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システィーナ戦

 準々決勝を制すことが出来れば次は準決勝である。

 準決勝の相手はシスティーナ・バルムンクとひょろひょろの眼鏡魔術師だった。

 ひょろひょろの眼鏡の名はゲッツという。下等生(レッサー)に甘んじていることもからも分かるとおり、魔術の才能はない。知能が劣悪なわけではないが、攻撃魔法が苦手なのだ。

 つまり戦力としては皆無で、実質、システィーナの武力のみで勝ち上がってきたデュオといえるだろう。

 兄妹ともに最強である我がデュオとは対極であるが、準決勝当日、システィーナはこのような提案をしてきた。

「恥を忍んでお願いするが、明日の試合、あたしとリヒト、一対一で勝負を決めたい。妹御は介入しないでいただきたい」

 その提案に対する妹の回答は、

「まあ、なんて図々しい人でしょう」

 だった。

 怒るというよりも呆れると評したほうが適切か。

 ただ、俺がそれを受け入れることも知っているようで、その提案を拒絶することはなかった。

「リヒト兄上様は優しい上に、頑固だから私がなにを言っても無駄です」

 ため息を放つ妹。さすが付き合いが長いだけはある。俺はシスティーナの提案を受け入れるつもりだった。

 奇妙な縁であるが、何度も決闘を重ねることによって彼女と絆が深まりつつあった。彼女はバルムンクの娘であるが、妙に馬が合うのだ。

 騎士道精神にあふれるというか、曲がったことが嫌いなところなどは好感が持てる。

 それに俺は彼女の新たな力に気がついていた。

 背中にくくりつける大剣が変わっていたことに気がついたのだ。

(……あれは神剣だな)

 存在感あふれるオーラ、神々しい雰囲気、俺の腰にある聖剣と魔剣に酷似した魔力を解き放っている。

 魔剣グラムも即座にそのことに気がつく。

『あれはエッケザックスだな』

「エッケザックス?」

『巨人殺しの巨人殺しと銘打たれている神剣だ。聖剣に分類される」 

「ほう、そうなのか。厄介だな」

『台詞と表情が真逆だぞ』

 どうやら俺はにたついているようで。

『まったく、剣士というやつは度しがたいな。ライバルがパワーアップすると喜ぶのだから』

「まあな」

『あの娘はおまえの主の政敵の娘なのだろう』

「だな。しかし、悪い娘とは思えない」

 救いがたい男だ、グラムはそのように纏めると、以後、口を挟むことはなかった。魔剣グラムも武人的素養を持っている。エッケザックスを見て高ぶっていることは柄を通して伝わっていた。要はお互い様なのだ。


 準決勝当日、俺とシスティーナは一騎打ちをおこなう。

 剣爛武闘祭は舞台の上から落ちれば失格であるから、エレンが先に飛び降りる。次いでひょろ眼鏡のゲッツが飛び降りる。

 これでふたりきりとなったわけであるが、システィーナと俺は彼ら彼女らに感謝しつつ、言葉を交わす。

「この大剣は我がバルムンク家の家宝のひとつだ」

「いったい、何本の神剣があるんだ」

「さてね、まあ、歴史が古い家系だからな」

「他人事のようだな」

「あたしは落とし子だ。神剣は継承できない。一振りだけでもほしいとは思っているが」

「夢が叶ったじゃないか」

「願ったり叶ったり――ではないかな。この剣は預かり物だ」

「一時所有ってことか」

「ああ、しかしおまえを倒し、魔剣グラムを取り返せばこの巨人殺しの神剣を拝領できるかもしれない。場合によっては幼き頃から憧れ続けてきた魔剣グラムが我が手に……」

「それではこの魔剣グラムをかけて正式な決闘を申し込む、ということでいいかな」

「ああ、頼む」

「神剣を賭けた決闘で負けた場合、負けたほうは神剣を差し出すといういにしえの掟を知っているか?」

「無論だとも。このような衆人環視の中だ。負ければ素直にこのエッケザックスを渡す」

「いいだろう。俺も負ければこの魔剣グラムを返却しよう」

 グラムの鞘を掴み、ぐいっと突き出す。彼女は物欲しそうにグラムを見る。大剣使いであるが、グラムにひとかたならぬ思い入れがあるようだ。システィーナもグラムもなにも語らないので詳細は不明であるが。

