ」

「さあて、さっそく決闘と行きたいが、勝敗はどう決める?」

「先に意識が絶たれたほうの負けだ」

「分かりやすくていいが、東洋人の血を引くならば『剣道』方式で決めないか?」

「駄目だ」

 間髪入れずに拒否する。

「おれの剣術と剣道は相性が悪くてな」

「なるほど、おおよそ、おまえの剣の秘密が分かったよ」

「ほう、当ててみよ」

「おまえは『吸収カウンター』型だろう」

「…………」

 沈黙するマサムネ、ただ己の技を隠す気はないようだ。

「これだけの会話で察したか」

「ああ、それとシスティーナの話を総合した」

 どういうことだ? という顔をしたのはシスティーナだった。

「おまえが言ったのだろう。打撃は何度か加えられたが、結局、一太刀で負けたって」

「言った」

「マサムネはあらゆる打撃の攻撃力を吸収して、それを溜め込み、最後に何倍返しにもする秘剣を使うんだよ」

「な、なんだって!?」

 驚くシスティーナ。

「…………」

 悠然と構えるマサムネ。この後に及んでは隠す気は一切ないようだ。

「そうだ。俺の秘剣『燕返し』は相手から受けたダメージを何倍にもして返す最強のカウンターだ」

「当てただけで勝負が決まる剣道方式を嫌がったってことは、ダメージによって意識を絶たれない限り、いくらでも攻撃力を上げる技なのだろう」

「さすがだ。補足するところがひとつもない」

 ただ、と続ける。

「秘剣の全容を見極めるイコール秘剣に打ち勝てる、ではないが」

 不適に言い放つと、腰から脇差しを抜き放つ。五郎入道政宗は『燕返し』用に温存するようだ。というか燕返し専用の決戦兵器なのだろう。この勝負、その決戦兵器を使わせるか、使わせないか、あるいは使わせた上で相手を上回るかしなければ、勝利は掴めない。

「……面白い」

 同じくらい不敵に微笑みながら、右手でティルフィングを抜き放ち、左手にグラムを抜く。

『えっきゅん(エッケザックスのこと)は使わないんだ?』

 とはティルの疑問であるが、対人戦では小回りの利くティルとグラムを使いたかった。

『さすリヒだね。分かってるじゃん』 

 ティルははしゃぐと神気を発生させることで俺のやる気に応えてくれる。

 こうして俺と序列四位マサムネとの戦いが始まる。

 剣を交えることによって相手の性格を察し、蒼い蜘蛛であるかどうか調べる。それが俺の基本戦略であるが、マサムネの放つ圧倒的強者感は俺をわくわくとさせた。

「剣士というものは度し難いな」

 剣士のサガに呆れながら、俺の十字斬が炸裂し、マサムネがそれを脇差しで受け止めた。

 一瞬、魔力の火花が飛び散るが、それらはすべて五郎入道に向かっていく。身体への直接ダメージだけではなく、防御した分のエネルギーも五郎入道に向かうようだ。

「まったく、チートだな」

「おまえの一撃も十分、チートだよ。脇差しが吹き飛びそうだった」

 と笑みを漏らす。強さを求めるふたりの剣、俺はこの時点でマサムネが青い蜘蛛ではないと察した。このものは下等生(レッサー)を見下す差別主義者であるが、卑劣な毒を使う卑怯者ではないと悟ったのだ。毒使いの剣はもっと陰湿で糸を引いている。そのような結論に至ったが、だからといって勝負を放り出す気はないが。

 目下の目的を果たすには十傑になる必要があったし、この勝負に手を抜けばこの男に一生侮蔑されると思ったのだ。

 自分よりも弱い男に軽蔑されようが、痛痒も感じなかったが、彼のように優れた剣士に軽蔑されるのは耐えられなかった。

 だから本気を出し、マサムネを倒す! 

