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十傑への誘い

 ヴィンセントが俺を誘ったのは決闘の森と呼ばれる場所であった。

 この学院にはいくつもの決闘場所があるが、このような場所を選ぶとは思わなかったので、軽く驚きを感じる。

「長ものを使うのにここを選ぶか……」

 ヴィンセントの武器は己の身長と同等の棒、剣だと大剣クラスに分類される。そんな獲物を使っているのに小回りが効きにくい森を決闘場所に選ぶなど常識的には考えられないが……。

『そんな裏読みする必要なくね? こいつが自然好きの雑魚なんだよ』

 とは楽天家のティルの言葉であるが、慎重派のグラムは俺と意見が同じようだ。

『——リヒト、気をつけろよ。見た目は軟派な男だが、やつの実力は伊達じゃない』

「同意だ。ただならぬオーラを感じる」

 俺の台詞だけは相手に伝わるのでヴィンセントが呼応する。

「当たり前だ。俺を誰だと思っている。十傑の序列五位だぜ」

「すごいじゃないか」

「本来は三本の指に入っていてもおかしくないんだが、巨乳ちゃんを喰いまくって停滞している」

「身から出た錆だな」

「初々しい巨乳女教師を見れば誰でも興奮するだろう」

「一緒にするな」

 と反論すると間合いを取る。森の真ん中に到着したからだ。

「そうだったな、俺たちはハイキングをしにきたわけじゃない」

「そうだ。おまえは俺の師に無礼を働いた。謝ってもらう」

「あの行き遅れオバはんのことか。知っているか? あのオバはんはおまえを題材に濃厚な同性愛小説を書いているんだぜ」

「俺は思想と言論の自由とカップリングの自由を同等に思っているから気にしていない」

 そのように嘯くとグラムを抜き放つ。

 この鬱蒼とした森では技巧を尽くせるグラムのほうが有利だと思ったのだ。事実、東方の刀にも等しいグラムは森の木々を避けるようにヴィンセントを切り裂く。

 ——やつの残像であるが。

 やつは俺の剣の挙動を完璧に見切ると、残像を残してそれを躱す。しかも一度ではなく、何度も。

『我の動きをここまで見切る相手は初めてかもしれない』

「ああ、今まではパワータイプの化け物が多かったしな」

 悪魔や究極生物兵器を思い出す。あいつらのパワーは尋常ではなかったが、技巧派ではなかった。

「久しぶりに興奮できる」

 事実、ここまで空を切るのが楽しいのは久しぶりであった。あるいはもしかしたら城を出て以来、初めて剣士としての技量を出し切れているかもしれない。

 やつが何度目かの斬撃を棒でいなすとその余裕がなくなる。——俺の見立てが間違っていたからだ。

 やつは技巧派タイプであると同時にパワータイプであり、策士でもあった。

 グラムの攻撃を一通りかわすと棒切れを振り回す。

 その一撃は強力で、避けた俺の後ろにあった巨木をへし折るほどであった。

『初めから木々は障害物でさえなかったわけね。……あんなの喰らったら背骨もぽっきりだよ』

『避ければいいさ。我のあるじは回避の名人だ』

 事実、自分でもそう思っていたのだが、それが過信に繋がったのかもしれない。俺はやつの攻撃を喰らってしまう。

「あと一歩踏み込まれていたら内臓が破裂していた」

「打撃はじわじわダメージが行く。後半戦は足下がふらふらになるぞ」

「そうならないように喰らわないようにするよ」

 そのようにうそぶくと、巨木を薙ぎ倒す一撃を回避し続けるが、それがやつの策だった。やつは俺の身体に棒切れの長さを染み込ませたのだ。そしてやつの棒切れはただの棒切れではなく、神の棒だった。

