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トーナメント二日目

 剣爛武闘祭決勝トーナメント二日目。

 武闘祭は放課後、行われる。

 学院の正式な行事ではあるが、勉学の邪魔にならないように、との配慮である。

 トーナメント制なので、あと二日ほどで全日程を終えるが、後夜祭でダンスを行うのはどのデュオであるか、学内の話題を独占していた。


「そりゃ、最強の下等生(レッサー)と次期十傑候補のエレンのデュオだろう」

「予選もすごかったし、トーナメント緒戦でも無双してたしな」

「兄妹ってのもポイントが高い。連携力がすさまじい」

「萌えポイントでもあるよな」

「…………」


 評価急上昇中のエスタークデュオ。先日まで下等生(レッサー)と馬鹿にされていた身ゆえに素直に喜べないが、優勝候補筆頭に見られているようだ。

「おまえたちデュオの倍率は二倍を切ってるんだぜ」

 友人であるクリードがにやけ顔で語りかけてくる。

「オッズだよ、オッズ。ブックメイカーがおまえたちを優勝候補にしたんだ」

「まったく、不謹慎な連中だ」

「そういいなさんな。ちなみにおれはおまえたちに賭けたぜ。もしもおまえたちが負けたらしばらく昼飯が貧相になる」

「成長期の友人に断食させるのは申し訳ないから頑張って優勝するが、以後、賭け事は禁止だ」

「はーい、せんせ」

 と戯けるクリード。しかし迷うことなく俺に賭けてくれたことは嬉しかった。エレンとアリアの人生も掛かっているので優勝することに迷いはない。

 授業が終わるとクリードとともに会場に向かう。妹は先にやってきて素振りをしていた。

「千二、千三、千四……」

 どうやら妹は早めにやってきていたようで、準備に余念がないようだ。

 偉いので頭を撫でてやる。

 骨抜きされたゴールデンレトリバーのようになる妹。しかし、準々決勝前なのですぐに表情を取り繕う。

「準々決勝の相手は十傑の氷炎使いです」

「クラスメイトだな」

「そのようですね。たしかアリアローゼ様に懸想されているのですよね」

「ああ、炎使いの男子のほうがお熱のほうだ」

「炎だけに、ですね」

「…………」

「ちなみに炎使いの名前はエンラッハ、氷使いはエンザードというそうです。双子のようですね」

「髪の色以外はそっくりだな」

 よっしゃー、と強気に会場入りするエンラッハとその影のように付き従うエンザード、炎は強気、氷は控えめ、分かりやすい性格だ。

「彼らは十傑入りしたばかりの新入りだそうです。十傑の下位にランクされますが、双子ということもあり、連携力はあなどれないはず」

「だな。我らエスターク兄妹を上回るかもしれない」

「その分は愛で補いあいましょう」

 腕を組んでくるエレン、そのまま舞台の上に上がろうとする。

 やれやれ、と妹にエスコートされる俺だが、エンラッハがその態度を見て怒りを燃やす。

「これだから下等生(レッサー)は。盛りの付いた犬と変わりがない」

 なんだと、とは返さない。三流ぽくなってしまうからだ。

 挑発に乗ってこない俺にいらだちを隠さないエンラッハは言葉を荒げる。

「おまえのような犬を護衛に持ったアリアローゼ様は不幸だ。この試合に勝ったら俺が王女の騎士の称号を貰う」

「なるほど、たしかに忠誠心は篤いようだ。おまえのような男ならば王女の騎士の位を譲ってもいいが、たぶん無理だ」

「なんだと、説明しろ、三下」

「おまえじゃ俺に勝てないからだよ、赤毛ちび」

 小柄な少年は赤毛を逆立てる。

「俺が一番気にしていることを言ったな、下等生(レッサー)

「背だけじゃなく、器も小さい男だな」

 それが宣戦布告の合図となった。

 審判が試合開始を宣言すると同時にエンラッハは己の剣に焔を宿し、斬撃を加えてくる。

「姫様とイチャイチャしてるだけでもむかつくのに、オレの身長をいじるとは気にくわねえ」

「イチャイチャなどしていないが。しかし、人の身体的特徴をいじるのはタチが悪いな。謝る」

 ――謝るが、これはすべて計算の上だった。開幕と同時にやつが斬撃を加えてくれるように仕向けたのだ。炎使いならば炎の一撃を加えてくるはず。そう見越して神剣に水魔法を付与していたのだ。