 そう誓った俺は出し惜しみすることなく、剣撃を加えていった。


 三〇分後。


 九〇近い斬撃と突きを払い、そのことごとく二本の脇差によって防御ガードされた。マサムネの剣術の真価はその飛燕のような素早さではなく、未来を予測するかのような防御力、あらゆる軌道を読む予測力にあると言ってよかった。

 十傑序列四位は伊達ではない。今まで戦ってきた学院生誰よりも手強い。

 ただ、防御力は凄まじいが、攻撃力はほぼない。俺の攻撃を受けながら時折反撃を加えてくるが、システィーナのような力強さも、エンラッハのような苛烈さも、ヴィンセントのような強烈さもなかった。

 防御に特化し、すべての攻撃を受けることによって、五郎入道正宗に反撃の力を送り込む作戦のようだ。

(手の内を暴かれても動じないのには理由があった、ということか)

 あとで何倍もの一撃が返ってくると分かっているこちらとしては戦術が限られる。敵にカウンターの抜刀術を喰らう前に勝負を終わらせる、それしか方法はないといっても過言ではないが、その目論見はことごとく失敗した。

 先ほどから何度も魔法剣を放ったり、神気を帯びた一撃を放っているが、そのどれもがガードされた。脇差によって防御され、いなされ、かわされる。そのたびに五郎入道正宗が鈍く光る。

 ぼわんぼわんと光を放つ。光を放つ感覚が短くなっていることから、もう時期破壊エネルギーが溜まりきることは明白だったが、残念ながら無為無策にそれを見守ることしかできなった。

 俺はすでにマサムネの防御を崩すのを諦めたのである。

 そのことを察した右の剣が不平を述べる。

『ヘイヘイ! 最強不敗の神剣使い! 君の長所は最後まで諦めないこと。どんなときも小細工を弄することだろう。こんなに早く諦めてどうするの』

「人の心を覗き込むな」

『イヤですー。ワタシと君は一心同体なんだから。ワタシたちは朋友ぽんようううん、比翼の夫婦だ』

「そりゃどうも。しかし、友達ならばもっと本質を理解してほしいな」

『どいうこと?』

 ほへ? っと首を傾げるティルにグラムは言い放つ。

『主は敵の防御を突き崩すのを諦めただけだ。同じ土俵で勝負するんだよ』

『どういうことだってばヨ!』

 少々残念な脳みそを持っているティルには直接いったほうがいいようだ。俺は彼女を抜刀することで説明する。

『フガフガー!』

 と鞘の中から文句を言うが、さすがのティルもすぐに気がついたようだ。

『あ、分かった。バルムンクを追い詰めた抜刀術を使う気だね』

『正解だ。聖魔二段式流水階段斬り(ホーリー・デーモン・カスケード)を使う』

『あのバルムンクですらギャフンといった技。これでムネマサも一巻の終わりだ』

『…………』

 ティルは調子づくが、グラムは呼応しない。

 そのように単純なものではないと知っているのだろう。

 確かに俺の必殺技聖魔二段式流水階段斬り(ホーリー・デーモン・カスケード・スラッシュ)は強い。あのバルムンクを一瞬とはいえ上回る速度と威力を秘めている強力な技だ。しかし、序列四位のマサムネは抜刀術に特化した剣士、通常の攻撃を諦め、防御に特化し、止めの一撃に特化した戦士。そのような戦士が放つ抜刀術。俺の抜刀術よりも早い可能性が多々あった。

 ただ可能性があったからといって今さら中止はできないが。やつの剣には俺の魔力がたっぷり溜まっており、いつでも放てる状態であった。今、抜刀術勝負に持ち込まなければ、こちらの方がやられてしまう。そう思ったからこそ相手の土俵で勝負を決めることにしたのだが、この賭けは成功するだろか。

 そのように思いながら聖魔二段式流水階段斬り(ホーリー・デーモン・カスケード・スラッシュ)を放つ。

 聖魔二段式流水階段斬り(ホーリー・デーモン・カスケード・スラッシュ)は二段構えの抜刀術。一刀目は囮の抜刀術で、二刀目を放つための伏線。一刀目の遠心力を応用した高等テクニックであったが、バルムンクには通用しなかった。俺よりも遥かに経験に勝る熟年の剣士はすべてを見通していたからだ。

 しかしこの剣士はどうだろうか。マサムネの名を冠した東洋の戦士、防御剣術に特化したこの少年は聖魔二段式流水階段斬り(ホーリー・デーモン・カスケード・スラッシュ)の仕掛けに気がつくだろうか。——もしも気がついているのならば、一段目に合わせて抜刀術を繰り出してくるはずであった。スピードが最高潮になった二段目の一撃を繰り出す前に決着をつけるのが、常套手段であるが……。

 そのような考察を述べながら一段目を放つが、やつは——

 黒髪の剣士は一段目を防御した。

(やつは聖魔二段式流水階段斬り(ホーリー・デーモン・カスケード・スラッシュ)の真髄に気がついていない……!!)

