リヒト、奔る
妹の救援が成功した頃、その兄は窮地に立たされていた。
四六回目の斬撃を加えるが、人造人間にダメージが通らなかったのである。
人造人間は攻撃を受けるたび、その身体を修復させる。
人間離れ、いや、生物離れした回復力を見せるのだ。
「化け物か」
という台詞もチープになるほどの回復力であった。
しかし、斬撃を加えるしか方法はない。攻撃の圧を加えないと相手の攻撃を貰ってしまいそうになるのだ。
いや、正確にはすでにもういくつか攻撃を貰ってしまっていたが。
制服が破れ、どこから出血している。
致命傷は避けられたが、次こそはいい一撃を貰ってしまうかもしれない。
俺の斬撃は明らかに弱くなっていたし、動きも遅くなっている。
攻撃力と魔力こそこちらが上であるが、俺は人間であった。化け物じみた回復力もなければ、体力もない。四七回目の攻撃は自分でも情けなくなるほど腰が入っていなかった。
人造人間たちは避けるまでもなく、俺の斬撃を素手で受け止める。
「人間にしてはよくやったかな」
「そうね」
「実験データも取れたし、そろそろ始末しようか」
「賛成だわ」
人造人間たちはそのように漏らすと、手の形状を変える。先ほどは剣であったが、今度は鎌と斧を合わせたような不気味な形状となった。
あの鎌斧で俺の首を落とすつもりらしい。
切れ味は良さそうであるが、まだ死にたくなかった。
俺は最後の抵抗をするべく、聖剣と魔剣を構える。
「すまない。甲斐性なしで。負けそうだ」
『それはこっちの台詞だよ』
『その通り。済まない。我らの力不足だ』
ティルとグラムは嘆くが、彼らは勝利を諦めていなかった。
『四七度の攻撃を重ねたのは見事だ』
「まるで通用しなかったがな」
『しかし、無意味に攻撃していたわけじゃないんだろう。最強不敗の神剣使いは無意味なことはしない』
「まあな」
『へ? そうなの? ワタシはてっきり破れかぶれで攻撃していただけに見えた』
「小賢しいことに懸けては俺の右に出るものはいない。一見、無意味な行動に見えても意味はちゃんとあったんだよ」
『へー、聞きたい、聞きたい、教えて』
ティルの要望に応えたいが、鎌斧の斬撃が飛んできたので、それをいなしながら答える。
「俺は四七度の攻撃を加えた。あらゆる角度、威力、魔法を付与してな」
『ごいすー』
「そして悟ったのはおまえたちではあいつは滅せられないということだ」
『ずこー!』
精神的によろめくティル。
『なんの解決にもなってないじゃん』
「いや、なっているよ、なにもせずに駄目だと推定するのと、行動した上で駄目だと断定するのは大違いだ」
『その通り、机上の空論と実践は違う』
『なるほど、でも、倒す方法が分からなくちゃ意味なくね?』
「倒す方法はあるさ。やつらには中途半端な方法は効かない。ならばどうするか――、圧倒的な一撃で肉と骨を粉砕し、二度と復元できないようにすればいい」
『具体的言うと?』
「巨大な鉄の塊に魔法を付与し、巨人の膂力を持って粉砕する」
『なんじゃそれ、そんな都合の良いことできるわけないっしょ』
「できるさ。先日貸したツケを今、返して貰う」
『どいうこと?』
ほへ、っとする聖剣を横目に駆け出す俺。先ほどから目を付けていた一角に到着すると、会場にいる娘に語りかける。
「システィーナ・バルムンクよ。おまえに貸している神剣を借り受けたい」
あ! その手があったか!
ティルは叫ぶが、グラムはにやりとするだけだった。俺の策を見抜いていたのだろう。さすがは魔剣である。
『しかし、リヒトよ。あのものはバルムンク、力を貸してくれるだろうか』
「バルムンクは悪だが、卑しくはない。ツケは必ず払う」
そのように言い放つと、システィーナは背中にくくりつけていた大剣を投げる。
「その剣はおまえのもの。好きにするがいい」
やはり彼女はバルムンクの娘だった。約束は必ず果たす。
俺は敵対者であるバルムンクをある意味信用していたのだ。
奇異なことであるが、彼は敵であるが、一度交わした約束は必ず果たす人物だと思ったのだ。
(……ということはいつかあの男と決闘することになるのか)
別れ際の言葉がよみがえるが、今、考えるべきは受け取った巨人殺しの巨人殺しの力を十全に発揮させることであった。
迫り来る人造人間のアダムスを切り伏せるべく、大上段に構える。
エッケザックスの柄を握りしめるととんでもない力が湧き上がる。
制服が盛り上がる。
筋肉の量が明らかに増大していることが分かる。
今ならば巨人と手切り裂けそうな気がした。
否、切り裂ける。
そう思った俺はエッケザックスに魔法を付与し、必殺の一撃を放つ。
「巨人の心臓を穿つ一撃」
即興の名を与えた一撃は、想像以上の威力を誇った。
圧倒的質量、まるで星が落ちてきたかのような一撃が人造人間アダムスの頭上に落ちる。
アダムスは防御障壁を張るが、その防御障壁はあっさりと破られる。
エッケザックスによって与えられた圧倒的な力、それに俺の魔法力はアダムスを圧倒したのだ。
防御障壁を破られたアダムスの頭部に圧倒的な一撃が振り下ろされる。
エッケザックスはそのまま圧倒的質量でアダムスの頭部を破壊すると、そのままアダムスを滅した。
無限の回復力を持つのならば回復させる身体を滅せればいい。
至極単純な方法によって相手を倒したのだが、俺は慈悲も忘れなかった。
相手のコアとなる部分はわざと避けたのである。
消滅するに見えかけたアダムスの身体。コアとなる心臓だけが地面に落ち、脈打っている。
不気味な心臓を見て言葉を失っている審判に語りかける。
「テンカウントしないのか?」
その言葉で自分の仕事を思い出した審判はカウントを取り始めるが、一〇秒経過してもアダムスは再生することはなかった。
その瞬間、俺の勝利が確定する。
イブリアはそれ以上抵抗することなく、相方の心臓を手に取るとそのまま舞台から降りたのだ。
会場はざわつくが、誰ひとり、俺の勝利を不服に思うものはいなかった。
最後の一撃、あれは人造人間デュオを圧倒していたからだ。
あのままイブリアが抵抗しても勝つことは不可能だと誰しもが認めたのだ。
審判が優勝者である俺の名を読み上げると、会場は沸きに沸くが、俺は優勝者に送られる栄誉を拒否する。
表彰台と勝者のコメントを断ると、そのまま会場をあとにする。
俺の目的は剣爛武闘祭で優勝すること。
それによって姫様と妹の未来を勝ち取ることだった。
どや顔で勝利の秘訣など語る気はなかったし、賞賛も受け取りたくなかった。
今、俺がしなければならないのは、アリアとエレンの笑顔を見ることであった。
和解し、強敵に打ち勝ったはずのふたりをその目に焼き付け、彼女たちをねぎらうことが俺の役目だった。
いや、俺の願いか。
あのふたりはこの地上で最も大切な存在なのだ。