「……まあいい。どちらしても負けるわけにはいかないからな」

 この剣爛武闘祭で負ければ姫様の政治的立場は悪くなる。バルムンク派に対抗するどころか、姫様を支持するものがゼロになってしまうかもしれない。

 それに妹の人生も掛かっているので負けることは許されなかった。

 会場から俺を見つめる妹、それに級友のクリードを見る。

「あいつの昼飯代も掛かっているしな」

 自重気味に笑うとそのまま魔剣グラムを腰に伸ばし、抜刀術の体勢を整える。

 グラム自身、抜刀術が得意な剣ということもあるが、この剣に思い入れを持つシスティーナを倒すにはこの剣がふさわしいと思ったのだ。己が求める剣に負けたのであれば、諦めもつくというものである。

 それにエッケザックスのような大剣を相手にするには剛剣であるティルフィングよりも柔剣であるグラムのほうが相性がいいような気がした。

 勝利の確率を高めるという意味でもこちらのほうが適切に思われる。

 全神経を集中し、抜刀の瞬間を待つ。

 システィーナが斬り掛かってきた瞬間に抜刀術を放つ。

 初回の対戦はここから火花を浴びせ、勝負を決めたが、システィーナのような傑物に同じ手は二度と通じない。そもそも火の粉を発することが出来なかった。

 システィーナの新たな得物、エッケザックスは軽石のように軽いのだ。大剣とは思えぬ速度、角度で切り込んでくる。

 抜刀術で先手を取ったつもりが、返す刀で斬撃を喰らいそうになる俺。もしも斬撃を受けたら俺は道化と呼ばれるようになるが、刹那の判断で上半身をひねり、なんとか斬撃をかわす。

