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ダンジョンの最深部


 禁断の地、十傑序列一位しか入ることの許されない禁足地は、想像したものと違った。ダンジョンの最深部にあるのだからもっとじめじめとした場所を想像していたが、開放感と光に満ちた場所だったのだ。複数の階層をぶち抜いた天井からは光が降り注いでおり、太陽の下にたっているかのようだった。

「……天井が光っている」

 マリーはあんぐりとしている。古代魔法王国の超越技術(オーパーツ)に驚いているようだがそれも仕方ない。俺自身、書物では知っていたが、実際に見ると驚きを禁じ得ないからだ。一方、バルムンク候はさも当然のように歩みを進めている。同じようなものを見たことがあるのだろう。

「急ぐぞ。禁断の地への扉は開いているが、いつアレフトの気が変わるか分からない」

「そうですね。今のところ俺たちは拒絶されていないが、一番困るのは星海に旅立たれることだ。さすれば血清が手に入らない」

「そういうことだ。おまえとしてはアレフトが本来の使命に目覚めないほうがいいわけだ」

 皮肉だがそうである。蒼い蜘蛛の血清を作るにはやつの血液が必要なのだ。やつが死体になっている分には構わないが、この星からいなくなられるのが一番困る。

 そのように思っていると目の前の門が勝手に開く、自動扉というやつだ。マリーはびっくりしているが、これは現代文明でも同じような機構がある。

 門を超えるとにも門が見えるが、その先に大きな建物がある。白亜の古代宮殿だ。おそらくあれが禁断の知識を蓄えた図書館であろう。あそこにアレフトがいることは明白であった。

 マリーは白亜の宮殿を見上げると、

「あそこにラスボスがいるのね」

 と感慨深げに言った。

「たしかに大物が鎮座していてもおかしくないたたずまいだが、いるのが小賢しく動き回り、姫様の命を盾にする卑怯者だ。仰々しく構えなくてもいいだろう」

 そのように腐すと不思議な声が響き渡る。

「酷い言われようだねえ」

 脳の中に直接響くような声、おそらくであるが古代魔法文明の秘術を使って語りかけているのだろう。

 驚くことなく、語りかける。

「やあ、聖職者の皮を被った毒使いさん」

「言い得て妙な表現だね」

「ああ、おまえについて調べさせて貰ったよ。メイザス家、侯爵の連枝の家系」

「爵位は子爵、武門の家柄」

「多くの敵兵を殺してきたものを弔うため、次男以下のものは聖職者になる習わし」

「表向きは後継者争いを防ぐため」

「しかし実態は聖職者になった振りをして暗殺に手を染めさせている」

「正解。さらに付け加えればメイザス子爵家の長男は魔女を娶る。僕の母親は魔女」

「毎晩毒薬を煮詰め、それを次男以下の子供たちに飲ませる」

「そう、劇薬を薄めたものを子供の頃から与え、徐々に毒にならすんだ。中には途中で死んでしまう子もいるが、生き残った子は最強の毒耐性を得て、あらゆる毒を無効化する」

「とんでもない虐待だな」

「僕もそう思うよ」

 目には見えないが細めがさらに細くなったような気がする。

「さて、そんなふうに育てられると性格も歪んでね。長男を盛り立てるための捨て駒にされてることにも嫌気がさすものも自然と現れる」

「だからって姫様を巻き込むことはないだろう。今、血清を渡せば命だけは助けてやる」

「それはできない。おまえたちは危険だ」

「大いなる誤解だ」

「それじゃあ、もしも僕が冬の王になると言っても見逃してくれるか?」

「それはできない。星の海に種をまき散らすことは勝手にやっていろ、と思うが、ラトクルス王国を、いや、世界を滅ぼすことは許容できない」

「そうなるよね」

「――おまえは冬の王になるつもりか?」

「うん。端的言うとね。最初は冬の軍団から逃れる箱船を独占しようと思っていた。他の星に逃げて僕が人類の始祖(アダム)となるつもりだったのだけどやめた」

「どうして?」

「禁断の知識に触れたからさ。この図書館に眠るあらゆる知識を脳内に流し込んだ結果、他の星に逃れても無駄だと悟った」

「そんなことはないだろう」

「それがあるのさ」

 アレフトはそのようにうそぶくと冬の軍団について語る。

「冬の軍団、不死のものたち。彼らはただのアンデッドではないのさ」

「というと?」

「彼らは文明の破壊者だ」

「文明を破壊するものたち……」

「そうだ。やつらは人間を殺し尽くす存在。ただ、それは感情を持って行っているわけではない。彼らは人間が憎いわけでも、人間を殺すことに快楽を抱いているわけでもない。いわば本能によって人間を殺しているんだ」

「本能……か……」

 と呟いたのはバルムンク候だった。彼には心当たりがあるのだろう。

「要約するに人間はこの星の破壊者なのさ。冬の軍団はいわばこの星を破壊者から守る〝抗体(ワクチン)〟なんだよ」

 衝撃な台詞を言い放つと、アレフトの声に恍惚の成分が満ち始める。

「街を作るために切り倒される樹木の数が一日何本になるか、想像ができるかい? 煉瓦を焼き上げるのに必要な樹木の数は? 街から街に物資を運ぶ船に使われる木材の数は?」

「…………」

「かつてこの大陸には大きな森が広がっていた。大陸の端から端まで栗鼠が木々を渡っていけたくらいに。しかし、今はどうだ? 森は分断され、街には栗鼠の姿は見えない。いったい、どれくらいの数の生物が人間によって殺されてきたと思う?」

「数え切れないよ。それに人間の業深さは誰よりも知っている」

「だろう。今はまだいい。やがて人類の文明が発展すれば『燃える石』や『燃える水』を使い出すようになる。そうすれば土壌は汚染され、自然は煤にまみれるようになる。自然を破壊し、人々はペスト・マスクをしながら暮らすようになるのさ。見るに堪えない」

「ありえそうな未来だ。最悪だな」

「ならば僕の計画を邪魔しないでおくれ。僕は新たな冬の王となり、人間に天誅を加える。僕の身体を毒まみれにした家という名の宿痾から解き放たれたいんだ。身勝手な人間からこの世界を救済するんだ」

 高らかに。そして不遜に高笑いを上げる聖職者。

「おまえという人間にも悲しき過去があること、その行動に正当性があることは分かった。しかし、だからといって黙って滅ぼされる気はない」

「まったく、自分勝手な生き物だ」

「ああ、そうだ。俺は自分勝手なんだ。自分勝手に城を飛び出し、自分勝手に姫様と出会い、自分勝手に彼女の命を天秤に掛ける。俺はこの世界を破壊してでも姫様を救う」

 そのように言い放つと、俺は両脇から聖剣と魔剣を抜き放つ。

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