 炎には水、最初の一撃で剣をへし折り、勝負を決める。

 水魔法で強化した上、北部で習得した剣破壊技(ソード・ブレイカー)を打ち込むのだ。

 ソードブレイカーは北部で暮らしていたときに出会った旅の武芸者から習った必殺技である。

 世界中を放浪している伊達男。おそらく、剣技だけならば父にも匹敵する男から習った必殺技だった。

 その男は活人剣こそが究極の剣と信じており、人を殺さぬ技を極めるために旅をしているとのことだった。

 父に気に入られ、短い間ではあるが、エスタークの城に滞在し、子供たちに剣を教えてくれたのだ。

 伊達男の鍔広帽を懐かしく思うが、今は試合の最中、彼の人となりよりも技を思い出すべきであった。彼から習った活人剣のひとつ、ソードブレイカーを完璧に再現する。

「剣を斬るには角度が大事だ。どんな堅いものも切ってくれ、と言わんばかりの目がある」

 それを見つけ、垂直に剣を叩きつける。インパクトの瞬間、ひねりを加えるのだが、口で説明するのは簡単だが、百発百中で成功させるには何万回もの練習が必要であった。そして俺はそれをこなしてきた。

 ゆえに容易にエンラッハの炎剣を切り裂けるはずであったが、そこに横槍が。俺が剣を砕くと予見した少女が代わりに剣を受け止めたのだ。

 炎ではなく、氷が目の前に広がる。

 炎を砕く予定だった俺は面くらい後方に飛ぶ。横槍を入れられたエンラッハも同様だった。相棒に文句を言う。

「エルザード、なにをする。こいつは俺の獲物だと言っただろう」

 それに対する反応は冷ややかで簡潔だった。

「馬鹿。相手の実力も分からないの?」

「なんだと」

「あの一撃を受けていれば剣を打ち砕かれていた。あれは活人剣の一種、ソードブレイカーよ」

「な、そんな高難度の技をこんな下等生(レッサー)が」

「いい加減、目を覚ましなさい、エンラッハ。恋に狂った色眼鏡で相手を見ていれば不覚を取るわ。あなたはこの男を倒したいのでしょう。ならば正確に相手の実力を察して、相応の戦い方をしなさい」

