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逆鱗

 エンラッハに仲介を頼み、十傑選定試験を受けさせてもらう。

 マリーいわく、向こうから誘ってきたのになんで選定なの? とのことだが、それに対して序列三位のアレフトはこう説明する。

「十傑の伝統なんだ。そもそも君は十傑の伝統に反して歴史上、唯一、下等生(レッサー)として試験を受けるんだからそれくらい受容してくれ」

 すでに特別な計らいをしている、と恩を着せてもらっているわけだが、ここでごねて選定試験を受ける資格を喪失するのも困るので、甘んじて選定試験を受ける。

「そうでなくては」

 アレフトはにやりと糸目を細めると、選定試験の内容について話した。

「選定試験の内容は妹さんに聞いているかな」

「いや」

「妹さんは賢明だ。試験内容は他言しない。十傑の制約にある」

「まるで秘密結社だな」

「…………」

 その言葉にアレフトの糸目が僅かに反応したような気がした。核心を突いた言葉なのかもしれないが、今はそれについて追求するときではない。

 そんな俺の心を察したのかは分からないが、アレフトは勿体ぶることなく十傑選定試験の内容について語り出した。

 


 アリアローゼの館、穏やかな寝息を立てる聖なる少女の横、メイドさんは「ううむ」と唸った。俺が十傑選定試験の内容を伝えたからだ。

「さすが、学院上位一〇人が集うだけあって、一筋縄にはいかないわね」

 メイド服に皺ができるほど腕を組みながら難儀しているが、当の本人である俺は呑気に紅茶を飲んでいた。マリーはそれを咎める。

「こりゃ、そこの最強不敗、なに余裕かましてんのよ」

 どこからか取り出したお玉で俺の頭を叩こうとするが、颯爽とかわすとさらなる余裕を見せる。

「なあに、そんな難しい試験じゃないさ」

「いや、さすがに舐めすぎでしょ。心技体、すべてにおいて上位であることを示さなきゃいけないんだから」

 そういうとマリーは先ほどアレフトに貰った試験内容の書かれたパンフレットを取り出す。

「まずは心の試験、十傑たるもの勇者よりも勇敢で、雄牛よりも勇猛でなければならない。それを示すため、エヴィの山に登り、火竜の逆鱗に触れよ、と書いてある」

「ならばそのまま実行すればいいじゃないか」

「あのね、あんた。エヴィの山を知らないの?」

「王都近郊にある深山幽谷の禿山。標高二二三〇メートル。最初に踏破した冒険者はエリクス・フォン・ガーデン男爵。王都近郊にあるにもかかわず、登頂を果たせずにいたのは、山頂に凶暴な火竜が住んでいるから」

「辞書丸暗記してるのかよ! ってくらい詳しいじゃない」

「とある事情でテストで一〇〇点を取らないといけないのでね」

「ならば知ってるでしょ。エヴィ山の上に住む災厄の竜を」

「知っている。災厄竜エビル・マガトだろう」

「教科書にも出てくるドラゴンよ。やばいったらやばいのよ」

 マリーの語彙が幼稚なので補足するが、エビル・マガトは歴史書にも記載されるような古竜で、歴代のラトクルス国王が討伐を試み、誰ひとり成功しなかったという戦歴を誇っている。

 ちなみに五代目の王のときにエビル・マガトに挑む愚かしさを悟り。以後、討伐軍は組織されていない。

 災厄竜などという呼称があるが、人類に災厄をもたらしたことはないのだ。エヴィの山周辺から出ることはないし、街を襲ったという記録は残されていない。

 〝別名、心優しき巨大蜥蜴〟の二つ名を持つ古の竜で、その圧倒的なまでの力が災厄に例えられているだけに過ぎない。

 もっとも過去に記録がないだけで、有史以前の素行は分からないし、明日の行動も不明であるが。今、この瞬間、人類に災厄をもたらず可能性はゼロではなかった。

 そんな竜を度胸試しに使うというのだから剛気なものである。

 そのような感想を口にすると、俺は旅の準備を始める。

危険リスクを弄ぶのは趣味じゃないが、やれと言われればやるまで」

災厄の竜相手に気を引き締めながら荷物の取捨選択を始めるが、それを手伝ってくれる妹は呑気だった。

「おやつは三〇〇円までだけど、フルーツはノーカウントだから、フルーツの盛り合わせを持っていきましょう。それと兄上に見られる可能性が高いから、下着は新しいのにしないとね」

