表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
103/113

壁ドン

 後ろ髪を引かれる思いで迷宮を走る三人組、特にエレンは今にも引き返しそうな動作をするが、

「兄上様には私が必要……」

 念仏のように繰り返すと、未練を断ち切っていた。そんな妹のけなげさは三〇分後に報われる。妹の推察通りに迷宮の守護者が現れたのだ。

 黄金で作られたゴーレム。

 肩口に「百」の文字が刻まれた黄金のゴーレムは腕を振り上げ下ろす。

 その動きは柔軟でまるで人間のようであった。

 それをエスターク家の宝剣でいなしたエレンは、

「黄金は鉄よりも遙かに柔らかく、加工しやすい金属、高価ということ以外、ゴーレムに最適な素材なのかもしれない」

 と呟く。

 そしてそのまま流れるように剣を振るうとゴーレムに斬撃を加え、叫んだ。

「リヒト兄上様とマリーは先に向かってください」

「…………」

 システィーナのときと同じ状況だ。ここで妹に反論すれば、システィーナの意志を無駄にすることになる。そのようなことは絶対にできない。

 それに俺は妹の力を信頼していた。黄金でできたゴーレムとて妹の剣技の前では敗北するはず、そう思った俺は迷わずマリーを走らせた。一瞬だけ躊躇したのは俺の気持ちを思い憚ってくれてのことだろうが、俺と妹の絆を舐めてもらっては困る。俺は未練を残さず走ることによって自分の気持ちをマリーに伝えると、彼女も俺の気持ちを察し、走り出す。

 俺たちの後ろ姿をじっと見つめるエレン。

 彼女は俺が見えなくなるまで見送ると、改めて金色のゴーレムを見た。

「その自然な動きは評価に値するけど、金ぴかは成金趣味過ぎるわね」

 そのように腐すと金色のゴーレムは怒りに満ちた一撃を加えてくる。

 圧倒的な質量の一撃を細身の剣でいなすエレン。力はゴーレムのほうが遙かに上だが、技量ではエレンが勝っていた。

 総合的にはエレンが勝っているので負けることはないはずであるが、一撃で倒して兄のあとを追うというわけにはいかない。黄金のゴーレムは伊達ではなかった。

 古代魔法文明の魔術師たちが総力を結集して作った黄金のゴーレム、その開発費は国が揺るぐほどであったという。北部の麒麟児と謳われたエレンとて苦戦は免れなかった。

 エレンは黄金のゴーレムの間接駆動部に攻撃を集中させながら、相手に致命傷を与えられる瞬間を辛抱強く待ち続けた。



「ここは私に任せてあなたは先に行きなさい、を地で行く子たちね」

 マリーが軽く戯けながら言ったのは悲壮感を漂わせないための配慮であったことは明白であったので同意するとこれ以上守護者が現れないことを願った。

「これ以上はさすがにね。マリーはお姫様の運搬役にならないといけないし」

「そして俺がアレフトの野望を阻止しなければいけないしな」

「ほんと、神様にお願いしないとね。障害がこれ以上増えないようにって」

 マリーはそうため息を漏らすと本当に祈りを捧げる。

「…………」

 しばらくじっと見つめると、「意外そうな顔をしてるのね、これでも信心深いのよ」と笑った。

「忍者メイドさんは無宗教かと思っていた」

「まさか。これでも聖教会の熱心な信徒よ」

「初めて出会ったときも炊き出しをしていたしな」

「そうね。あれはアリアローゼ様が石鱗病に罹った患者に治療を施していたときね。懐かしいわ」

「ああ、びっくりした。伝染病の患者を前にあのように気丈に振る舞える人物を俺は知らない」

「まさしく聖女様よね、このお方は」

 マリーは宝物を見るかのようにアリアの寝顔を見つめる。

「死病に感染するリスクを鑑みずに他者に尽くせるものは聖女と呼称してもいいだろう」

「そうよね。ちなみにマリーが心を惹かれたアリアローゼ様のそういうところ」

「付き合いは長いんだよな」

「そうね。アリアローゼ様がお城に引き取られてからすぐにお仕えしたから、一〇年近いかしら」

「もはや姉妹だな」

「そうね。その通り。マリーたちの絆は姉妹そのものよ」

 マリーは目を瞑り、肯定する。当時の記憶を鮮明に思い出す。マリーはラトクルス流忍術の継承者、実は最初、マリーはアリアの護衛として雇われたのだ。アリアを保護する貴族に頼まれ、命を守るようにいわれたのだが、いつの間にか護衛ではなく、メイド長の座に納まっていた。ちなみにアリアを護ろうとした貴族はとうの昔に失脚し、死んでいた。つまり、マリーはその貴族から護衛料を貰っていないのだが、仮にメイドとしての給金が支払われなくなっても忠誠心が揺らぐことは絶対なかった。

 もはやマリーとアリアの絆は実の姉妹を凌駕しているのである。

 アリアとの出逢いを懐かしく思っていると、前を走る同僚の足が止る。

「ちょっと、なに止ってるのよ」

 マリーの不平は不平を述べるが、俺は気にせず言葉を発する。

「疲れただろう。そろそろ休むぞ」

「はあ? なにを言ってるの? 疲れてなんてないし、休んでる暇はないでしょ」

「人をひとり背負って迷宮を走って疲労が蓄積していないわけがない」

 断言するとマリーの目の前で屈み、厭がる彼女の足を押さえつける。続いて彼女の靴を剥ぎ取る。彼女の靴は真っ赤に染まっていた。

「まめが全部潰れたか」

「全部潰れたなら問題ないでしょ。もう潰れようがない」

「これ以上無理をすれば歩行障害を負うぞ。足が腐り落ちる」

「大丈夫、足は二本あるから」

「両方抜け落ちる」

「そうしたら手で這いずるまで」

「まったく、ああ言えばこう言うメイドだな」

「今は火急のときでしょう」

「そうだ。だから休む。おそらく、この下の階層が禁忌の地だ。この下に禁忌(エウレカ)が眠っている」

「まあ、たしかになにかぴりぴりとした空気が漂ってるものね」

 じゃあ、なおさら休めないわ、と歩みを進めようとするメイドを止めるため、俺はダンジョンの壁面に手を突き立てる。


 ドンッ!


 とマリーに向かって壁ドンをする。するとさすがのマリーも顔を赤らめ、歩みを止める。

「おまえが五体満足でないとお姫様に申し訳が立たない。それに休めるときに休んでおかなければ勝敗に関わる」

 俺とて無限の体力があるわけではない、そのような論法で休憩時間を設ける旨を伝えると、強制的にマリーを休ませることにした。マリーに《睡眠》の魔法を放ったのだ。

「起きたら覚えてなさいよ……むにゃ……」

 最後まで物騒な台詞を放つと眠りにつくメイドさん、俺は彼女を抱きかかえると、簡易的なベッドをふたつ作り、そこにアリアと共に横にした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] ひゃ、百式・・・。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