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神剣ティルフィング

 さて、このようにして実家と決別して旅立った訳であるが、荷物を背負うと違和感を覚える。いや、本当は背負う前に気が付いていたのだけど、あえて気が付かない振りをしていたというか……、俺の荷物の中に明らかに見慣れぬものが突き刺さっていた。


 それは我が家の武器庫にある神剣であった。


「……もしかしてこれってティルフィング……?」


 どこからどう見ても神剣ティルフィングのように見えるが、間違いであることを祈りながら抜いてみると、そこには懐かしい白刃が見える。陽光の下、まばゆいばかりに反射する光は実に美しい。


「おいおい、どうしてエスターク家の家宝が……」


 と思っていると、先ほどの妹の笑顔が思い出される。


「……あいつだな」


 別れ際、何かコソコソとしていると思ったら、こんな置き土産を仕込んでいた訳か。


「今頃、エスターク城は上を下への大騒ぎなんじゃないかな」


 思わず吐息が漏れ出る。


 賊が侵入した!と騒ぎまくる衛兵長の姿が目に浮かんだが、その想像は外れている、と誰かが教えてくれた。


『安心しなってリヒト。君の妹はそこまで馬鹿じゃない。ちゃんと偽物の神剣とすり替えてくれたから』


 それは助かる。と言いたいところだが、俺はすぐに身構える。こちらに気配を察知させずに近くで喋る人物が存在するなど、尋常ならざる事態だと思ったからだ。

 思わず腰の長剣に手が伸びるが、その声は『安心して』と言い張る。


「面妖な……、どこから声が聞こえるんだ……」


 気配を探るが、周囲には猫の子一匹なかった。

 耳を澄ませる。


 声の発生源は、荷物だった。さらに集中すると、どうやら神剣自体が音を発しているようで――。


「まさか、この神剣、喋れるのか?」


『ぴんぽーん! 大正解です』


 陽気な女の子の声だった。


「……妙に軽い性格だな」


『失敬な。ワタシは神剣ティルフィング。エスターク家に代々伝わる秘宝だぞ』


「君を最初に手にした人物は?」


『エスターク家の初代当主、ブラムス・フォン・エスターク』


「彼の母親の名は?」


『サマンサおばさま』

 

「……正解だ」


『ちなみにブラムスとワタシはまぶだち。あいつがまだ女の子のおっぱいも触ったこともない年齢のときから一緒に戦っているんだ。伝説ではこの国の建国に尽力した功臣ってことになってるけど、ほんとはね、すごい弱虫なんだ。仲間たちからは小便垂れのブラムスと呼ばれてた』


「ご先祖様の貴重な情報をありがとう」


『どういたしまして。始祖だからって立派な人物じゃないってことだね』


「妙にリアリティのある情報から察するに、この声の主がティルフィングであることは間違いなさそうだが、疑問がある。俺は子供の頃から君を見かけてきたが、君は今まで一度も喋らなかった。どうしてだ?」


『いやー、実はワタシは三年寝太郎でね。ずっと眠っていたんだ。そしたらあの娘、ええと、黒髪の綺麗な……」


「エレン」


『そう、エレンがワタシを持ち出してね。久しぶりに太陽光を浴びちゃった。そしたらセロトニンがドバドバ出て目覚めちゃったというわけ』


 そんなしょうもない理由で目覚めた上に、一体、何年寝ていたんだ、と突っ込みたくなるが、突っ込んだら負けのような気がするので、ティルフィングを掴む。


『お、大胆だね。しかもワイルド。そういうの嫌いじゃないよ。わくわくどきどき』


 そう茶化す神剣だが、俺がきた道を戻ろうとしていることに気が付いた彼女(?)は大声で叫ぶ。


『う、うぉ、リヒト。まさか君は、ワタシをエスターク城に戻そうとしている?』


「そのまさかだよ。俺は落とし子だが、犯罪者じゃない。泥棒はしない」


『ちょ、ちょい待ち! これは泥棒じゃないよ』


「盗っ人猛々しいという言葉、知っているかな」


『こちとら無機物。知ってるわけないじゃん。でもね、ワタシの所有者が君だけってことは知っている。たしかにワタシはエスターク家の武器庫に安置されていたけど、埃をかぶっていたでしょ? この数百年、ワタシを使いこなせるものがいなかったからだよ。そんな中、君は平然とワタシを抜き放ったんだ。要は君ならばワタシを使いこなせる。イコール所有者ってわけ』