「なんて神剣だ。その質量でそんな動きをするなんて」

「この神剣は所有者にとんでもない膂力を与える」

「元々馬鹿力な上に神剣の加護か」

「そうだ。一〇〇パワーに一〇〇パワーで二〇〇パワー、いつもの二倍大きく振りかぶって四〇〇パワー、さらにいつもの三倍大きく飛躍すれば――」

 システィーナの足が大地から離れる。

 彼女の影がどんどん小さくなっていくと、太陽を塞ぐ、その瞬間、縦回転をしながら突進をしてくる。

 風車のように襲い掛かる大剣。

「これで一二〇〇パワーだ!」

 そのように言い放つと巨大な圧力が接近してくるが、彼女の言葉は正しい。俺のパワーを一〇〇〇だとすれば瞬間最大的とはいえ、俺を上回る力を持っているのだ。

 風車とハリネズミを合わせたかのような物体が、舞台の上を所狭しと走る。

 舞台を大いに傷つけるが、舞台を傷つけたら失格、などという決まりもなく、ただただ俺を追い詰めていく。

「あの一撃は厄介だな。それにしても目が回らないのだろうか」

『おかしなところに着目するのだな』

 魔剣グラムは苦笑する。

『余裕のある証拠だよ。勝利フラグってやつ。ま、リッヒーとの付き合いが短いラーグーには分からないだろうけどね』

 ティルが会話に割ってくる。

「そうでありたいとは思っているが、あの戦法、少々厄介なんだよな」

『攻守ともに隙がない。通常の戦場ならば距離を空けて相手の体力が尽きるのを待てばいいが、この狭い舞台だといつか必ず捕捉される』

「そういうことだ。こちらから仕掛けるしかないか」

『そこでワタシの出番!』

 てっててー! と自前サウンドを口にするティルフィング。

「なにか策があるのか?」

『そんなたいそうなものじゃないけど、最近、リッヒーはラーグーに頼りすぎ』「なにかと便利なもので」

『せっかく善悪の彼岸によって二刀流になったのだから、その長所を活かすべき』

「たしかにそうだ。グラムだけで片を付けるのは都合が良すぎたかな」

 しかし、と続ける。

「二刀流になったところでシスティーナの攻防一体の一撃に対抗できるかな」

 轟音とともに突っ込んでくるシスティーナをすんでの所で避ける。

 危うく攻撃を貰ってしまいそうになるが、その瞬間、「ぴっかーん!」という自前サウンドが聞こえる。

『リッヒー、リッヒー、すごいことに気がついちゃった』

「耳元で五月蠅い!」

『あ、そんなこと言っていいのかな。必勝の策がひらめいたのに』

「ほう。拝聴しようか」

『ただじゃやだ。愛してるティル、君が一番好きだ、って言ってくれないと教えない』

「愛しているティル、君が一番好きだ」

『やりぃ!」

 ティルの言葉に全面的に従ったのは別になんの感情も抱いていなかったのと、この小うるさい聖剣を黙らせる最良の策だと思ったからだ。

 しかし、ティルの発した策は案外的を射ていた。

『あのね、あのハリネズミ戦法の弱点は攻撃力が縦にしかないことだと思うんだよね。横には刃物が生えてない』

「たしかに」

『つまり、左右から同時に攻撃すれば倒せるってこと。そう、つまり、リヒトがノビノビの果実を食べて腕をノビールさせれば余裕で勝てるよ』

「…………」

 後半はなにかに影響されすぎであるが、前半は的を射ていた。システィーナの弱点は左右なのである。そこに同時攻撃を加えればあの攻防一体の技を打ち破れるだろう。

 しかし、言うは易し、行うは難しとはこのこと。人間の手足では左右同時に攻撃など出来ない。悩んでいるとグラムがこんな提案をしてくる。

『リヒトよ、知っているか? 神剣には帰巣本能があることを』

「帰巣本能?」

『己の主のもとに戻ろうとする意志を持っているのだ。無論、限界もあるが、視界に収まる程度の距離ならば自動的に鞘に戻ることも出来る。その際、意思の伝達ができればある程度挙動もコントロールできる』

「つまり遠隔操作も可能、ということか」

『そういうことだ。持ち主の意志力次第だが』

「俺はかつて義母の折檻で狼が群れる冬山にナイフ一本で捨て置かれたことがある。ナイフで狼から身を守り、動物を狩り毛皮で暖を取った。そのとき考えていたことはたったひとつだけだ」

『生きる、か』

「そのとおり。自分で言うのもなんだが、意志力のステータスは上限を振り切っていると思う」

『ならば信じよう。おまえの精神を』

 グラムがそのように言い放った瞬間、俺はグラムとティルフィングを投げつける。まっすぐにシスティーナのところに向かうが、システィーナの回転斬りとエッケザックスの前では無力だった。

 カキン、と跳ね返される。

 ティルフィングとグラムは左右にはじかれる。

 システィーナは、

「無駄、無駄、無駄、無駄、無駄、無駄!」

 と気勢を上げて飛び込んでくる。

 俺は短剣を抜き放つと、それで抵抗を試みる。

「前回はその短剣で後れを取ったが、同じ手は二度と通用しない!」

「だろうな。さすがにこの短剣で神剣に勝てるとは思っていない」

「ならば素直に負けを認めよ。防御障壁の上からとはいえ、この一撃を食らえば大怪我は免れない」

「だろうな。――まともに喰らえば、の話だが」

「なんだと」

 システィーナは回転切りで俺を切り裂こうとするが、俺は短剣の上から自前の防御障壁を重ね、抵抗を試みる。八層にもおよぶ防御障壁。通常の魔術師ならば破るのに数時間掛かるほどの強固なものであるが、システィーナはいとも簡単に破っていく。