 そのように確信したが、違った。

 マサムネは一段目の攻撃を受けたとき、にやりと口元を歪ませた。

(……やはりな)

 気がついた上でわざと一段目を防御したのだ。さすればその一撃の威力を吸収できるから。二撃目発動を確認した上で、そこからでも抜刀術で上回ることができると確信しているのだ。

(……抜刀術に関してはバルムンク侯以上ということか)

 そのように悟った俺は諦観したかのように二撃目を放つ——ことはなかった。そのような逃げ腰の一撃が達人に通じるわけがないのだ。二撃目は必ず入れる! そのような気合のもと、左腰にある魔剣グラムを抜き放つ。


「はぁぁあああ!!」


 裂帛の気迫であり、命を掛けた一撃であるが、魂を燃やし尽くすような一撃でも相手の速度を超えなければ意味はない。やつは俺よりも早い動作で抜刀術を加えてくる。今まで散々吸収した俺の攻撃力を添加した『飛燕返し』を発してきたのだ。

 燕のような軌道で俺の喉元を狙う一撃、もしも防御魔法陣のない戦いならば致命傷の一撃だ。いや、防御魔法陣の上からでも首を跳ね飛ばしそうな一撃、それを俺は避ける。

 ほんの一瞬、刹那のタイミングで交わしたのだ。その瞬間、マサムネの余裕は崩れ去るが、これでもまだ勝負は付かない。飛燕の抜刀術は外れたが、二撃目があるのは向こうも同じだった。

 斜め下から放たれた一撃は飛燕のような軌道を見せ、直角に曲がる。正確に俺の首に追尾してきたのだ。

 通常ならばこれでジエンドであるが、俺の神経は昂っていた。強敵の一撃、命のやり取りが俺の生存本能に火を付けていた。気がつけばグラムを手放し、両手にエッケザックスを抱えていた。