 紙一重でかわした俺に向かってやつは棒切れの名前を叫ぶ。

「伸びろ! 如意棒!」

 それと同時にやつの棒は伸長する。

 それも数センチなどというレベルではなく、一メートル近く伸びたのだ。

『ず、ずるい!』

 ティルは俺を贔屓にしているのでそう叫ぶが、グラムは冷静に諭す。

『ずるいものか。あれが神棒の真髄だ』

 それには俺も同意だった。俺の持つ真剣であるふたりはもちろん、エッケザックスとてチートといってもいい能力を持っている。それに神々の武器は〝持ち主〟を選んでいるのだ。この如意棒というやつもやつの実力に惚れ込み、所有されているに違いなかった。

 如意棒の一撃によって脇腹を痛めた俺は、そのような感想を抱いたが、相手に敬意を払うといいこともある。敵の二撃目を避けることに成功したのだ。

「ほう、二撃目は避けるか」

「伸びるとわかっていればなんとかなる」

「しかし、今の一撃手応えがあったぞ。折れた脇腹でどこまで回避できるかな」

「…………」

 沈黙したのはやつの言葉が正しいと思ったからだ。今の一撃で俺の肋骨は折れた。そんな中、先程のような回避行動を繰り返せばいずれ捕捉される。そうなったとき、やつの馬鹿力の一撃を喰らえば今度は頭蓋骨を砕かられるかもしれない。

『バイヤー! バイヤー!』

 どうしよう!? と慌てるティルだが、俺〝にも〟秘策があった。

(……伸縮自在の棒、たしかに厄介だが、弱点もある)

『そんなのあるの? 攻防一体の強武器に見えるけど』

(あるさ。弱点のない武器などない)

 だからこそ俺は複数の武器を使っているのだ。一本の武器で済むのならば小うるさいティルファングだけで十分だった。そのように返すと彼女は臍を曲げるが、

『浮気を許してあげるのが女の度量。正妻が僕ならば許してあげる』

 という寛大な言葉もくれる。

 ありがたいことだ、と心の中で皮肉を述べると、距離を取り、亜空間からエッケザックスを取り出す。

 その姿を見たヴィンセントはにんまりとする。

「俺と同じ戦法か。長物で木々を切り倒しながら接近する気か」

「それは企業秘密だ」

「好きなだけ秘密にしてあの世に旅立て」

 ヴィンセントはそう言うと如意棒の名を叫ぶ。それと同時にやつの如意棒が目の前まで伸長してくる。やつの如意棒は一メートルどころか一〇メートル以上伸びるようだ。いや、そんなレベルではないようだ。やつは得意げに手の内を明かす。

「俺の如意棒は無限に伸びる! 夜空に浮かぶ月にだって届くのさ」

「それじゃあ、月に兎がいたら差し入れしてくれ、兎肉が好きなんだ」

 やつの自慢を皮肉で返すと、やつの自慢ごと粉砕する。

 如意棒の一撃を読んでいた俺はエッケザックスの腹の部分をやつにさらす。

「巨大な刀身を盾代わりか、考えたな」

 だが――、とやつの言葉は続く。

「巨木すら貫く俺の如意棒に耐えられるかな?」

 その言葉通りやつの如意棒は巨大な木々を粉砕しながら俺を突こうとする。その勢いは凄まじく、まともに食らえば致命傷は免れないが、俺はそれをエッケザックスの腹で防御する。


 カキン!


 魔力を持つ武器同士特有の火花が散る。

 その様は美しかったが、見とれているわけにはいかない。

 この防御態勢は〝伏線〟なのだ。

 俺は〝あらかじめ〟念動力によって動かしていたティルファングとグラムをやつの両脇から出現させる。木々の破壊によって辺りは粉塵に満ちており、視界が極端に悪くなっていたのだ。その間、聖剣と魔剣を動かし、奇襲を仕掛ける。それが俺の策だった。