「…………」

 双子の姉の言葉に感じ入ったエンラッハは冷静な表情を作る。

「……そうだったぜ。そうだ。炎のように熱く、氷のように冷静に。それがオレたち姉弟の信条」

「そういうこと」

 エンラッハの回答に満足した姉はにこりと微笑む。

 以後、彼らの動きは見違えるようによくなった。双子独特の連携力で詰め寄ってくる。

「っち、やりにくい」

 やつらの剣撃と氷炎魔法をかわしながらエレンと相談する。

「イノシシ討伐に失敗した。このままでも負けないとは思うが、決め手もない。なにかいい策はないかな?」

「熱いベーゼでパワーアップするというのは?」

「おまえはともかく、俺は脱力するよ」

「ならばもう一度、水の太刀をエンラッハに」

「同じことになる。炎で水を消せるが、氷に邪魔される」

 先ほどの一撃で霜が付いた神剣を見る。ティルは『へっくし』とくしゃみをする。

「同じように行動すればそうなりますが、次は私も同時に攻撃します」

 妹のエレンはエスタークの宝剣に炎を宿す。

「なるほど、デュオの利点を活かすのか。悪くない」

「問題なのはあの姉のほうが感づいているということです。警戒しています」

「その警戒の上から相手を上回ればいい。俺には秘策がある安心しろ」

「さすがはリヒト兄上様です。それでは次に交差するときに決めますよ」

 妹はそう言うとジグザグに動き始める。相手のターゲットをずらし、姉弟の距離を微妙に開ける腹づもりのようだ。さすがは我が妹、この辺は如才ない。

 氷使いの姉は即座に意図を察したが、エレンの動きが巧妙過ぎたのと、弟の炎使いが馬鹿過ぎた。最適の距離を取ることに成功する。

 それを見た瞬間、俺は自分の策の成功を確信する。

「エルラッハ、あなたという子はどうしてこう――」

 姉は呆れるが、怒りは覚えていないようだ。どこまでも慈しみを感じる。

 弟は相変わらずのやんちゃだった。

「姉さんはなにを言っているんだ。オレたちの勝ちだ。今、最強の一撃を加えるぜ」

焔術式紅蓮の太刀。それがエルラッハ最強の技であるようだ。火山の噴火口に立っているかのような威圧感を感じる。その威力はすさまじく、もしもまともに食らえば俺は灰になっていたことだろう。――まともに喰らえばの話だが。

 俺はやつの剣を破壊すべく、水の太刀のソードブレイクを放つ。

 やつは水の魔法さえ蒸発させる腹づもりのようだが、そうはいかない俺の魔法剣はやつの上位を行く。

 流れる滝のような一撃がやつの剣に迫るが、やはりやつの姉はただものではなかった。エレンの攻撃を振り払いしゃしゃり出てくる。

「エルラッハはやらせない。――大切な人だから」

 大切な〝弟〟ではないところが気になったが、今はそのようなことを詮索している暇はなかった。このままでは先ほどと同じ結末が待っている。水の太刀が凍らされる結末だ。同じようなことを繰り返せば芸がないし、敗北に繋がってしまう可能性もある。

