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アリアローゼの騎士

 王立学院特待生(エルダー)十傑とはその呼称の通り特待生(エルダー)の上位十人が選抜される名誉ある役職である。王立学院の生徒会と表するものもいるが、そのような生易しい組織ではない。

 十傑は王立学院千余人の代表であり、憧れであり、夢でもあった。

 王立学院に通うものは全員、珠玉の存在である十傑をなんらかの形で意識していた。実力あるものはあわよくば自分がその座に座るべく精進し、実力がないものはその存在に憧憬の念を抱き、崇拝する。

 俺のように〝学院〟そのものに興味がないもの以外、日々、十傑の存在を意識しながら生活をしているのだ。

 ゆえに十傑が特別視されていることに改めて気がつく。俺のクラスの後方に陣取る特待生(エルダー)たちを観察するとよく分かる。下等生(レッサー)たちは常に十傑を特別な存在と認知し、一般生(エコノミー)たちは劣等感を刺激され、十傑になれなかった特待生(エルダー)たちは好悪様々な感情を抱いているようだ。

 例えばであるが、プリント等が配られる場合、必ず最後に配られる。大物がおおとりを務めるべき、という思想があるのだろう。それに教師陣も気を遣っており、授業中、十傑がなにをしても感知することはない。序列七位のエルラッハが授業中に立ち上がって売店にコーヒーを買いに行っても咎めることはなかった。

 学級崩壊かよ、と思ってしまうが、皆、大真面目で十傑の行動に掣肘を加えるものなど存在しなかった。——俺以外は、であるが。今まで気にもしていなかったが俺であるが、エルラッハが席を立った後、同じように立ち上がると、彼の後を追った。無論、俺は十傑ではないので、教師が注意してくるが。

 ここで「特待生(エルダー)はいいのに、下等生(レッサー)は駄目なのですか」と抗弁すれば小物のそしりは免れないだろう。なので屁理屈は述べず大物の片鱗を見せる。

「離席した分は次のテストの点数から差し引いてください。必ず一〇〇点を取るのでマイナス四〇点までなら許容します」

 不遜な物言いにこめかみをひくつかせる教師であるが、今は彼の心を忖度している暇はない。

「それと近日中に十傑になってみせます。特権の前渡し、ということで」

 その言葉に反応したのはこのクラスのもうひとりの十傑にしてエンラッハの姉であった。彼女は俺の顔を面白げに見つめると、

「……やっと決意したのね」

 と呟く。

 俺は僅かに口元を緩めると、

「ああ、やっと同じ舞台ステージに立つよ」

 と、かつて刃を交えた好敵手にささやき返した。


 エンラッハの後を追って売店に向かうと、彼は売店でコーヒーとスナック菓子を買っていた。コーヒーにはミルクと砂糖をたっぷり入れ、スナック菓子は砂糖と蜜をたっぷりまぶしたプレッツェルを選んでいた。極度の甘党のようだ。

 甘いものが嫌いではない俺は御相伴に預かる。

 休憩用の椅子に腰掛ける彼の対面に座ると、彼のスナック袋の中に手を突っ込む。

「…………」

 一瞬、目を丸くするが、知らぬ仲でもない。それに姉と同じように俺の決意を感じ取ったようだ。

「その様子じゃ、十傑選定試験を受ける気になったようだな」

「ああ、下等生(レッサー)初の十傑になってみせる」

「なんだと!? 下等生(レッサー)のまま選定試験に臨む気か!?」

「ああ」

下等生(レッサー)の意地と誇りか? 持たざるものとしての」

「まさか。意地や誇りはエスタークの城に置いてきた。物理的な問題だ。学院の決まりで下等生(レッサー)から二回級特進はできない。一学期ごとに最高の成績を修め、編入試験を受けなければいけない。残念ながらそんな時間はない」

「人生は短いしな」

 アリアのことを知らないエルラッハは俺が短気でせっかちであると誤解したようだ。——彼が蒼い蜘蛛である可能性は限りなく低いが、その可能性が皆無でない以上、詳細は話さない方がいいだろう。

「まあ、そういうことだ。俺も授業中にプリッツェルを食べたい」

「ここの売店は塩バター味が絶品だ」

「十傑になったときのお楽しみだな」

「仲介してくれるのか?」

「おまえがその気ならば断る理由はない。十傑会議の決で決まったことだ。それに俺はおまえを入れるほうに投票したんだぜ」

 彼は元々、序列三位のアレフトと同じで俺を勧誘したい派閥であった。剣爛武闘祭のときに剣を交えたときの借りを返したいのだそうな。

「同じ組織に入って序列争いをすれば必然的に切磋琢磨できるしな」

 うしし、と嬉しそうに言う。エンラッハが炎使い、その性格も炎のように熱く、少年向きの創作物のように闊達で向上心に溢れていた。

 心底嬉しそうに迎え入れてくれるエンラッハを見て、俺は前言を撤回する。

(……このものが毒使いの可能性はゼロだな。容疑者リストから真っ先に削除だ)

 このやんちゃ坊主に裏の顔があり、実は卑劣な暗殺者だった、という筋書きを用意するのは物事の本質や王道が分かっていない三流の脚本家だけであろう。

 王女暗殺未遂という卑劣な筋書きを用意した蒼い蜘蛛であるが、犯人は犯人で悪役の美学や王道を重視しているような気がするのだ。

(……わざわざ遅効性の毒を使うあたりなにか意味があるのだろうな)

 姫様の命を狙うだけならば即効性の毒を使うほうが手っ取り早い。遅効性、それも解除方法のある毒を使うあたり、犯人はこの暗殺劇になんらかの意味を持たせているように思われる。

(——それを解読するのが俺の役目だが)

 あるいはそれこそが犯人の本当の狙いかもしれないが、目下のところ今の俺に選択肢は少ない。犯人の掌の上で踊らされるのは癪であるが、踊るしかない。

 しかしどうせならば華麗に壮絶に踊りたかった。

 犯人の掌を摩擦で燃え上がらせるほど激しく踊りたいというのが俺の本音だ。

「誰が犯人かは知らないが、姫様に手を出したことを死ぬほど後悔させてやる」

 それがアリアローゼの騎士、リヒト・アリスヒルクの偽らざる気持ちであった。

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