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同盟

 王立学院特待生(エルダー)十傑は馴れ合いの互助会ではない。

 生徒会と揶揄されることもあるが、それも表向きで、真の目的は上位のものにしか知らされていなかった。

 十傑の真の目的を知るものは、序列四位のマサムネ、序列三位のアレフト、序列二位のフォルケウス、――そして一位のアーマフだけであるが、真実を知るもののひとり、マサムネは最近、違和感を覚えていた。

「……アレフトの動きがおかしいな」

 アーマフを頂点とした十傑であるが、実質的に指導的な役割を果たしているのはマサムネとアレフトとフォルケウスだった。

 前回の十傑会議のとき、リヒト・アイスヒルクを十傑にしようという議題が上がった。マサムネを初め、多くのものが反対をしたが、上位者であるフォルケウスとアレフトが賛成に回ったため、「本人にその意思があれば認める」という妥協案を飲んだのだ。

 十傑であることに誇りを持つマサムネにとってその提案は信じられぬものであった。ゆえに序列五位のヴィンセントが喧嘩を売りに行くことを知っていながら止めなかったのだ。

「……まったく、ヴィンセントも存外使えない男だ。やはり十傑は上位と下位で別物だな」

 十傑という組織には一位から十位まで明確な序列がある。

 建前上は全員が「同志」ということになっているが、序列が高いものが低いものを指導するということになっている。

 特に序列四位以上は別格と評されることが多い。

 五位以下とは明らかな実力差があり、さらにいえば最上位のものにしか十傑の真の目的は知らされていないのだ。

 マサムネは中等部のときに十傑一〇位となり、順調に序列を駆けがり、四位となった。以来、アレフトとフィルケウスと切磋琢磨し、序列二位から四位を行き来している。互いに実力が伯仲し、なかなか順位が定まらないのだ。

 武家の家に生まれた身としては不甲斐ないが、アレフトもフォルケウスも戦士として尊敬できる人物なので不服はない。それにここ数年、四位の座は死守し、十傑の「秘密」を三人で独占していることも誇りに思っていた。

「我々こそが人類の救世主となり、子孫に恩人と感謝されるべきなのだ」

 マサムネはそのように断言する。

 選ばれた〝人類〟であることを誇りに思うマサムネ、自分は優良種であり、超越者だと信じて疑っていない。ゆえにその輪に入ろうとする異分子は不快であった。

「ヴィンセントは許そう。やつは特待生(エルダー)であり、誇り高き戦士の家柄。新参の氷炎姉弟も未熟であるが、生まれは悪くない」

 問題なのは薄汚い野ねずみと、あの不快な男の娘である。

 薄汚い野ねずみとはフォンの称号もない落とし子リヒト・アイスヒルク。やつはこともあろうに下等生(レッサー)の身分でありながら、十傑になろうとしている。

 もうひとりはシスティーナ・バルムンク。やつは十傑とは〝対極〟の思想を持つ男の娘だった。おそらく、いや、確実にランセル・フォン・バルムンクの手駒として十傑になり、内情を探っているのだろう。

 今はまだ六位ゆえ、十傑の真理には触れさせていないが、やつが十傑上位に食い込めば十傑創設時より語り継がれている機密文書にアクセスする権利が与えられる。そうなれば敵に手の内を知られるようなものであった。

「……まったく、内憂外患とはこのことだ」

 十傑の本流であり、選ばれしものであるマサムネとしては、内憂であるシスティーナの伸長を防ぎつつ、外憂であるリヒトの十傑を防ぐという目的があった。

 そのためには体の試験を担当するのは願ったり叶ったりであるが、リヒトがなぜ、自分を指定したのか、不明であった。

 マサムネはアリアローゼが刺客に襲われた事実を知らないのである。

「……まあ、おれも舐められたものよ」

 自嘲気味に笑うが、怒りの成分も多分に含まれる。

「どんな事情があるか知らないが、好都合だ。決闘中の事故は責任を問われない」

 命まで取ろうとはいわないが、二度と剣を持てない身体にしてやるつもりだった。二度と十傑になろうと思わないようにしてやるのだ。不快な下等生(レッサー)など視界に収めるのも躊躇われた。

 マサムネは腰の五郎入道正宗に手を掛けると、

 