「でも、盗みには変わらない」


『剣自体が良いって言ってるんだからいいじゃん! まったくもう、リヒトは据え膳食わぬは男の恥って言葉知らないの?』


「無機物のくせにどうしようもない言葉を知ってるんだな」


『そうだよ。それに今、この剣を返しに行ったら、大変なことになるよ。リヒトは実家と一悶着起こして旅立ったんでしょう? 今度はそのまま牢に入れられるか、討伐軍を起こされるよ』


「――一理あるな」


 意地悪な義理の母、それに彼女の血を色濃く引く長兄と次兄の顔が浮かぶ。


「……ここは穏当に片付けた方がいいか。今度エレンと出会った時にそっと返しておくか」


『やりぃ、さっすが、ワタシのマスター」


 ゆあ、まい、ろーど、と異国の言葉で俺を称揚する神剣を腰に装着すると、街道を進むことにした。


『ねえねえ、目的地はあるの?』


「ある。北のほうに大きな街がある。そこに冒険者ギルドがあるらしいから、そこに登録したい」


『おお、冒険者になるのか。そりゃ、すごい』


「稼ぎはよくないだろうけど、取りあえず手に職を付けないと」


『堅実だねえ。お嫁さんのなり手が列を成すと思うよ』


「女に興味ない」


 そう断言すると、そのまま北へ向かった。




 

 数キロほど歩くと、宿場町が見えてくる。


『あれが例の街?』


 神剣ティルフィングは尋ねてくるが、そんなにも早く到着するわけがない。


「あれは途中にあるただの宿場町」


『なんか、美味しい匂いが漂ってくるけど、泊まっていかないの?』


 たしかに肉を焼くような香ばしい匂いがする。大通りに屋台が出ているようだ。


そこから漂ってくるのだろうが、無機質の神剣のくせになんて鼻が利くのだろうか。


 俺は一瞬、その宿場町をスルーしようかと思ったが、やめる。


 大通りの出店で串焼きを一人前購入すると、情報を収集することにした。腰の神剣は串焼きをねだらない。この辺は無機質らしいと思った。


 ただ、自分の意見が採用されたことが嬉しいらしい。


『やりぃ! ワタシはリヒトの軍師だ!』


 と騒いでいる。ちなみに腹が減ったから注文したのではない。店主から情報を仕入れるために金を支払ったに過ぎない。


 串焼きを受け取ると、美味いと世辞を言い。どこから仕入れているのか尋ねる。なんでもこの辺は鶏の飼育が盛んなようだ。その後、世間話をしながら、北の街の様子を尋ねる。


「なんだ、兄さん、北の街へ行くのか」


「この辺だと、そこにしか冒険者ギルドはないと聞いたものですから」


「冒険者志望か。たしかにこの辺だとあそこくらいしかギルドはないかねえ。なんせ、田舎だしな」

 

 と笑う。


「エスターク家の施政が万全ならばもっと栄えているのでしょうがね」


 軽く皮肉を言うと、店主は違いない、と笑ってくれる。


「まあ、エスターク家は暴君ではないし、税金の取り立てもそんなに厳しくない。総合的には良い領主様だよ」


 店主は軽くフォローすると、北の街の情報をさらに教えてくれる。


「たしかに北の街はこの辺じゃ一番栄えているが、街へ続く道が今、閉鎖されていてね」


「へえ、なぜなのですか?」


「この前、大雨が降っただろう。あのときに橋が流されちまったのさ」


「ああ、あの雨で」


「そう、だから今は迂回しないといけないはず。ここから北西にある宿場町に行けば迂回路に詳しいやつもいると思うぜ」


 貴重な情報だったので礼を言うと、さらにもう一本、串焼きを注文した。


「まいどあり!」


 店主は愛想一杯の表情を浮かべると、二本目の串焼きを焼いてくれた。


『まいどありー!』


 と復唱する神剣。小うるさいが、こいつがいれば退屈だけはしなそうであった。


 昔読んだ冒険譚では、ティルフィングのような『道化』が付き添い、主人公たちを励まし、笑わせ、陽気にさせてくれた。道化の名前はなんといったか忘れてしまったが、こいつは最強の武器としてだけではなく、そういった役割を担っているのかもしれない。


 ――過大評価かも知れないが、そう思うことにした。

「面白かった」

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― 新着の感想 ―
[良い点] 無機物なのに、セロトニンが出るて おかしく無いか?
[一言] 妹泣かせても何も感じてないやれやれ系主人公にうざがらみインテリジェンスソードとか組み合わせやべえな
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