 その策は完璧だった。粉塵によって視界を失っていたヴィンセントは二刀の接近に気がつかない。

 やつはティルとグラムによって串刺しにされる――ことはなかった。それどころか不敵に笑いながら二刀を上体をそらしかわす。

「残念、これも調査済みだ。リヒト・アイスヒルクはみっつの神剣を操り、それを自由自在に動かせると」

「詳しすぎるぞ」

「全身のほくろの数まで知ってるぜ」

「おまえは俺のストーカーか」

「おれは違うが、十傑の上層部はおまえに興味津々だ。中には十傑入りを望むものもいる」

「その口ぶりじゃ、おまえは歓迎モードじゃないんだな」

「おれはイケメンが嫌いなんだ」

容姿差別主ルッキズムってわけか。まあ、気にしないよ」

 義理の母親は俺は母親似だからと毛嫌いしている。見た目で差別されるのは慣れていた。

 子供の頃を思い出すが、子供の頃と違うのは差別されっぱなしではないということだ。相手が俺のことを嫌いだからと拳を振り上げられれば、こちらもそれ相応の仕返しをすることできた。

 ふたつの神剣を回避された俺は、エッケザックスを手放すと、やつの伸ばした如意棒の上に乗り、やつの如意棒の上を走る。やつが如意棒を引き戻そうとした瞬間を狙ったのだ。さすれば戻る力と走る力の相乗で素早く奴に懐に入れる。

 まさかこのような曲芸をするとは思わなかったヴィンセントは目を見張る。

「軽業士かよ」

「護衛を失業したら転職を考えるよ」

 俺が失業するときは姫様に平穏が訪れるときだから、早くそのときが来てほしかった。

 そのように思いながらやつの如意棒の上を走るが、やつは遅まきながら如意棒を引き戻す愚に気がついたようだ。逆に伸ばし始める。そうなれば俺は同じ場所を走ることになる。やつの懐に入ることはできない。無論、いつまでもハムスターのように同じ場所を回っているつもりはないが。

 如意棒の上で跳躍すると、そのままやつに向かって飛びかかる。

 剣を帯びていないので、拳が武器となる。上半身の筋肉に魔力を帯びた酸素を送り込み、最大限の力を込める。肉弾戦の予感を覚えていたヴィンセントはあっさりと神棒を手放し、呼吸を整え、握り拳を返す。

 右拳と右拳、どちらも最大速度で振り下ろす。

『クロスカウンターだ!』

 ティルがそのように叫ぶが、彼女は拳闘ボクシングにも興味があるようだ。

『男と男の最後の武器は拳と相場が決まってるんだ。もちろん、ワタシは君の勝利を信じてるよ。ドンピシャのタイミングで決めたって!』

「…………」

 信じられるのは悪い気持ちではない。ティルの気持ちに応えるため、やつの顔面に拳を振り下ろすが、拳闘の腕前はやつのほうが上手だった。

『〇.〇二秒ほど主人のほうが遅い』

『なして!?』

『棒使いゆえに対策として肉弾戦を極めていたのだろう。長物使いは懐に入られたら終わりだからな』

 グラムは冷静な解説する。

『そ、それじゃあ、リッヒーは負けちゃうの?』

 その問いにグラムは冷静かつ的確に答える。

『いや、肉弾戦で劣っていても知能では優っている。すべてが主の手のひらの上だ』

 グラムの大胆不敵な予想は的中する。

 たしかに拳の速度はやつのほうが早かった。しかし、俺には加速力が伴っていた。跳躍によって得た加速力が俺の拳に加味されたのだ。それに兵士と拳は高きを尊ぶ、という格言もある。上部から振り下ろす拳と打ち上げる拳、前者のほうが圧倒的に優位だった。

 〇.〇一秒ほど相手を上回った俺の拳は、ヴィンセントにめり込む。

 そのままやつの顔を歪めると、身体を十数メートルほどぶっ飛ばす。後方にあった木々を薙ぎ倒しながら。

 普通ならば背骨まで折れる一撃であるが、さすがは十傑、死ぬことはなかった。ただ、一分ほど意識を絶たれていたが。ここが戦場ならばそれは死を意味するが、決闘においても敗北を意味した。俺はヴィンセントに勝ったのだ。

