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参加者たち

 テシウスの許しが出ると剣爛武闘祭参加拒否問題もなくなる。どうやら謎の権力が介入していたらしいが、詳細は分からない。

 こちらとしては参加できればどうでもいいので気にしないが。

 妹も同じらしく、ただただ喜びを全身で表現する。

「あの父上がリヒト兄上様との結婚の許可をくれるなんて!」

「……どうしてそうなる」

「え? お聞きになりませんでした? 魔法剣士科で花嫁修行をしろって言っていましたよ」

「今、おまえが言った通りだろう。将来、おまえは大貴族の嫁になるんだ」

「いやですわ。大貴族なんて皆、運動もせずに豚のように肥え太ってるだけ。その妻も脂肪吸引とエステにしか興味がない頭空っぽカップルです」

「ならば筋骨隆々の大貴族を探しなさい」

「いやです。兄上様以外とは結婚しません」

「脂肪吸引をしてエステにはまる人生のほうが幸せだと思うけどな」

 そのように返答すると肥え太らぬために鍛錬を始める。

 最初は参加する気がなかった武闘祭であるが、参加するからには優勝するつもりだった。負ければ妹が帰郷せねばならぬと思うと力も入る。しかし、妹は呑気なもので、

「兄上様とデュオならば負ける気がしません」

 と鍛錬に集中しない。朝の鍛錬には参加するが、寮から持ってきた弁当を広げ、ピクニック気分だ。

「兄上様、すごい。ご褒美にこのタコさんウィンナーをあげます」

 岩を砕くとそのことを褒め称え、俺にタコさんウィンナーをねじ込もうとする。悔しいので食べたくないが、美食家である俺はタコさんウィンナーの誘惑に打ち勝てなかった。

 しかし妹の態度は嘆かわしい。たしかに妹は一流の魔法剣士だ。入学したばかりとはいえ、その実力は学内でも屈指だろう。十傑とやらにも加わる資格があるほどの強さを誇る。

 ただ古来より慢心と油断を掛け合わせると敗北になると言われてきた。このような態度でいれば決勝はおろか、初戦で敗退することも考えられた。

 なんとか妹の蒙を啓けないか、そう思ったがある意味、妹のほうが正しいことを知る。

 剣爛武闘祭予選、妹の慢心と油断は余裕であることが判明する。

 剣爛武闘祭は王立学院の目玉イベント、そこで結果を残せば将来の成功は約束されたようなもの。およそ優勝のチャンスがないものもこぞって参加する。決勝トーナメントに駒を進めるだけで大変な栄誉なのだ。

