外伝 メロン (新作連載開始)
エレン・フォン・エスタークの兄、リヒト・アイスヒルクが巨乳好きであるという情報をもたらしたのは品のないメイドだった。
昼休み兄上様に告白する女生徒を恨みがましく見つめていると、こそりと後ろから話し掛けてきたのがメイドのマリーだったのだ。
女生徒に告白され、いつものようにお断りしている兄上に対し、指をさす。
「妹ちゃん、見てなさい。リヒトはいつもより一分と三秒ほど長くお断りの返事を延ばすから」
「…………」
いきなり話し掛けてきた無礼を咎めたいところであるが、兄上様から目を離すことは出来ない。じっと凝視しているとたしかにいつもより長かった。懐中時計を取り出すと一分と四秒である。
なんでわかったの!?
そのような表情で振り向くと、彼女は「長年の付き合いだからねえ」ひゅーひゅひゅー、と口を曲げ、口笛を吹く。
「付き合いの長さならば私が一番です」
「子供の頃の話でしょう。大人になってからの時間はマリーのほうが長いしぃ」
わざとらしく髪を弄り挑発する。
むむー、とはらわたを煮え繰り返すエレンだが、マリーは喧嘩したいわけではないようだ。しきりに「喉が乾いた」サウザンド亭のチーズケーキが食べたい」と言う。
つまり情報が知りたければケーキセットを奢れ、ということだろう。エレンは仕方なく彼女とサウザンド亭に向かった。
サウザンド亭は学院の敷地にある小洒落たカフェで、女生徒の人気が高いが、値段も高い。学内でも限られたものしか利用できない値段設定になっている。
貴族の娘であるエレンには余裕――とも言いがたかったのは、エレンはただいまお小遣い制であり、無尽蔵の資金を持っているわけではなかった。それでもその辺の女学生よりは余裕があるので好きなものを頼んでいいと言うと、マリーは遠慮なく一番高いセットをみっつ頼んだ。
「…………」
浅ましい庶民を見るような目つきでマリーを見下ろすが、彼女には暖簾に腕押しのようだ。
マリーの豪胆さの一端を垣間見たが、エレンは気を取り直すと理由を尋ねた。
「ここのケーキが美味しいのは季節のフルーツを使っているからよ」
美味しそうにメロンを挟んだケーキを食べるマリー。
ほっぺが落ちてしまいそう、と続ける。
「違います。兄上がなぜいつもより長く話していたか知りたいんです」
「ああ、それね。そんなの簡単、リヒトは巨乳好きなのよ。あの女生徒の胸大きかったでしょ」
「兄上を愚弄しないで頂きたい! 胸の大きさで態度を変えるような人ではありません!」
「男なんてみんな巨乳好きよ」
「兄上は違います」
その後、男は皆巨乳好き説、リヒトは違うの言い合いが閉店まで続くと、白黒付けようということになった。
マリーは言う。
「よし、じゃあ、マリーはこのメロンを使ってリヒトを籠絡するから、あんたは詰め物なし、自分の魅力で籠絡しなさい」
つまりマリーが胸にメロンを詰め込み、エレンは普通の状態で話し掛ける。リヒトがついて行ったほうが勝ち、という勝負だ。
望むところよ! とエレンは勝負を受けるが、完敗する。
胸にメロンを詰め込んだメイドが兄上様をかっさらっていったのだ。
ちなみにエレンは乳に負けたと思い込んでいるようだが、それはまったく関係なかった。マリーはただリヒトにこのように耳打ちしただけだった。
「メロンをくり抜いてアイスを入れると超うまいよね」
と。
リヒトは無類の食いしん坊なのである。