 勝利を宣言したのはふたつの愛刀たちだった。


『さすリヒ!』

『勝者、主』


 同時に響き渡るが、それと同時にアリアとエレンが現れる。


「リヒト様!」

「リヒト兄上様!」


 森に響き渡る彼女たちの声は妖精のように麗しかったが、緊迫感に満ちていた。どうやらジェシカ女史に大袈裟に危機だと吹聴されていたようだ。

「兄上様、なぜ、このような危険な真似を——」

「そうです。リヒト様にもしものことがあったらわたくしたちは——」

 恋敵であるふたりが共闘して俺を責め立ててくるが、ジェシカが侮辱されたから、とは答えなかった。その奥ゆかしさがさらに彼女の創作意欲を燃やすことになるのだが、それよりも着目すべきは吹き飛ばされたヴィンセントが目覚めたことだろう。

 やつは血走った目をこちらに向けていた。

 神さえ殺す、という目でこちらを見つめていた。

 ただ、足がふらついており、戦闘能力は皆無であった。――しかし、それでも如意棒を杖代わりにし、「――殺す。絶対に殺す」とこちらに歩み寄ってくるが。

 この男との戦いは〝死〟以外ないのかもしれない。そのような予感を感じさせた。

(……決闘での人死には罪に問われないが)

 それでも人殺しなどしたくない。俺は再びやつの意識を絶つべく、拳に力を込めるが、それが再びやつに命中することはなかった。

 強大な力を感じたからだ。

 やつの後方から高速で接近するふたつの影、それは見知った顔であった。

「あいつらはたしか……」

 普段、教室で顔を合わせる双子だ。剣爛武闘祭でも剣を交えた仲である。

「おまえらがなぜここに、とは愚問かな」

 俺の皮肉に返答したのは双子の姉のエルザードのほうだった。

「そうね。私たちも特待生(エルダー)十傑に名を連ねているのだから」

 氷使いのエルザードは冷静に答える。

「ちなみに加勢しに来たわけじゃないぞ。十傑はもちろん、俺たち姉弟は〝誇り高い〟からな」

 炎使いのエンラッハ誇り高いを強調する。事実、剣爛武闘祭で戦った彼らは誇り高く、潔かった。名誉ある決闘に割り込むなど絶対にしないだろう。ならばなにをしにきたのだろうか。率直に尋ねる。