 ゆえに毎回、数百人単位で生徒が参加する。予選を行い出場者を厳選するのだが、妹はその予選で信じられない強さを発揮する。

 予選は三二名ごとに分かれてのバトルロイヤルなのだが、妹はそれをひとりで勝ち抜くという。

「な!? 剣爛武闘祭デュオはふたりひと組なのですよ!」

 俺の横で寄り添うお姫様が心配の声をあげるが、妹は「ふん」と鼻を鳴らす。

「このようなぬるい連中にリヒト兄上様の手を煩わせる必要はありません」

 そのように宣言すると、有言実行する。

 妹は三二人の参加者を五分ほどで倒してしまったのだ。

 彼女は舞踊のような流麗な動きで三二の参加者を駆逐した。その姿は参加が禁じられている高等部の連中さえも嘆息するほどであった。


「な、なんだ、この中等部生徒は。去年、こんなやついたか」

「いないさ。なんでも先月入ってきたばかりの新入生らしい」

「僕たちが参加した年に入学して来なくてよかった。もしも参加していれば——」


 負けていた、高等部の見物人たちはあえてその先の言葉を口にしなかった。

 エレンもさしてきにする様子もなく、優雅な足取りで戻ってくる。俺の顔を見つめると、

「鍛錬、サボっていたわけじゃないこと、分かっていただけましたか? 体力を温存していただけなのです」

 と弁護する。

「それにしても見事なものだな。エスタークじゃ敵うものなしだったんじゃないか」

「いえ、まだ北部人のほうが歯応えがあります。王都の殿方はぬるい」

 狼とともに生きる北部人のほうが強い、と声高に主張しているわけだが、参加者も見物人も異論を挟むことはなかった。妹の強さはそれくらい図抜けていたのだ。

「リヒト様の妹さんはこんなに強かったのですね」

 目を丸くするアリア。マリーも驚愕する。

「あんたの妹、見た目によらず強いのね」

「ああ、北部の白百合と呼ばれていることもあるが、北部の鬼姫と呼ばれることもある」

「はあー、人は見た目によらないわ」

 マリーはありふれた感想を口にするが、我関せずといわんばかりに俺の腕を取ってきた。

「ささっ、本戦は明日です。明日に備えて英気を養いましょう」

 と俺を寮に連れて行こうとするが、その腕を振りほどく。

「早く終わったのなら、他の予選会場を視察したい」

「視察? なんのために?」

「決勝トーナメントで当たる連中を見ておきたい」

「兄上様は心配性過ぎませんか?」

「敵を知り、己を知れば百戦危うべからず」

 異世界のソンシの言葉を引用すると、妹は、

「そういった慎重で戦略家なところも大好きです。惚れ直しましたわ」

 と一緒に付いてきてくれた。

 姫様たちも付いてくるのが気に入らないようだが……。


 他の予選会場はまだ戦闘を継続していた。俺たちの組が最初に執り行われたということもあるが、それ以上にエレンの手際が良すぎたのだ。もしも彼女が戦場に立てばどれほどの戦果を上げることだろう。

 右隣で行われていた予選会に目を通す。

 そこには見知った人物がいた。

「システィーナ様ですね」

 その人物の名を口にしたのは彼女の父親の政敵であるアリアローゼ。

「ああ、この手の大会に興味がないと思っていたが」

「たぶん、あんたと戦いたかったんでしょう」

 マリーがシスティーナの気持ちを代弁する。

「決闘でボコボコにされ続けてるからね。ここらでリベンジしたいんっしょ」

「だろうな。戦うごとに強くなっているから要注意だな」

「しかしまあ、参加するのは予想できたけど、よく相棒(パートナー)を見つけたわね」

 失礼なことを言うメイドさんであったが、実は同様の感想を持っていた。なのでシスティーナの相棒を観察してしまう。

 システィーナの相棒は線の細い魔術師だった。枯れ木のように痩せ細り、気が弱そうだ。しかし、魔術師を見た目で判断してはいけない。どのような優男でも恐ろしい力を秘めていることがあるのだ。

 注意深く魔術師を観察すると、その片鱗を見せる――ことはなかった。

 ひとり、バトルロイヤルで対戦相手を倒していくシスティーナ、エレンのように無双するが、時折、打ち漏らすこともある。ひとりの剣士がシスティーナの剣圧をかいくぐり、魔術師に斬り抱えるが、その途端、魔術師はその場にへたり込み、震え出す。

「……数合わせのようですね」

 アリアが冷静に批評する。

「みたいだな。人望がなさそうだから、友達がいないのだろう」

 その想像は正しい。剣爛武闘祭にリヒトが参加すると知ったシスティーナは自身の参加も望むが、自分には相棒がいないことに気がつく。意欲ある十傑はすべて相棒を見つけているし、特待生(エルダー)にも知り合いはいない。そこでシスティーナは魔術科に向かうと適当な下等生(レッサー)を見つけて、脅す――、いや、誠心誠意お願いすることにした。

 厭がる細身の魔術師に睨み付け、

「貴殿も参加するよな?」

 と友愛に満ちた言葉を投げかけると、彼は参加を承知した。

 無論、戦力にはならないので数合わせであるが、システィーナはひとりでも剣爛武闘祭を勝ち抜く自信があった。

 その自信は過信ではないだろう。事実システィーナは七分ほどで対戦相手を蹴散らす。

 エレンより時間が掛かったのは単純に性質の違いだった。エレンは魔法剣士、システィーナは純粋な剣士、個人対多数の試合では妹のほうに一日の長があった。

 そのことをよく知っていたシスティーナは勝ち誇るようなことはなかったが、それでもエレンは意識しているようで視線を向けてくる。エレンもシスティーナが定期的に俺にちょっかいを出しているのを知っているから張り合う。

