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パトリシア・ジョセフィーヌ

 その光景を物陰から眺めるものがいる。

 お団子頭にインテリ風の眼鏡を掛けた女性、この学院の教師にして下等生(レッサー)寮の寮長である。彼女は怪しげな瞳でリヒトとクリードを観察していた。右手にペン、左手に皮の手帳を持ち、事細かになにかを書き込んでいる。

 彼女はアリアローゼに仇なす一派――ではない。

 学院では堅物の礼節教師として知られているが、彼女が厳しいのは生徒を思ってのこと。また彼女は篤志家であり、愛国者でもある。生徒であり、王族であるアリアローゼを害そうなどいう感情は微塵もない。

 またリヒトのことも礼節はともかく、その武芸の腕前と学識には一目も二目も置いていた。彼が心優しい生徒であることも知っていた。

 ならばなぜ、このような熱視線でリヒトを見つめるのだろうか?

 それは彼女ことジェシカ・フォン・オクモニックが文筆家(アーティスト)だからである。

 ジェシカ・フォン・オクモニックの筆名(ペンネーム)はパトリシア・ジョセフィーヌ。学内のアンダーグラウンドで発行されている同人誌、『薔薇と百合が咲き乱れて』を主催する人物なのだ。

 『薔薇と百合が咲き乱れて』は少女向けの文芸誌で、恋愛小説から官能小説、同性愛小説も扱っている。

 その内容の過激さで知られ、学内の風紀委員と暗闘を繰り広げているのだが、その主催者がジェシカであることを知っているのは『薔薇と百合が咲き乱れて』の寄稿メンバーだけだった。

 未だに主催者の存在は謎に包まれているのである。

 先日、メンバーのひとりが摘発された際も過酷な尋問を受けたが、彼女は決して口を割らなかったという。仲間思いであったし、ジェシカのことを尊敬していることもあったが、彼女はそれ以上にジェシカが書く小説を愛していたのだ。

 特に最近、ジェシカが執筆をしている「リヒトもの」と呼ばれる一連の小説の大ファンで、その続きを読むためならば「命を捧げてもいい」と公言しているという。

 少し話がそれたがこれがジェシカがリヒトとクリードに熱視線を送る理由だった。つまり彼女は次回作の題材として「リヒト×クリード」を選ぼうとしているのである。

「――いえ、クリード×リヒトのほうが王道かしら」

 赤ら顔で眼鏡をくいっとさせるジェシカ。

「リヒト様は受けが似合う。あの繊細でアンニュイな感じがたまらないわ」

 クリードが強引に迫り、リヒトを陥落させていく光景が脳内に浮かぶ。するとたらりと一滴の鼻血が。

 思わず昇天してしまいそうになるが、女生徒のひとりがじっとこちらを見ていることに気がつき、ジェシカは我を取り戻す。

 手慣れた手つきでハンカチを取り出すと鼻血を拭う。

「鼻血なんて珍しい。花粉の季節かしら」

 優雅にハンカチをしまい込むと、にこりと微笑み、その場を取り繕う。

「ごきげんよう」

 と挨拶をすると、女生徒も同じように挨拶し、そそくさとその場を立ち去る。その笑顔にのっぴきならぬものを感じたのかもしれない。普段、ジェシカは容易に笑わないのだ。

「ふう、なんとかごまかせた。――さて、リヒト様もいなくなってしまったし、自室で執筆でもするか」

 ジェシカは、いや、パトリシア・ジョセフィーヌは燃えたぎった執筆意欲を昇華すべく、自室へ急ぐ。

 その姿を確認していたリヒト、特にリアクションは起こさない。妄想の中でどのように扱われようとも害はないし、思想の自由は大切にしたかったからだ。――ただ、ひとつだけ看過できないものがある。

 それはジェシカの〝後方〟からリヒトを見つめる人物の存在である。

 その人物は明らかに〝殺意〟を向けていた。

 今にも斬りかかってきそうな闘争心を持っている。

(これは避けられそうにないな)

 その人物は殺意も正体も隠すつもりは毛頭ないようで、まっすぐにリヒトを見つめていた。

「こいつで決着を付けるしかないか……」

 腰の聖剣と魔剣に視線を向ける。

 彼らも決闘は不可避とあると分かっているようで、闘志を蓄えつつあった。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 前の話で申し訳ないが、中世ヨーロッパ風で学校に下駄箱があって靴を脱ぐ習慣がある世界なの?
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