「おれたちの役目はヴィンセントの回収だ。十傑の総意を無視しておまえに決闘を挑んだって情報が入ってきたからな」

 その言葉にヴィンセントは過剰に反応する。

「総意だと!? おれは認めて――」

 言葉が途中で止ったのは口の中に違和感を覚えたからだろう。彼は口の中から血液の混じった唾液と歯を吐き出す。

「おれは認めていねえ。こんなやつを十傑にするなんて」

「なんでなの?」

 エルザードは無表情に尋ねる。

「こいつは下等生(レッサー)だ。劣等種だ」

「それじゃあ、その劣等種に破れた我々はなに?」

「…………」

 エルザードの的確で自虐的な問いにヴィンセントは言葉を失う。

 それを見てエルラッハは愉快に笑う。

「姉貴に一本取られたな。そうだ。たしかにこいつは下等生(レッサー)だが、劣等種ではない。少なくとも俺たちよりも強いよ」

特待生(エルダー)十傑は特待生(エルダー)の上位十名の称号だ」

下等生(レッサー)には与えられないってか。てゆうか、そんな古くさい決まり破り捨てちまえばいいんじゃね?」

「新参のシスコンどもが!!」

「なんだと!?」

 シスコンに過剰反応したエンラッハが掴みかかろうとするが、姉がそれを抑える。

一触即発であるが、意外にもエンラッハが引き下がった。終始強気な弟であるが、姉の言うことは聞くようだ。――それにさらにエンラッハの行動を抑える人物が現れたのだ。

 エルザードのエンラッハ、それにヴィンセント、三人の視線が後方に注がれる。

 その行動でアリアとエレンもその存在に気がつく。

 〝彼〟は氷炎使いの姉妹とは違い〝俺以外〟にはまったく気配を感じさせずにここまでやってきたのだ。

 この誰もが殺気だった現場にである。それだけでもただならぬものだと分かる。

 事実彼はただものではなかった。

 真っ先に彼の制服を確認するが、そこには十傑の証と数字が書かれていた。ナンバー〇三、つまり彼が特待生(エルダー)十傑序列三位なのだろう。

 爽やかにしてにこやかな笑顔とともに挨拶をする。

「さすがは最強の下等生(レッサー)、あなただけは僕の存在に気がついていたか」

「ああ、よくもまああそこまで殺気を消せるものだな」

「それは鍛練を積んだから――ではなく、元々、殺気がないんだ。僕の実家は聖職者の家系だから」

「聖職者か」

「意外かい?」

「いや、むしろ天職だ」

 絶えることのない微笑み、温和な表情、虫も殺したことがなさそうな顔、とは彼のことを指す言葉なのだろう。

「ありがとう」

 糸のように細い目をさらに緩めると好戦性など消し飛んでしまう。実際、彼は所属する聖職科でも優秀な生徒として知られ、卒業と同時にラトクルス聖教の幹部候補生として就職することが決まっているらしい。

「未来の主教猊下様か、いや、大主教聖下様かな」

「出世など望んではいないよ。僕が求めるのは安寧と平穏、目下のところは学院で起きている闘争を鎮めたい」

「道理だ。学院で起きている小さな諍いを収められないものが、人々の平穏など望みようもない」

 そのように言うと俺はティルとグラムを鞘に収め、敵意がないことを示す。しかし、ヴィンセントのほうはふたり分敵意が残っているようで、如意棒を持つ手を緩めない。――やれやれと思うが、目の前の聖職者はただものではなかった。

「――ヴィンセント、神と僕はどんなときも君の行動を笑って許すけど僕より上席のものは違うからね」

 語気を強めることもなく、むしろ穏やかに言うが、奇妙な迫力があった。ヴィンセントの身体はびくりとする。

「くそッ」

 吐き捨てるように漏らすが、その態度を見る限り、序列三位以上のものはヴィンセントでも一目置く存在のようだ。あるいはもしかしたら俺よりも強いかもしれない。そのように感想を漏らすと、エレンがむきになって否定する。