「ぬるい! 神剣を手に入れたあたしの前ではパイ皮のようなもの」

 その言葉は事実だった。一枚のパイ側を剥ぐのに三秒と掛からない。このままでは一八秒後に俺は丸裸にされるだろう。

 しかし残り二枚となったとき、変化が訪れる。

 システィーナの左右から黒い影が飛びしてきたのだ。

 ライバルに初勝利! 浮かれていたわけではないが、高揚感に包まれていたシスティーナは一瞬だけ影に気がつくのに遅れた。

 それがそのまま彼女の敗因となる。


「ばびゅーん!」

「御免!」


 対照的な言葉を並べ、矢のような速度でシスティーナに横やりを入れたのは我が神剣たち、彼ら彼女はほぼ同時刻に攻撃を加える。

「な、真横から!? リヒトは遠隔操作もできるのか!?」

「らしいな。ぶっつけ本番だから不安だったが」

『リッヒーの才能と精神力をなめないでよね』

『我が主の意志力は最強にして不敗』

 神剣たちもそのように褒め称えると、そのままシスティーナの横腹に突き刺さる。バチッと防御障壁が発動する。もしもそれがなければ串刺しになっていたことだろう。ただ、防御障壁の上からでも大ダメージは免れない。

 システィーナの回転斬りは解かれ、エッケザックスは吹き飛ぶ。

 勝負ありであった。システィーナは気絶し、テンカウントによって敗北する。

 とんでもない攻防を目のあたりにし、言葉をあげるのも忘れていた観客たちが、言葉を取り戻す。歓声が周囲を包み込む。

 勝者を称える声が溢れるが、敗者に対しても尊敬の念を惜しまない観客。

 システィーナが意識を取り戻すと、再び拍手が巻き起こる。

 ふたりの名を叫ぶ観衆を背にシスティーナは敗北を認める台詞を発する。

「――あたしの負けだ。さすがは最強不敗の神剣使い」

「いや、今回も薄氷の勝利だよ。こいつの助言がなければ負けてた」

 えへへ、とティルは照れるが、彼女の声はシスティーナには届かない。

「いや、今のままでは何度やっても勝てないだろう。実力が天地だ。――さて、約束を果たさねば」

 そう言うとシスティーナはエッケザックスを差し出す。そういえば剣を賭けた決闘でもあったのだ。

 俺はしばしエッケザックスとシスティーナを交互に見つめると、エッケザックスを彼女に突き返す。

「これは君のものだ。俺には不要」

「なぜだ。おまえは勝負に勝ったのだぞ」

「だからだよ。その剣は俺に不要だ。それに俺は善悪の悲願によってふたつの剣を同時に操れるようになった。しかし、みっつは無理だ」

「エッケザックスが拒んだのか?」

「いや、違う。装備自体は可能だろう」

 俺は両手に剣を抜き放つ。

「物理的な問題だ。人間には手がふたつしかないんだ」

「あ……」

「そういうこと。まさか口にくわえるわけにはいかないし」

「エッケザックスを持て余す、ということか」

「ああ、俺の寮にはおまえの家のような立派な宝物庫はない」

 冗談を織り交ぜて神剣を突き返す。相手が気負わないようにとの配慮だが、システィーナは理解してくれたようだ。

「バルムンクは必ず約束を果たす。だからこの剣はあたしが預かる、ということにしておく」

「それでもいいさ」

「この大剣の膂力が必要になるときもくるだろう」

 そのように纏めると、医務室に向かうシスティーナを見送る。

 舞台から降りると妹が「リヒト兄上様」と抱きついてくる。俺の勝利を疑ってはいなかったようだが、まさかあのような苦戦をするとは思っておらず、心配していたようだ。

「お怪我はありませんか?」

 と、しきりに心配してくる。

 実はシスティーナの斬撃によって中指が折れていたのだが、それを伝える必要はないだろう。俺はひっそりと治癒魔法を自分に掛ける。

 決勝戦は明日。

 最高の状態で挑む予定であったが、さすがは伝統ある剣爛武闘祭、想像以上に手強い連中が参加していた。

「王立学院も捨てたものじゃないな」

 剣爛武闘祭デュオは中等部までしか参加できない。それにデュオを組めずに参加できなかったものも多いだろう。つまり上位の実力を秘めている連中は参加していない可能性もあるのだ。

「井の中の蛙大海を知らず、か」

 北部しか知らなかった俺であるが、さすがは王都、面白い連中は腐るほどいるようだ。

 姫様の護衛を天職だと思っている俺だが、学生というのも悪くはない、と思うようになっていた。

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