システィーナの回想
システィーナ・バルムンクはランセル・フォン・バルムンクの娘である。
フォンの名を冠していないのは非嫡出子だからだ。
彼女は落とし子といわれる存在で、妻以外の女性から生まれた存在である。
システィーナは母の名前すら知らない。
彼女はシスティーナが生まれたときに死亡したのだ。以後、炭焼き小屋の夫婦に引き取られた。
父はシスティーナの存在を知っていたが、引き取る意志はなかった。
最低限の生活費を炭焼き小屋の夫婦に渡すだけだったという。
非嫡出子であるシスティーナに愛着が沸かなかった、ということではないらしい。なぜならばバルムンクは嫡出子すら愛していなかった。
後継者となる嫡出子たちには湯水のように金を使い、不自由はさせていなかったが、一片の愛情も持っていなかった。それを証拠に剣の達人であるバルムンクは息子たちに一度も剣の稽古を付けたことがない。才能があれば馬糞取りの少年にも剣の手ほどきをする男が、である。
朝食も、昼食も、夕食ですら一緒にすることはない。
幼き頃に息子たちの才能を見限って以来、バルムンクは息子たちをバルムンク家の血統を後世に残す手駒としか見なくなったのだ。
そんな父であるが、システィーナは彼のことを尊敬していた。
ラトクルス王国繁栄のため、深夜まで書類仕事に没頭する父。
剣の道にも優れ、鍛錬を欠かさぬ父。
この世界のありように疑問を持ち、よりよき方向に導こうとする父。
どの姿を切ってとっても尊敬の気持ちしかわかない。
システィーナはそんな父を敬愛していた。彼に認められようと躍起になっていた。だから養父母が止めるにもかかわらず、毎晩毎朝、剣の稽古に明け暮れた。
女の子がそんな物騒なものを振り回すのはよくないと叱られながら、鍛練を積んでいった。
実際、システィーナには才能がなかった。
バルムンクの娘にも関わらずその体内に魔素がほとんど含まれていなかったのである。
養父は言う。
「おまえはバルムンク的ではない。だから見捨てられたのだ。しかし、私はおまえを実の娘のように思っている。おまえに普通の人生を歩んでほしいと思っている」
母も似たようなことを何度も言った。
しかし、システィーナはバルムンクでありたかった。
バルムンク的な生き方を欲していた。
父の役に立って死にたいと思ったのだ。
だから才能がないにも関わらず鍛錬を続けた。
血豆が握り潰れるほどの修練を重ねると、ある日、父の馬車の前に飛びだした。
父には無数の護衛がいた。
血相を変えて飛び出してきた幼女も容赦なく取り押さえようとしたが、父は娘の瞳に確かな意志を見いだすと、拘束を解かせた。
「おまえはおれの落とし子だな」
「はい。父上が末娘でございます」
「昔、情を掛けた女に産ませた子だ」
「はい。母に代わって御礼申し上げます」
「なんの用があってやってきた」
「どうかあたしを父上の家臣にお取り立てください。この剣で必ず役に立って見せます」
「その剣だと?」
バルムンクの護衛は疑問を呈す。システィーナは剣を帯びていなかった。
「養父母は剣を嫌います。だからこれで練習をしていました」
そう言うとシスティーナは後方においていた大木を指さす。
「なんだ、その丸太は。そのような小さな身体で振り回すことなど無理に決まっているだろう」
嘲笑する護衛、しかし、父の表情は真剣だった。父は寡黙に一言だけ発する。
「やれ」
と。
父は忙しい人間だ。武芸を披露するチャンスは一度だけ、これを逃せば二度とバルムンクになれないだろう。そう思ったシスティーナは全身の力を込め、大きな丸太を持ち上げた。
無様な格好だった。がに股で汗まみれ土まみれ、貴族の令嬢らしさは皆無。およそバルムンク的でなかったが、周囲の護衛は驚愕した。絶対に持ち上げられないと思っていたのだろう。
ざわめきに包まれるが、父は甘い人間ではない。
「持ち上げるだけならば力自慢の大道芸人でもできるぞ」
「御意」
当然だと思ったシスティーナは持ち上げた丸太を振り下ろす。
そこにあった岩を粉砕する。
岩を破壊するなど魔法剣士には朝飯前であるが、魔力を持たぬ幼女が岩を破壊するのは特筆すべきことであった。護衛たちは息を飲み、システィーナの中にバルムンクの片鱗を見た。
父はその姿を見て、納得するでもなく、ただ一言いった。
「この娘にドレスを着せてやれ。落とし子とはいえバルムンクだ」
その一言によってシスティーナはバルムンクとなった。
システィーナはこの世に生まれてから一番の感謝を神に捧げた。
システィーナは幸福に包まれながら目覚める。
バルムンクになった日を夢に見たからだ。
「何度夢見ても至福のときだ」
悦に浸りながらメイドに服を着替えさせるが、その途中でとんでもない報告を聞く。
「旦那様がお嬢様に剣を一振り届けろと」
正式な落とし子になって以来、物質的な不自由はしてこなかったシスティーナ、ゆえに気まぐれで新しい大剣でも下賜してくださるのだろう、と思ったが違った。父親のプレゼントは想像の上をいったのだ。
「こ、これは!?」
メイドが数人がかりで持ってきたそれは、
〝神剣〟
だった。
「これはエッケザックス……」
かつて神話の巨人が持っていたと言われる大剣、巨人殺しの巨人殺しと謳われる聖なる剣だった。
