決勝
決勝開始は一三時ちょうどとなった。
審判が決勝開始を告げると同時に、俺の身体は消える。
圧倒的刹那の速度で相手の懐に飛び込むと、抜刀術を放ったのだ。
「残影閃刀斬」
高速移動によってスピードを高め、剣に威力を乗せつつ、抜刀術を放つ技である。この技のスピードと威力はあらゆる剣技の中でも上位に位置する。
事実、人造人間の兄妹は一瞬で四肢をバラバラにさせる。
慈悲も慈愛も感じさせぬ斬撃。
今までは〝試合用〟の力で戦ってきたが、もはや遠慮はいらなかった。
時間が限られることもあるが、〝究極生物兵器〟である人造人間に遠慮はいらないと思ったのだ。
だから物理最強の技を使ったのだが、追い打ちも忘れない。バラバラになった人造人間を焼き払うため、黙示録の炎も解き放つ。
炎系の最強魔術であり、賢者にしか放てないとされるが、俺は放つことが出来た。
会場の生徒や教師は驚愕するが、彼らの驚きが消え去らぬうちにきびすを返す。即座に姫様と妹の救援に向かおうと思ったのだ。
――しかし、人造人間はおれの想像の上をいった。
炎で焼かれながらも立ち上がる。
「ふふふ、アダムス、なかなかに熱いわね」
「それに鋭い一撃だったね、イブリア」
黒焦げになりながらも平然と言葉を買わず人造人間たち。
俺の背中に冷たいものが流れる。
「今のは〝戦場用〟の一撃だったんだぞ」
「なるほど、だから防御障壁も簡単に打ち砕かれたんだね」
「化け物め」
「私たちは化け物じゃないわ。究極生物兵器。とある研究室で作られた戦場の申し子」
「だから戦場の一撃も通じない」
「私たちを滅したければ〝神〟の一撃を打ち込むことね」
そのようにうそぶくと、人造人間たちは再生しながら攻撃を繰り出してきた。
どうやらこの〝化け物〟どもは四肢を切り裂き、焼き払うくらいでは殺せないらしい。
「――この試合、長引くかもな」
そのような予感を覚えたが、それは事実だった。
俺はこの化け物たちと一時間以上剣戟を交わすことになる。
戦局に変化が訪れるのは四五回攻撃を加えたあとのことであった。
リヒトが人造人間と戦っている頃、アリアもまた戦っていた。
ロナーク男爵家の山荘に救援に向かうと、すでに交戦中だったのだ。
傭兵を一〇人以上雇っていたロナーク男爵であるが、襲撃者はその五倍のゴブリンとコボルトを集めていた。
また暗殺者も何名か紛れ込んでいる。
前回のロナーク男爵家襲撃事件をそのまま再現したような感じであるが、今回は白昼堂々の犯行であった。それに規模が三倍は違った。
ロナーク男爵もそれを見越して護衛を強化していたが、敵はそれ上回る規模で再襲撃をしてきたのだ。
「さすがはバルムンク侯です」
アリアは舌を巻くが、敵の力量に感嘆してばかりもいられない。
アリアは剣を抜き放ちながら叫ぶ。
「我はラトクルス王国第三王女、リクレシア人の王にしてドルア人の可汗の娘! 義によってロナーク男爵家に助太刀いたす!」
その言葉を聞いた暗殺者はにやりと返答する。
「飛んで火に入る夏の虫とはこのこと。のこのこと現れおって」
舌なめずりする暗殺者、だが、その刹那、彼に無数の手裏剣が刺さる。
「おっと、たしかにアリアローゼ様に武力はないけど、その配下は違うわよ」
マリーはにやりと笑う。
マリーの手下である忍者メイドたちも同様に笑みを漏らす。
「くそ、くノ一どもか」
「女という文字を解体するとくノ一になるそうだけど、男を解体するとどうなるのかしらね。その小汚い腹をさばいて確認してみようかしら」
有言実行するため、忍者メイドを散らすマリー。忍者メイドたちは次々にゴブリンとコボルトを討ち取っていく。
一方、王女の騎士たちも手練れであった。
剣と魔法の研鑽を積んだ強者たちは密集陣形を取り、巨大なトロールに対峙する。
凧型盾でトロールの棍棒を防ぐと、剣や槍で的確にトロールを突いた。
強力な魔物であるトロールも辟易している。
またアリアの手勢の参入によって追い詰められていた護衛たちも息を吹き返す。組織的反抗をし、襲撃者たちに一矢報いていた。
このままの形成を維持できれば襲撃軍は瓦解する。
アリアは確信したが、それは甘すぎた。
襲撃者たちが交代を始めると同時にひときわ大きな影が後方からやってくる。
小山のように大きな影の正体は、
二つ名付きトロールだった。
二つ名付きとはネームド・モンスターのこと。その種のモンスターの中でも特別な個体で、多くの場合は強烈な力を持っている。
このトロールも例外ではなく、強力な力と知性を持っていた。