「…………」

 荷造りくらい自分の部屋でやってほしいが、彼女の行動を要約すると、自分も付いていきたい、ということだろうか。

——いや、付いてくる、と断言してもいいだろう。今さらのことなので追い払ったりはしないが、一応、十傑の誓約に違反しないか尋ねる。

「試験内容を事前に漏洩しなければ問題ありません」

 断言するエレン。

「それに別に十傑に未練はないので試験内容を教えてもいいです」

「俺と同じ組織に所属できなくなるぞ」

 そうでした、と言わんばかりに口にチャックをする仕草をする。

「試験を手伝うのも誓約に反するので助力はできませんが、そのような必要もないでしょう」

「その心は?」

「兄上ならば鮮やかに選定試験をクリアされるからです」

「そうありたいものだな」

 そのように纏めるとマリーの用意してくれた馬車に乗り込み、エヴィの山へ向かった。

 揺れる車内、ふたつの神剣を足元に置き、祈りを捧げる。

 その姿を見てマリーが「意外ね」と呟く。

「あんたもビビることがあるんだ」

「こう見えても人の子だからな」

「人の形をしたなにかだと思ってた」

「義理の母親にも同じ台詞を言われたよ」

「…………」

 俺がナーバスになっていることを察したのだろう。マリーは沈黙を持って節度を守る。

「……大丈夫、あんたなら逆鱗を手に入れられるから」

「それは疑っていない。心配は〝間に合うか〟だけだ」

 俺はベッドで眠る少女に視線をやる。

「エヴィの山まで丸一日、往復で二日は消費するわね……」

「その後、技と体の選定試験にも挑まなければいけない。時間制限ぎりぎりだな」

「大丈夫、なんて気休めは必要ないわね。さっさとすませるわよ」

 腕まくりをして力こぶを作るが、メイドさんの腕は細く白い。なんなら「マリーが代わりに災厄竜の逆鱗に触れたっていいんだから」とのことだが、か弱き女性を竜と戦わせるなど有り得なかった。

「それに俺の目的は十傑になり、序列一位のアーマフを引っ張り出すこと。ただ選定試験を突破したのでは面白くない」

 俺が大言壮語を言わないことを知っているエレンはにやりと笑う。

「兄上様、やる気ですね」

「ああ、面白いものをみせてやるよ」

 そのように宣言した十五時間後、有言を実行する。

 俺は誰しもが真似できない方法で古竜エビル・マガトの逆鱗に触れることに成功したのだ。

 その光景の一部始終を見ていた十傑の監査官は度肝を抜き、呆気に取られる。まさかこんな方法で逆鱗に触れるものがいるなど想定していなかったようだ。


 十傑の選定試験、心技体の心をはかる試験。

 エヴィ山の災厄竜に触れ、己の勇気を示す。まるで蛮族の成人の儀式のようであるが、規模が違うだけでやっていることは同じだ。ロープを足に巻いて崖から飛び降りるか、怒り狂う竜の背にまたがるかの違いしかない。しかし、俺は過去の十傑、誰もが真似できない方法で逆鱗に触れてみせた。

 過去、この試験を受けた十傑たちは多くの場合、エビル・マガトに気がつかれないように接近し、逆鱗に触れた。

 逆鱗は触れるごとに生える場所を変える性質があるので、事前に調査し、逆鱗がある箇所を確認してからの作業となる。この試験は勇気をはかるためにあるが、蛮勇を求めているわけでない。知性を持った勇気、十傑に相応しい洗練された勇気を求めての試験だった。

 しかし、俺は蛮族よりも勇猛果敢に、あるいは無謀に逆鱗に触れた。事前に調べている時間はないと判断した俺は、災厄竜の目の前にあえて飛び出す。

 そして古竜を挑発するため、弓を振り絞り、矢を放つ。震える弦から放たれた矢はまっすぐに古竜の鼻先に突き刺さるが、致命傷どころか蚊に刺された程度のダメージしか与えられなかった。無論、計算の上だ。さらにいえば災厄竜は多くの眷属、下位竜レッサー・ドラゴンを従えていることも知っていた。

 主人を攻撃されたことを知覚したレッサー・ドラゴンたちは怒り狂いながら俺を捕食しようと襲いかかってくる。翼に力を込め、最短の動きで飛び上がるドラゴンの群れ、壮観であるが、俺は彼らを利用し、本命エビル・マガトに近づく。

 古竜の周りに浮遊するドラゴンたちを利用したのだ。

 空を飛ぶドラゴンたちを利用し、三六〇度、あらゆる角度から古竜を観察する。頭を踏みつけられるドラゴン、翼を踏まれるドラゴン、まさか自分たちを〝足場〟にされると思っていなかったドラゴンたちは困惑するが、彼らの心を忖度することはなく、逆鱗の位置を探し出す。後方斜め七五度の角度から見たとき、尻尾の付け根に一枚だけ逆さの鱗を発見した俺は、そのままドラゴンを利用し、最短の距離で古竜の懐に潜り込んだ。

 そして放たれるエックスの文字。

 聖剣ティルフィングと魔剣グラムの斬撃は、屈強な古竜の鱗の一部をなんなく剥がした。

 古竜の逆鱗を切り取り、それを懐に収めると、「騒がしてすまないな」と軽く頭を垂れ、そのまま古竜から離れる。

 その姿を見て監察官は、

「逆鱗には触れるだけでいいのに、ここまでされては一〇〇点を付けざるを得ない」

 と唸る。

 エレンは、

「さすがは兄上様ですわ」

 と飛び跳ねていた。

 マリーは、

「ぐうの音も出ないわ」

 と呆れていた

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