朝が苦手なメイド
道中、視線に気が付く。
以前、感じたことのある視線だ。校舎の物陰からこちらを見つめている。
どうやらまた女生徒が俺を見張っているようだ。まったく、俺なんかのどこがいいのだろうか。彼女にそれを尋ねるため、話し掛けた。
「!?」
まさか話し掛けられるとは、そもそも存在すら認知されているとは思わなかったのだろう。あわあわと慌てる女学生。一分ほど喜劇を続けると、最終的には「ご、ごめんなさい」と頭を下げた。
「わ、わたしなんかがストーキングしたら迷惑ですよね」
どのような人物にされても迷惑なのだが、そのような返答はしなかった。
この生徒に特別な感情を持ったわけではない。ただ、この生徒の面影に見覚えがあったからだ。この生徒、名前はハンナというらしいが、彼女はアリアによく似ていた。容姿よりも雰囲気がとても似ているのだ。
また少し話しただけで善人と分かるその人格に憎しみを持つことはできない。
だから俺は彼女にこう問うだけで済ませた。
「君も変わりものだな」
その問いにハンナはにこりと答える。
「女の子はみんな変わりものなんですよ」
と――。
アリアとはまた違った子だが、とても性格の良さそうな娘だった。
麗しの姫君は同じ王立学院の敷地に住んでいるが、建物の質は天と地だった。無論、リヒトの暮らす三日月寮も立派なものなのだが、王女の寮はそれ以上なのだ。
まるで貴族の屋敷のようなたたずまい。
庭にはドワーフが作ったと思われる石像もあるし、中庭や温室もあった。
王侯貴族の風格を漂わせる建物だが、その感想は的外れではない。
この王立学院には王族が通うことも多いのだが、その際は必ずこの寮に入寮する決まりがあるようだ。アリアの伯母も、姉も、皆、この寮に住んでいたという。
「血税はこんなことに使われていたのか」
そんな感想を漏らすと、アリアが寮から出てきた。
珍しくひとりだ。
命を狙われているものとしては感心しない行動なので、注意をする。
彼女は申し訳なさそうに頭を下げる。
「すみません。マリーは朝が苦手でして」
「……まったくあのメイドは」
意外でもなんでもないので溜め息も漏れ出ないが、アリアは彼女を庇う。
「この数週間、わたくしを守るために彼女は骨を折ってくれました。寝ずの番をしていたこともあります。疲れが溜まっているのでしょう」
そのように言われればさらになにも言葉は出ない。このままふたりで登校するか、尋ねる。
「そうですね。それもいいですが、もう少し待てばやってくるかも。……ああ、でも、マリーの化粧は時間が掛かるし」
アリアらしからぬ歯切れ悪い答えである。どうやらマリーはメイクに気合いを入れるタイプのようだ。実は起きる時間自体はアリアと大差ないのだが、たまにメイクに時間が掛かりすぎることがあるのだそうな。特に今日は湿気が強く、髪型が決まらない日らしい。
「まったく、しょうがないメイドだな。軽く文句を言いに行きたいが、俺が寮に入っても大丈夫か?」
「はい。わたくしと同伴ならば」
彼女はそう言うとさっそく、守衛の許可を取る。ちなみに三日月寮には守衛がいない。
ゆっくりと戻ってくると、アリアは、
「入寮の許可を頂けました」
と微笑んだ。
それと同時に彼女と一緒に寮に入る。
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