 火花散るふたり、決勝トーナメントで当たれば血を見るかもしれない。彼女との戦闘は避けたいところだが、実力を考えればどこかで当たるような気もした。

 そのような考察をしていると隣から歓声が聞こえる。

 エレンとシスティーナはひとりで対戦相手を蹴散らすという派手な試合をしたが、その横のペアは剣爛武闘祭デュオの趣旨に沿った戦い方をしていた。

 赤髪の少年と青髪の少女は一糸乱れぬ戦闘をしている。

 赤髪の少年はどうやら炎使いのようで、身体に炎を纏わせながら前線で暴れている。一方、青髪の少女は氷使いのようで、後方で冷静沈着にサポートしていた。

 赤髪の少年が炎魔法で対戦相手を蹴散らす。かなり粗暴で単純な戦い方で、対戦相手の奇襲なども許してしまうが、相棒である氷使いの少女がそれを冷静にいなす。

(……息がぴったりだな)

 よくよく見ればこのふたり、顔が似ていた。いや、そっくりだ。おそらくは双子と思われる。さらに言えばクラスで見たことがあった。

「……そういえば教室の後ろにいつもいるな」

 赤髪の少年のほうはたしか特待生(エルダー)の十傑のはずだ。俺のことを快く思っていなかったはず。

 そのことをお姫様に伝えると、彼女は、

「わたくしには優しくしてくださるのですが……」

 と、のんきな台詞を口にする。

 思わず苦笑してしまう。赤髪の少年がアリアのことを好きだと知っていたからだ。彼は常にアリアのことを見つめていた。アリアローゼを偶像視し、崇拝していると言い換えてもいいかもしれない。

 俺とアリアが仲良く話しているのを見ると、呪詛にも似た怨念を送ってくる。

 赤髪炎使いは直情的で分かりやすい、という事例に漏れない性格をしていた。

 事実、俺が観戦していることに気がつくと、間違えた振りをして《火球》を飛ばしてくる。やつの放った焔の塊は俺の目の前で爆散する。

 魔剣グラムを使い火球を切り裂いたのだ。

 それを想定しての誤射だったので、やつは平然としていた。炎使いのくせに氷のような瞳で俺を見下ろしてくる。

「嫉妬とは恐ろしいな」

 俺を倒すために参加したわけではないだろうが、俺と対峙すれば容赦なく殺しに掛かってくるだろう。それくらいの気迫を感じさせた。

「まあいい、降り掛かる火の粉は払うまで」

 剣爛武闘祭に参加した以上、無傷で優勝できるとは思っていなかったが、負ける気は一切なかった。

 その後、他の予選会場も視察するが、好敵手になりそうなものはいなかった。目に付くのは特待生(エルダー)十傑くらいで、一般生(エコノミー)下等生(レッサー)などは論評にすら値しない実力だった。

 その特待生(エルダー)十傑も同じ予選グループで潰し合っている。

「これはシスティーナと氷炎使いだけマークしておけばいいかな」

 そのような感想を抱いたとき、とある人物に気がつく。

 そのものは一般生(エコノミー)の紋章を付けていた。見た目にすごみは一切ない。ゆえに見逃してしまいそうだったのだが、なにかが引っかかった。

 少年の動きには感情がない。特段、動きが素早いわけではないのだが、動きに感情がなく、次の一手を読めない。通常、人間は傷つくことを恐れる。ダメージを最小にしようと動くはずなのだが、その少年は敵の攻撃を恐れることのない動きをする。己が傷つくことを厭わないものの動きだった。

 彼のパートナーである少女は相棒が傷ついているというのに眉ひとつ動かさなかった。これまた人形のような表情で参加者を倒していた。

(特筆すべき動きじゃないが、気になるな)

 俺の直感は当たる。今まで何度も義母に暗殺され掛けた俺だが、その都度難を逃れたのはこの動物のような嗅覚のおかげだった。

(こいつらが一番厄介かもな)

 心の中でそのように纏めると妹と姫様のほうへ振り返り、寮に戻る旨を伝える。

 情報収集は終わった。あと、自分に出来ることといえば対決に備え、鍛錬をすることだけだった。俺は三組の強敵を仮想敵と定め、鍛錬に励んだ。

 エレンもそれに従ってくれる。予選では余裕を見せた彼女であるが、他人の戦いぶりを見ていると危機感を覚えたのだろう。なにせこの戦いには彼女の未来が掛かっているのだ。

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