人間の言語で名乗りを上げる。
「我が名は血痕鬼のトロール。我の通ったあとには血と臓腑の道ができあがる」
血痕鬼のトロールが護衛軍を切り裂くと、その二つ名の異名通りの光景が広がった。
あっという間にひっくり返る形勢。
蹂躙される護衛軍。このままでは全滅、そのような言葉が脳裏に浮かんだ瞬間、希望の光がともる。
真っ白な制服に身を包んだ剣士が現れたのだ。
彼女は美しい黒髪を揺らしながら二つ名付きトロールの腕を切り落とす。
細身の剣に魔法を宿し、巨木のように太い腕を易々と切り裂いたのだ。
血痕鬼のトロールは悲鳴を上げ、のたうち回る。
その瞬間、彼女は名乗りを上げる。
「我が名はエレン。テシウス・フォン・エスタークが一子。王室の藩屏にして王国の守護者の家系に連なるものとして、アリアローゼ・フォン・ラトクルスを全力で守る!」
頼もしくも凜々しい声が戦場に木霊する。
その声によって護衛軍に秩序がよみがえる。
アリアローゼは嬉々として彼女に礼を言う。
「エレンさん、ありがとうございます」
エレンはどういたしまして、という代わりに群がるゴブリンとコボルトを剣舞で切り裂く。直接的な返答はせず、己の後悔を語る。
「――私は羨ましかった」
アリアは沈黙しながら彼女の言葉に聞き入る。
「兄上に護られるあなたが、兄上の感情を揺さぶるあなたが。私には向けない笑顔を向けられるあなたが憎くて仕方なかった」
「…………」
「だからあなたがロナーク男爵に救援に行くとき、私はそれを兄上に告げなかった。あるいはもしかしてあなたがバルムンク侯に討たれることを望んでしまったのかもしれない」
「…………」
「王室の藩屏として、いえ、兄上の妹として失格だと思った。私は己の嫉妬によって最低の人間になってしまった。その事実は払拭できないけど、私はあなたのために剣を捧げます。エスターク家の娘として、リヒト・アイスヒルクの妹として」
そのように言い終えるとゴブリンを一刀両断にする。
己の心の内を素直に話すエレン、それを聞いたアリアの心は洗われるようだった。
王室や政界は己の心の内をひた隠しにし、だまし合いや化かし合いをする世界。子供のような感情や見栄によって相手を貶める世界だった。
そんな中、己の負の感情を素直に認め、話してくれるのはとても嬉しいことだった。
このように語り合えるのはメイドのマリーだけ。
彼女は生涯の友であったが、もしかしたらエレンもまたそのような存在になれるかもしれないと思った。アリアもまた素直な感情を口にする。
「エレンさんはわたくしを羨ましいといいましたね。わたくしも同じような感情を抱いていました」
「アリアローゼ様が?」
「はい。幼き頃よりリヒト様と一緒に居られたあなたが羨ましいです。リヒト様のような兄を持てたあなたが羨ましい。奔放に生きられるあなたの生き方も羨ましいです」
「互いに互いを羨んでいたのですね」
「そうですね。大地に根ざす大木が、大空を舞う鳥を羨み、空を駆ける鳥が、大地にたたずむ大木を羨む」
「人間互いにないものを求めてしまうのかもしれない」
「そうですね。人と人との関係は月と太陽のようなものなのかもしれません」
その言葉にエレンは納得する。
アリアローゼは太陽に朗らかな存在。常に笑い、周囲に幸せを振りまく。
一方、リヒトは月のような存在。目立たず静かに大切な人を見守る。
月と太陽は決して寄り添うことはないが、互いに互いを必要とする。
月は太陽の光が反射し、初めてその存在を誇示できるし、太陽の光は月を覆うことによって己の存在を知覚できるのだ。
エレンはアリアの言葉をかみしめる。
アリアもまたエレンの言葉に聞き入る。
ふたりはこの短い時間でわかり合う。
何千時間も語り合った友人のような気持ちを互いに抱くことが出来るようになった。あるいはそれはリヒトという存在があってのことかもしれないが、アリアとエレンはリヒトの次に大切な存在を得ることが出来たのだ。
絆が芽生えたふたりの少女。
人は誰かのために戦うとき、その力を何倍にもするときがある。
先日、リヒトが悪魔に打ち勝てたのはその力のお陰だった。
彼の妹であるエレンも同じ性質を持っていた。
アリアのために剣を振るうとき、その力を何倍にもするのだ。
エレンは舞うように剣を振るうと、襲撃軍をなぎ倒していった。
このままエレンが制するかと思われた戦場であったが、そこに不穏な影が。
その影の本体を見つめるエレン。
そこにいたのは、剣爛武闘祭に出場しているはずの人物であった――。




