運命の少年少女
魔人を討ち滅ぼした俺。
その代償はあまりに大きい。
腹には大穴、肩には裂傷、それだけでなく、全身二〇箇所の骨折も見られた。
王立学院の医者いわく、生きているのが不思議、とのことであったが、俺の回復力も凄まじく、三日後には意識を取り戻し、医者を困惑させる。
また、一週間後にはベッドの上で筋トレを始め呆れさせる。
看護婦に二四時間体制で見張られながら、二週間ほどで退院する。
王立学院の進んだ医学と、姫様に用意して貰った霊薬によって見事に回復する。
入院前よりも元気なくらいだ、というのは誇張であったが、後遺症などもなく退院することができた。
これですぐに護衛に復帰できる、そのように姫様とメイドに話すと、彼女たちも嬉しそうに微笑んでくれた。
さて、このような顛末で姫様のことを護ることに成功した俺だが、ひとつだけ気になることがあった。
それは以前、神剣ティルフィングが残した予言だった。
彼女は俺に「大いなるふたつの試練が訪れる」と明言していた。
ひとつ目の試練が魔人アサグとの戦いなのは容易に想像できるが、ふたつ目が分からない。
これからどのような試練が訪れるのだろうか。
もしもそれが魔人アサグ襲来以上のものならば、また入院くらいは覚悟しなければいけない。そう思った俺は腰の神剣に語りかける。
神剣ティルフィングは語る。
『――ふぁーあ、呼んだ?』
どうやら彼女はお昼寝中だったようで、寝ぼけまなこな台詞をくれる。
「いいご身分だな。真っ昼間から」
『えっへん、偉いでしょう。昼間から惰眠をむさぼれるんだよ。人間と違って働かなくてもいいからね』
「神剣には学校も試験もない、か」
『その通り。全員ニートなんだ』
その暴言に新しく腰に加わった魔剣グラムは反論を申し出てくるが、神剣ニート説について論議をするのは後日にしたかった。
今はふたつ目の脅威について語りたかった。
「それよりもティル、ふたつ目の試練なんだが、どんな試練が訪れるんだ? 今度は巨竜でも襲撃してくるんだろうか?」
『なんでそんなこと聞くの?』
「聞いておけば対策できるだろう。俺は姫様の護衛だ。事前にあらゆる対策を講じておきたい」
『護衛の鑑だね。でも、対策は無理だと思う』
「そんなことはない。巨竜なら対竜兵器を揃えるし、不死の王ならば神聖魔法を極める」
『世の中、そんな武断的な思考法でくぐり抜けられる試練ばかりじゃないんだよ』
ティルフィングはのほほんと言い放つと、こんな予言をする。
『まあ、気になるのは分かるけど、学院に行けばすぐに分かるから、取りあえず朝食でも食べなよ』
呑気な口調であるが、いくら問いただしても暖簾に腕押しなので、その指示に従う。
寮の食堂に向かう。このあともしかしたら戦闘があったら困るので、腹八分目にしておく。その行為を神剣は笑うが、こっちとしては予言が分からない以上、最善を尽くすしかない。
しかし、そんな俺の生真面目な行動がおかしくて仕方ないのだろう、彼女は徐々に種明かしをする。昼食を終え、鞄を持って立ち上がると、第一のヒント。
『これからやってくる災害は身だしなみに五月蠅いよ。襟元に気をつけて。あと、寝癖も』
素直にその言葉に従うと、身だしなみを整える。
第二のヒントは登校中に貰う。
『これからやってくる災害は人目を気にしないよ。だから物陰に隠れても無駄』
最近、学院の女生徒が五月蠅いので、人通りのない道を探すようになっていたが、そのような配慮は無駄なのだろう。一番大きな道を使って姫様の寮へ向かう。
姫様の寮にたどり付き、彼女が出てくると第三のヒントがくる。
『これからやってくる災害はとっても嫉妬深い。先日の一件で姫様のフラグが立ったかもしれないけど、あんまりイチャイチャしないように。さて、これにてワタシの予言はお終い。これから二度寝するから、もう起こさないでね』
ティルフィングはそう言い切ると、沈黙した。
まったく、いい加減な上に自分勝手なやつだ。そう吐息するが、彼女は賢者でもあるようで……。
数秒後、なぜ、彼女が眠ってしまったのか、悟った。
要は余計なトラブルに関わり合いになりたくなかったようだ。
遠くから、
「リヒト兄上様~!」
という声が聞こえる。
遙か遠方、小さな点が俺の名を叫んでいる。
なにごとか、周辺の生徒は大声を発しながら走る少女に注目するが、その速度は風のようでなかなか補足できない。
風と一体化した妹エレンは、最大速度のまま俺の胸に飛び込んでくる。
彼女の黒髪がふわりと宙を舞う。
朝の日差しも相まって妹の可憐さには拍車が掛かっていた。また、往来で抱き合う男女というのはとかく目立つ。距離を取ろうと彼女の肩に手を触れるが、なかなか離れてくれなかった。
妹のエレンは俺の名を連呼し、胸に顔を埋める。
それが数十秒続くとさすがに周囲の視線も痛々しくなってくるが、問題なのは敬愛する主にこの光景を見られているということだった。
冷静な彼女が目を丸くし、口をぽかんとさせている。やっとの思いでエレンとの関係を尋ねてくる。
無論、俺は冷静に即座に、
「妹」
と答えるが、エレンは、
「運命の人」
と答えた。
その回答を聞いて、アリアはさらに困惑した。
「……ふう」
と吐息を漏らす。
これが二番目の試練というやつか。
と自覚する。
神剣が予言したふたつ目の試練。
それは第一の試練よりも遙かに厄介で、面倒な試練だった。
――ただ、命の危険はない試練だが。
俺は敬愛する主アリアに、親愛なる妹エレンを紹介した。
これが運命の少年と少女たちの出逢いであった。