「ば、馬鹿な、三段目があるというのか……」

 絶句するマサムネ。まさかいきなり大剣が現れるとは思っていなかった彼は虚を突かれたようだ。

 そして古代から虚を突かれた戦士は脆いものであった。

 飛燕のような二撃目、それよりもコンマ数秒早く、やつの身体に大剣が触れる——ことはなかった。

 俺はやつの五郎入道正宗をへし折ったが、やつの身体には指一本触れなかったのだ。

 負けを悟っていたマサムネは声を荒げる。

「なぜだ! なぜ剣を止める! そのまま振り下ろせばおまえの勝ちだろうが!」

 情けを懸けられた、そう思ったマサムネは激昂するが、俺は言葉によって答える代わりに、防御魔法陣発生装置のもとに歩く。

 そして発生装置に手を添え、魔力を送り込むと、空中に文字が投影される。


 六〇四エラー


「六〇四エラーだと……?」

「意味はわかるようだな」

「……ああ」

「六〇四エラーとは原因不明のエラー。今、もしも攻撃していれば防御魔法陣は発動しなかった。真っ二つになっていたよ」

「……っく」

「俺は殺人者になるつもりはない。この勝負、俺の勝ちでいいか?」

「……分かっている。俺は敗者だが、卑怯者ではない。負けは認める」

 マサムネはうなだれるように決闘広場をあとにするが、彼がいなくなったあと、システィーナが近づいてくる。

「よく決闘中に故障に気がついたな」

「周りにあるものすべてを利用せよ。ローニン流剣術の心得だ」

「常に周りを観察しているということか」

「そういうことだ」

「へえ、すごいな。その剣術。しかし、この絶妙なタイミングで故障するなんて」

 いぶかしむシスティーナ。脳筋娘と評判の彼女であるが、直感は鋭いようである。

「いいところに気がついたな。先ほど魔力を送り込んだときに逆アセンブルしてみた」

「ぎゃくあせんぶる?」

 それは美味しいのか? という顔をするが、食べ物ではない、と説明する。

「アセンブルは組み立てる、という意味だ。つまり逆アセンブルは解体する、という意味だな」

「ふむふむ」

 それでもよく分かっていないようだかから、バラバラにして解析したと説明する。

「そのときにエラーの原因を探ってみたが、明らかに人為的なものだった」

「つまり誰かが壊れるように細工したってことか。それは由々しき事態だな。一歩間違えば死人が出ていた」

「ああ」

「しかし、そこまでして命を狙われるとは、リヒトも嫌われたものだな」

 ははっ、と笑うが、釣られて笑うことはなかった。

 自分の生き死にを笑う気になれなかった――わけではない。

 子供の頃から命を狙われてきた俺、命のやり取りなど日常茶飯事だった。俺が笑わなかったのはシスティーナの抱いた感想とは〝真逆〟の推理をしたからだ。

「…………」

 しばし考察するが、いつまでも決闘広場に突っ立ているわけにはいかなかった。決闘には連れてこなかったエレンとマリーだが、心配していることには変わりない。

 いや、ふたりのことだから俺の勝利を信じて疑わず、祝勝会の準備を始めているかもしれない。

 というわけでシスティーナを祝勝会に誘う。

 システィーナは、

「馴れ合う気はない」

 ふん、と顔を背けるが、マリーがロースト・ビーフ作りの名手である旨を伝えると、ぱあっと顔を輝かせる。

「グレイビー・ソースか? グレイビーなのか?」

 大型犬のような人懐こさで寄ってくる。

 マリーはグレイビー・ソース作りの名手でもあるので、きっと彼女の舌を満足させることであろう。


 エレンもマリーも俺の十傑入りを祝ってくれたが、彼女たち以上に喜んでくれたのは下等生(レッサー)たちであった。

 特待生(エルダー)しかなれないはずの十傑の下等生(レッサー)がなったのだ。日頃、自尊心を傷つけられ、抑圧されている下等生(レッサー)たちにとって俺の十傑入りは〝福音〟だったようだ。下等生(レッサー)のみで構成された学院新聞で号外が出される。


「最強不敗の下等生(レッサー)、十傑になる!!」


 その号外は学院の下等生(レッサー)ほぼ全員が手にし、驚喜した。

「俺たちのリヒト!」

下等生(レッサー)の誇り!」

「学院生の希望の星」

 あらゆる賛辞が送られたが、素朴な彼らの声援は俺に力を与えてくれるような気がした。

 

 こうして俺の十傑選定試験は終わった。

 何人にも文句をつけさせない好成績で選定試験を合格することに成功する。

 王立学院の歴史は塗り替えられていくのだが後世の評価など俺にはどうでもいいことであった。

 早く十傑の全員と面通しをし、蒼い蜘蛛の正体を探るのが、俺の望みだからだ。

 十傑のうち、七人と出逢い、六人 と剣を交えた。

 剣を交えた感触ではその中に犯人はいないようだ。

 となると残る容疑者は三人、

 序列二位のフォルケウス、序列三位のアレフト、

 そして序列一位のアーマフ。

 最後の人物は謎に包まれており、誰ひとり会ったものはいない。

 現時点ではアーマフなる人物が怪しいが、予断は許されない。すべての人物を怪しみつつ、迅速かつ的確に犯人を探し出さねばいけなかった。



 そのように喜ぶ俺たちを観察するのは法衣を着た少年だった。

 彼は興味深げにリヒトと戦いを見守っていたが、マサムネの神剣が折れた瞬間、にやりと口元を歪ませた。

「これで三傑の均衡が崩れる。一番相性が悪いマサムネは無力化された。フォルケウスは突然の事態で混乱しているはず」

 事は成就した。

 我が計画は完成せり。

 禁断エウレカの知識に一歩近づいた法衣の少年は、心の底からリヒトの十傑入りを歓迎した。

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