 俺は容赦なく策を実行した。

 策と言っても単純なもので、ティルフィングの水の太刀がエルザードの氷によって防がれた瞬間、左手のグラムを抜き放つだけだ。

 あらかじめ炎の魔法を付与しておいたグラムは烈火の抜刀術を放つ。

 炎の稜線が空を裂く、炎の線がエルザードの剣に襲い掛かるが、彼女も見事なもの、完璧にその一撃を受けきった。

 ――だが、氷は炎に弱いもの。

 エルザードの氷の剣が飴細工のように溶けていく。

 炎の魔法とソードブレイクを合わせた必殺技は、特待生(エルダー)十傑の剣すら破壊するのだ。

 驚愕の表情でその一撃を見つめるエルザード、もはやここまでと観念しているようだ。俺は容赦なく彼女の剣をへし折ると、魔剣グラムを彼女の首もと数センチで止めた。

「……慈悲なの?」

「ああ、防御障壁があるとはいえ首に一撃を与えればただじゃ済まないからな」

「なんて甘い。そんなことでこの武闘祭を勝ち抜けると思っているの?」

「甘かろうが、辛かろうが、勝ち抜くしか選択肢がなくてね。でも、君はこれ以上抗戦せずに降参してくれると思っているのだが」

「私は恥という言葉を知っている。ここまで実力差を見せられたら負けを認めるわ。でも、弟が……」

「弟には甘いんだな。降伏勧告してくれると助かるんだが」

「無駄かも、弟は血気盛んだから……」

 申し訳なさそうに言うエルザード、共闘して抵抗を続けられるよりましだと思った俺は、エルラッハの姿を探すが、彼はいつの間にかエレンと交戦していた。

 焔術式紅蓮の太刀をエレンに解き放とうとしている。

「まずいわ。あの一撃を食らえばあなたの妹はただじゃ済まない」

「だろうな。あの技の攻撃力は特待生(エルダー)でも堪えられないだろう」

「ごめんなさい。これで一対一になってしまうわね。弟もあなたには勝てないとは思うけど、勝負が付かないと収まりが付かない性格だから」

「ご心配は痛み入るし、やんちゃな弟の世話は大変だと思うが、それは杞憂だ」

「どういうこと?」

「あいつはああ見えて俺の妹なんだ。悪いが十傑の下位に甘んじている君らでは勝てない」

 俺の言葉を証明するかのように妹は流麗な動きをする。

 焔術式紅蓮の太刀が解き放たれたのを確認すると、それを受けることなく、避けることもなかった。

 ただ〝利用〟したのだ。

 宝剣を炎の剣に付けると、そこから焔を吸収し始めるエレン。

「な、あれは!?」

「あれは伊達男師匠からならった活人剣のひとつ、相克同心剣」

「相克同心剣?」

「そうだ。相手の必殺技をそっくりそのまま相手に返すのさ」

「そんな技が」

「妹の得意技だ。一度相手の技を見なければいけないこと。それに相手の必殺技に触れなければいけなければいけないが、相手と同じ威力の必殺技を瞬時にコピーできる」

「すごい」

「もっと褒めてくれ。自慢の妹なんだ」

「でも、威力はコピーできても経験までは補えないはず。弟は焔術式紅蓮の太刀を何度も解き放っている。初めて放つ娘に負けるとは思えない」

「なるほど、道理だ。しかし、その点は問題ない」

「根拠はあるの?」

「あるさ。妹は〝天才〟だ」

 剣術は後の先を極めよ、が基本であったが、真の実力者は後の後の動きを取っても相手を圧倒できるもの。俺の父親であるテシウス・フォン・エスタークがそうであるように、その娘であるエレンもまた〝天才〟だった。

 相手よりも遅れた動作、さらに初めての技を解き放つというのに、エレンはまったく後れを取らなかった。いや、それどころか相手よりも早く、鋭い一撃を放つ。


「「焔術式紅蓮の太刀」」

 

 赤毛の少年と黒髪の少女が同時に放つ言葉であるが、着弾は黒髪の少女のほうが早かった。コンマ数秒であるが、達人同士の戦いではそれが決定的な差となって現れる。

 焔術式紅蓮の太刀、その威力はすさまじく、まともに受けたエルラッハの顔は苦痛にゆがむ。ボキボキ、あばらが三本、鎖骨が一本、折れる音が木霊する。

 小さな身体が数十メートルほど吹き飛ぶ。

 そのまま会場端にある壁に激突しそうになるが、それは避けられる。予期していた俺が後方に回り込み、その身体を受け止めたからだ。

 魔法によって衝撃を緩和し、打撃ダメージは防いだが、炎による熱ダメージは避けられない。エルラッハは気絶していた。

 しかし、気絶してくれて助かったかもしれない。この戦意旺盛な若者は意識を絶たない限り、戦闘を継続することだろう。

 姉もそれを分かっているらしく、例の言葉で締めくくってくれた。

「ありがとう。弟を助けてくれて。それに上には上がいると改めて教えてもらったわ」

「俺たちも世間には思わぬ強敵もいると教わった、自分たちよりも連携力に優れるものもいることもな」

 俺は姉と握手を行うと、互いの健闘を称え合った。

 スポーツマン精神にあふれる行動に会場から拍手が漏れ出るが、妹は気に入らないようで頬を膨らませる。

「リヒト兄上様、女性に触れないでください」

「握手も駄目なのか」

 吐息を漏らすが、準々決勝勝利の立役者様を無碍にすることは出来ない。適当なところで握手を切り上げ、舞台を降りる。

 歓声と喝采に包まれながら、俺たち兄妹は寮へと戻っていった。


 そんな兄妹を見つめるのは禿頭の執事。

「さすがはエスターク伯爵の子供、どちらもあなどれない」

 兄のほうは最強にして不敗であると認知していたが、その妹もなかなかどうして強かった。

「あのふたりが組めばバルムンク家の脅威になるやもしれない」

 そのように感じたが、それでも執事には余裕があった。

 バルムンク家の勢力はこの国の最大勢力であったし、その当主はこの国でも有数の魔法剣士なのだ。負ける要素などどこにもなかった。

 それに執事は無為無策ではない。

 すでに対処をしていたのだ。

「バルムンク家が用意した二段構えの策、乗り越えることができるかな?」

 不敵な笑みを漏らす執事。

 一段目の策は主バルムンクが用意したものだ。究極生物兵器をけしかける単純なものであった。

 しかし、もうひとつ目の策は搦め手であった。主、バルムンクの意向に背くものである。しかし、執事は気にせず実行する。

「バルムンク家にあだなすものはこのハンスが必ず倒す。それによってランセル様に不興をかっても仕方ないこと」

 それがバルムンク家に執事の矜恃であった。


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