「リヒト兄上様より強いものなど存在しません!」

 それについては反論する。

「先日、父上に負けたばかりだが」

「それでは〝父上〟以外には存在しません」

「そうありたいものだが、世の中上には上がいるものさ」

 妙なところで言い合いになるが、序列五位のヴィンセントは吠える。

「北部の山だしどもが――」

 さらになにか続けたいようであるが、これ以上語り、自分の自尊心を傷つけたくないのだろう。

「――たしかに〝おまえ〟も十傑上位も俺より強い。しかし、それが〝永遠〟だと思うなよ」

「ああ、俺の剣の師匠は言っていた。驕れるものは久しからず。勝者必衰の理と」

 その謙虚な態度がさらに腹に立ったようだが、血の混じった痰を吐き出すと背中を見せる。

「あとはそこにいる司祭様に聞きな」

「僕はまだ司祭ではないよ」

「じゃあ、そこにいる糸目に聞きやがれ」

 そう言い残すと森から去っていった。

 未来の司祭様はやれやれと漏らすが、俺たちのほうに振り返ると、自己紹介を始めた。

「申し遅れたね。僕の名前はアレフト。高等部の聖職科だ」

「姓がないということは平民か」

「うん。僕の家は公爵家の連枝なのだけど、長男以外は俗世から切り離され、聖職者になる習わしがあるんだ」

「後継者争いを防ぐためか」

「それもあるけど、僕の実家、メイザス家は呪われた家系でね。軍人としてラトクルス王国に貢献してきたのだけど――」

「してきたのだけど?」

「あまりにも勇猛果敢すぎて敵兵を殺しすぎてしまってね。敵兵たちの首塚を奉るために次男以下は聖職者になって敵兵の魂を弔らう風習があるのさ」

 そう言うと彼は天に祈りを捧げる。物騒な風習であるが、やはり彼自体、聖職者が天職のような雰囲気を醸し出している。

「あなたの出自は分かった。そして決闘を仲裁してくれてありがとう」

「一方的な喧嘩だったけどね」

 くすくすと笑うアレフト。

「まあな。でも助かる」

「そうか。じゃあ、恩返しというわけじゃないけど、君も十傑に入ってくれないか?」

「十傑にか……、先ほどそれは十傑の総意と言っていたがどういうことだ?」

「そのままの意味だよ。剣爛武闘祭直後、十傑会議が行われた。反対意見も合ったが、多数決により君の十傑推薦が決まった」

「民主的な組織だことで」

「十傑会議で決まったことは〝総意〟だ。君は学院生として十傑に入る義務が生じたというわけさ」

 その言葉に目を輝かせたのは我が妹だった。そういえば先日、妹も十傑に選ばれ、選抜試験のようなものを受けていた。一緒に仕事が出来る! 兄上様に相応しい地位を得られる! 周囲のものが兄上様に一目置くようになる! もごもごとそのように呟いている。

 妹にとってアレフトの申し出は渡りに船のようだ。ただ、それは妹だけであって、俺はそうではない。面倒ごとが多そうな組織に入る理由もない。ゆえに丁重に断る。

「すまないな。知ってると思うが、俺は姫様の護衛なんだ」

「ああ、〝熟知〟しているよ。だけど、護衛と十傑の活動は並立できる。十傑といっても年中仕事があるわけではなく、重要な会議で採決するときだけ集まる面倒くさがり屋もいるくらいさ」

「それでも無理だ」

「〝この〟僕がこんなに頭を下げてもかい?」

 糸目がわずかに開く、思いのほか鋭い眼光であった。

「それでもだよ。すまないな」

「…………ふふ」

 気負うことも気張ることもなかったためだろうか、アレフトはすぐに柔和な表情を取り戻す。

「あーあ、やっぱりそうだよね。ま、十傑の会議で決まってしまったから、今後も誘いが多いと思うけど、のらりとかわしてよ。無理強いはしない」

 そのようにのほほんと言う。なかなかにつかみ所がない雲のような人物のようだ。好感を抱くことはなかったが、憎悪する要素はなかった。

 なのでそのまま別れるが、彼は最後に不吉めいた予言を残す。

「僕の一族は代々、魔女を娶る。だから一族には稀に未来予知めいたことができるものが現れるんだ」

「あなたがそうだと?」

「さて、それはそうだか分からないけど君に不吉の影を感じる。大切なものを失う相が見える」

「…………」

 ちらりとアリアとエレンを見てしまう。どちらが大切か計ってしまいそうになる前に視線を戻すが。するとアレフトはいつの間にか消えていた。

「風のように現れて、風のように消えていく男だな」

『歩き方が聖職者ってよりも暗殺者だよね』

 ティルがなにげなく言い放つが、たしかにその表現はぴったりだった。

 アレフトがいなくなると、妹が俺の胸に飛び込んでくる。

「兄上様が無事でよかった」

 同じ組織に入ることは出来なかったが、決闘で怪我を負わなかったのは幸いです、とのことだった。肋骨が折れているのだが、それは内緒にしておくべきか。ただ、アリアは気がついているようで、あとでこっそりと制服を縫ってくれた。さすがは下町育ちの庶民派お姫さま、伯爵家の娘であるエレンよりもよほど女性らしかった。

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