この剣を握りしめたものは巨人に勝る膂力を手に入れるという。
「これはバルムンク家伝来の神剣のひとつ。……父上はこれを落とし子のあたしにくださるというのか」
「いえ、それは違います」
メイドは即座に否定する。
「これは一時的に貸すものだとおっしゃっていました。近くその剣の正当な所有者が現れる。そのものにそれを渡せ、と言付けを承っています」
「そうなのか……」
残念さを隠さないシスティーナ。
「おまえは残念に思うだろうが、この使命は誰に果たせるものでもない、と旦那様はおっしゃっていました」
「そうなのか?」
少しだけ嬉しくなるシスティーナ。
「はい。その剣の真の所有者はバルムンク家の敵。さる事情でそのものに塩を送っているが、いつか討ち果たさねばならない、とおっしゃっておりました」
「なにやら複雑だな」
「そうですね。バルムンク様には深慮遠謀があるのでしょうが」
「脳筋のあたしには分からぬ。ただ、父上のお言葉に従うのみ」
そう言うとエッケザックスを抜き放つ。
細身のシスティーナに力がみなぎる。
今ならば山すら動かせそうな気がした。
巨人殺しの巨人は噂に違わぬ神威を持っていた。
一方、その頃、同じ年頃の銀髪の少女は危機感を覚えていた。
アリアローゼ・フォン・ラトクルスは固有の武力を持ち合わせていなかったが、とても優れた観察眼を持っていた。
「私は卵を産むことをできないが、雌鶏の善し悪しを見分けられる」
何代か前のラトクルス国王が言った言葉である。彼は文化的な王として知られ、芸術の守護者であったが、自身は絵筆も取らず、楽器も弾かない。しかし、芸術家の才能を見いだす力は誰よりも長けていた。
アリアもその王のような目を持ちたいと願っていた。
芸術に関することではなく、信を置く人物を見極める力がほしいのだ。
もっかのところ、その目は養われつつあったが、最も頼りとすべき騎士が窮地に立たされているのである。
王女の騎士リヒトに強敵が迫っているのだ。
剣爛武闘祭デュオに参加した人造人間、名前はアダムスとイブリア。
武闘祭前はまったく注目されなかった生徒であるが、武闘祭決勝トーナメントに一回戦で一躍注目の的となった。
人造人間らしい戦い方で敵を圧倒したのだ。この学院には非人間も何名か通っているが、彼らのように戦闘に特化したタイプは珍しいかもしれない。
あのような強敵が潜んでいようとは夢にも思っていなかった。
このまま順当に行けばリヒトと決勝で戦うことになるだろう。
リヒトは神剣に選ばれしものであったが、人の子である。人外の力を持つ人造人間に苦戦するかもしれない。
いや、するだろう。
しかもそれだけでなく、リヒトの命が危ういかもしれない。
政敵バルムンクの顔が浮かぶ。
ラトクルス王国の財務大臣、この国の最大権力者。病気がちの父王に代わり、この国の内政を取り締まる男。
彼は王選定者としてこの国の権力を掌握するつもりだった。軍部さえ掌握し、なにか遠大な計画を成就させようとしているのだ。
ラトクルス王国による世界征服を目指すのか、彼の思想に教化したいのか、それは定かではないが、彼がこの国を支配するようになれば、多くの人死にが出るだろう。それだけは避けたかった。
「バルムンク侯の野望を阻止するには、リヒト様の力が必要不可欠。しかし、今のリヒトさまでは人造人間に勝てない」
アリアローゼは鈍い娘ではない。人造人間がバルムンクの手先だと直感し、マリーに調査をさせていた。人造人間の生徒ふたりの学費は、バルムンクが運営する慈善団体から出されており、バルムンクが所長を務めていた薬学研究所の研究員が足繁く彼らのもとへ通っていた。
バルムンク自身、彼らとの関係を隠すつもりはないようだ。
マリーが報告してくれた言葉を思い出す。
「究極生物兵器……」
人造人間を調査するにあたり、浮上した言葉である。
どうやらバルムンクは剣爛武闘祭を究極生物兵器の実験台にしたいようだ。
そこまでは推察できるのだが、人造人間自体が究極生物兵器なのだろうか。
彼らの実力は脅威であるが、戦場を支配できる〝暴力性〟は今のところ感じない。それに〝あの〟バルムンクこんなに簡単に尻尾をつかませるのもおかしいような気がした。
もうひとつ〝裏〟がありそうな気がした。
その裏がなんであるか、分からないが、アリアとしはバルムンクに対抗する力を得るだけであった。
アリアは究極生物兵器に抗するための力を探している。マリーに古い文献を探させているのだ。
先日、『善悪の彼岸』によってリヒトを強化させることに成功した。
通常、一本しか支配できないはずの神剣を二本同時に使用できるようにしたのだ。ふたりの少女の生命力を糧とし、究極の無属性魔法を放ったのだ。
それによってリヒトは最強不敗の力を手に入れたが、人ならざると戦うにはさらなる力が必要な気がした。
マリーの途中報告によれば、二天を極めし調停者はみっつの目の天を得る、という予言があるらしい。
言葉通りに解釈すれば三刀流になるということだろうか……。
口に刀をくわえた海賊を想起してしまうが、現実世界であれは可能なのだろうか。歯がガタガタになってしまいそうな気もするが……。
そのように詮無いことを考えていると、授業開始を告げる鐘の音が鳴った。