 シュバ、


 と抜刀術を放つ。

 その迷いのない一撃は見事にテーブルを切り裂き、その上に置かれたシスティーナとリヒトの写真を切断した。

「フォルケウスやアレフトの考えは分からぬが、やつらの思い通りにはさせぬ」

 俺が選ばれしものの中の選ばれしものだ。

 そのように纏めると正宗を納刀し、決闘広場へと向かった。 


 決闘広場に向かう途中、俺は悪寒を覚えた。己の写真が切断されたことなど知るよしもないから、因果関係はないはずであるし、実際になかった。

 リヒトが危機感を覚えたのは、赤い髪を持つ大剣使いが攻撃を加えてきたからだ。

「リヒト・アイスヒルク! いざ尋常に!」

 そのような口上を述べながら、己の身体ごと大剣をくるくると回転させながら突撃してくる少女、見知った顔だ。何度も決闘を申し込まれ、そのたびに撃退している娘。先日の剣爛武闘祭の準決勝で剣を交えた少女。宿敵であるランセル・フォン・バルムンクの落とし子にして十傑序列六位の少女だった。

 彼女の強烈無比な一撃をかわすと、後方にあった岩が粉々に砕け散る。

「人間削岩機だな」

 ありのままの感想を述べるとシスティーナは返答した。

「文学的な感受性ゼロのコメントだな」

「あいにくとロマンチストではないのでな。――というか、俺はこれから決闘を控えている。おまえと遊んでいる暇はない」

「これは遊びではない。ふたつの意味がある」

「手荒い言語だな」

 皮肉を言うが、システィーナは気にせず、

「ひとつ、『体』の試験、なぜ、あたしを選ばなかった」

「諸事情があってな。手合わせしたことがない相手と戦いたかった」

「絶対、勝てる勝負に興味がないだけだろ!」

「…………」

 沈黙したのは理由の一端ではあったからだ。仮にもしも姫様の命が掛かっていなくても、俺が彼女を指名した可能性は低いだろう。もう何十回も剣を交えているからだ。

「アリアローゼ様の命が掛かっているとはいえ、許せん!」

 と大剣を横薙ぎにしてくる。

 それを颯爽とかわすと返答をする。

「なんだ、事情は知っているのか」

 アリア暗殺未遂という大罪は隠し通せるものではないので、王室には報告済みであった。バルムンク暗殺を教唆されていることは内密にしてあるが、諜報網に優れたバルムンク本人はすべてを見透かしているようだ。

「先ほど父上からすべて聞いた。アリアローゼ様の命が危険にさらされていると。王室の守護者として、リヒトに協力せよ、という命令も賜った」

「それがふたつ目の理由か」

「そうだ」

「アリアローゼを害そうとしたり、俺と決闘したり、娘を協力させたり、手のひらをくるくると変える男だな。おまえの父親は」

「父上を愚弄するな!」

 脳天唐竹割りの大剣が飛んでくるが、それも颯爽とかわす。

「言葉と行動が真逆なのは、若年性痴呆症と判断してもいいかな」

「違う! 父上の命令は絶対だ! しかし、おまえの選択が許せないだけだ。なぜ、あたしを決闘相手に選ばなかった! なぜ、父上はおまえばかり気にする!」

「…………」

 父親に並々ならぬ劣等感を持っているシスティーナ、後者の気持ちが胸をかきむしっているのだろう。その気持ちは痛いほど分かるが、こんなところで体力を消耗しているときではない。

「要約すれば姫様毒殺未遂犯捕縛に協力してくれるということか?」

「ああ、そうだ」

「バルムンクになんの利益がある?」

「知らぬ!」

 単細胞で猪突猛進のシスティーナ、高度な政治的な判断を読むことはできないのだろう。ただ、察するにバルムンクとしてもなにかしらの事情があるようだ。なにやら十傑は上位と下位で実力はもちろん、権限も大幅に違うようだし、意図があってこの娘も十傑に所属しているように見える。

「まあ、いい。手伝ってくれるというのならば拒否する気はない」

 俺との決闘によって姫様に隙が生じた。そのことを悪いと思っているのかもしれないし、あるいはこれを機会に和睦をしたいのかもしれない。いや、十傑とバルムンクは相容れぬ思想を持っていて、これを機会になにかをしようとしているのかもしれない。

(……食えないおっさんだからな)

 自分ことは棚に上げてバルムンク侯をそのように評すと、彼との間接的な同盟に合意をした。

 元々、俺はバルムンクを暗殺する気などないのである。

 大剣を振り回すことを止めた娘に手を差し出す。

 システィーナはそれを切り落とすこともできたが、そのようなことはしない。「むむぅ」と唸った上で 大剣を背中に装着し、手を差し出してきた。

「父上が命じられたから手を握るのだからな」

 勘違いしないでよね! と続きそうな態度であったが、握りしめた手のひらは力強かった。他人と組むことなど初めてのことであるし、俺と共に十傑を調査することに好奇心を抱いているようだ。

「それではいざ、犯人探し!」

 と指をさす様は少し可愛かった。

下記からポイントくれると嬉しいですミ,,・∀・彡b

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