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ホーンラビット

 王立学院の生活にもだいぶ慣れた。

 敷地内に学び舎があるため、エスタークにいた頃よりもゆっくりと眠ることが出来たし、食事や住環境も上々、文句を言うところは今のところない。

 ――いや、ひとつだけあるとすれば、〝ストーカー〟が絶えないところだろうか。

 今日も朝の稽古をしていると、俺のファンと思わしき女子が木陰から俺を見つめていた。その数は五人。日に日に増えているような気がする。

 今のところ使用したタオルをすり替えられるとか、その程度の被害しかなかったからいいが、このまま行くと面倒になるかもしれない。

 〝ふぁんくらぶ〟なるものが出来上がり、行動を制限されるようになるかもしれないからだ。そうなれば護衛の仕事にも影響が出てくる。

 そんな心配もあるが、悩み事はそれ以外は特になかった。上々の学院生活をスタートできたと言っても差し支えないだろう。

 あとで妹にそのような手紙を送ろう、そう思っていると、二時限目の授業の鐘の音がなる。

 すると隣の席のアリアが荷物を纏めていることに気が付く。

 早退でもするのだろうか。気分が悪いのかもしれない。

「そうではありませんわ」

 アリアはたおやかに微笑む。

「二時限目の授業は課外授業なのです。フィールドワークというやつですね」

「フィールドワーク?」

「ふふふ、リヒト様はまだここにきて間もないですからね。二時限目の授業は魔術史ですよね」

「それは知っている。一番、課外授業とは縁遠いように思えるが」

「そこが味噌なのです。魔術史のリカルド先生は、実践的な歴史学者として知られています。自分の足で、目で確かめて初めて身に付くと日頃からおっしゃられているのです」

「なるほど、だから教室の外へ行くのか」

「そうです。敷地内にある古代魔法文明の遺跡でフィールドワーク、実地調査です」

「座学よりは面白そうだ」

「わたくしもそう思います。さて、行きましょうか」

 と俺の手を取るが、同級生たちの視線が気になるので、その手は握り返さず、節度ある距離を保つ。

「つまりませんわ……」

 とのことだったが、授業は真面目に受けてほしいものだ。


 この王立学院の敷地には古代魔法文明の遺跡がある。

 広大な敷地ゆえに驚かないが、それを授業で使おうという発想には驚く。

 なお、この授業は魔法剣士科、魔術科など、魔術に関わる学科の生徒合同である。中等部の生徒、全員が参加する。

 ただし、特待生(エルダー)の従者は参加しない。これはこの授業だけでなく、すべての授業でもそうなのだが、この学院で学べるのは生徒だけなのだ。

 マリーはお留守番となるが、不平不満は漏らさない。いつものことであるし、今回からは「俺」という護衛がいるから安心なのだそうな。それよりも化粧の乗りを気にしている。

 じめじめとした遺跡(ダンジョン)に潜るのはお肌に良くないだろうから、嬉しいのだろう。

 さて、そのような顛末でダンジョンに向かったわけだが、基本、ダンジョンはペアで行動する。万が一の際に備えてのことであるが、それ以上に、ふたりで協力できるかを試すものらしい。

 一応、このダンジョンには低級の魔物も出るため、鍛錬や稽古にも使われるらしい。

 さっそく、アリアと探索していると魔物と出くわす。

 ゼラチン・スライムと、一角兎(ホーン・ラビット)だ。

 ゼラチン・スライムとはぶよぶよの身体を持った不確定で不特定な生き物。全身の九九.九パーセントが水分の生物。魔物の中でも最弱と呼ばれているが、中にはとても強い個体もいる。無論、こいつのことではないが。

 ゼラチン・スライムはあのアリア王女でも余裕で倒せるくらいの雑魚敵だった。

「えいや、えいや」

 と腰の剣をぶんぶん振るアリアの攻撃をまともに食らう。

 一撃で四散し、吹き飛ぶ。

 ちなみにアリアの剣の腕前は、うちの妹の七歳児くらいのときの腕前だろうか。お世辞にも強いとは言えない。さらに魔法もほぼ使えないから、正直、戦力としては疑問符を抱いてしまう。

 ただ、このような場所で修行を積ませるのはいいことなので、雑魚はアリアに御願いする。彼女は「御願いされました!」と張り切りながら、ゼラチン・スライムを駆逐していく。

 およそ、一〇分ほどですべてのスライムを駆逐する。

「ほう」

 先ほど彼女の実力に疑問符を持ったが、前言撤回しないといけないかもしれない。少なくとも彼女の剣の腕前は妹のエレン一〇歳のときに相当するかもしれない。

 ちなみに妹は一〇歳のときには魔法剣士の〝天才児〟として周囲に持て囃されていた。

 そのような感想を抱いたが、妹と似ても似つかないところもある。それは彼女が〝優しすぎる〟という点だ。

 ゼラチン・スライムは一掃できたが、ホーン・ラビットには防戦一方だった。

 先ほどから致命傷を与えられずにいる。

 ホーン・ラビットはスライムと並んで最弱モンスターの代名詞なのだが。

 そのように思っていると、彼女は意匠の素晴らしい剣を振るわせ、俺のほうを向く。

「リ、リヒト様、可愛すぎて倒せません……」

 涙目である。

 どうやら彼女は可愛いものに目がないようで……。

 ぬいぐるみのように可愛いホーン・ラビットを殺せないようである。

 ホーン・ラビットは魔物の中でも肉の美味しさで知られ、冒険者に駆られまくっていると知ったら、彼女はどう思うだろうか。そして俺もこいつを夕飯にしようと思っていると知ったら。

 ――ただ、ここでそのようなことをして王女に嫌われる必要もない。課外授業ゆえ、夕飯までには帰れるだろうし、非常食もふんだんに用意してきた。少なくとも〝今日〟はこいつを食料にする必要はないだろう。

 そこで俺は《爆裂音》の呪文を詠唱すると、ホーン・ラビットの上空で発動させる。

 まるで爆竹でも鳴らしたかのような炸裂音に、臆病な兎は驚き、逃げていく。

 その姿にほっと胸を撫で下ろすお姫様。

「さすがはリヒト様です。戦わずにして勝つ。兵法を心得ていますね」

「そんな大層なものじゃないさ」

 そう返すと、俺たちはさらに地下に潜った。

小説版 最強不敗の神剣使い 1巻 2月20日発売!

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