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禁断の地

 すべての黒幕であるアーマフのアこと、アレフトは禁断の地にいる。

 バルムンク候からもたらされた情報でそれは確定していた。

 学院の地下奥深くにあるダンジョン、一三〇〇年前に設置されたという書庫でアレフトは禁断の知識にアクセスしているはずであった。

 そこで自分の種をまき散らすマスターベーションに関する色本でも読んでいるのだろう。あるいはそのまま星海の彼方へ旅立ってくれれば手間が省けて助かるが、その前にやつの血液から血清を作らなければ姫様の命はない。見れば彼女の蒼い蜘蛛は乳房まで達していた。二四時間以内に心臓を一刺しすることは明白だったので、俺たちは事前準備をすることなく、地下に潜った。

「アレフトはあたしたちがくることを察しているんだから罠を二重三重に張り巡らしているでしょうね」

 とはシスティーナの言葉であるが、誰も反対意見は述べない。

「この地下迷宮は古代魔法文明時代に作られた遺跡を流用しているようです。守護者(ガーディアン)や生物兵器が配置されているとみて間違いないでしょう」

 エレンが私見を述べる。

「鬼と会えば鬼を斬り、仏と会えば仏を斬るまでよ」

 そのようなガールズトーク(?)をしながらエレンとシスティーナは前進するが、マリーと俺は一歩遅れる。マリーはお姫さまを背負っており、俺はそんな二人を護衛しているからだ。

 マリーは「ぜえぜえ」と息を切らすが、アリアを手放そうとしない。

「男にこの至福の柔らかさを堪能させて溜まるものですか」

 とのことだった。なんでもこの柔肌を知れば、どのような紳士も野獣になってしまうとのことだった。まったく信用がないが、彼女たちの長年の付き合いを知っているので、無理にその役目を奪おうとはしない。それに一同の中で最弱であるマリーがお姫様運搬役を担うのは理に叶っていた。いざというときに最強である俺がフリーハンドなのは、ダンジョン攻略において役立つはずであった。それに血清を得てもダンジョンを戻っている時間はない。アリアの乳房の蜘蛛は今にも心臓に達しそうだった。

 そのような気持ちから、女性に重い(無礼)荷物持ちをさせていたが、その非紳士的態度は報われることになる。ダンジョンに潜ってから数時間、第三階層の広場で試練が待ち構えていた。

 王都のトランバスタ広場よりも大きな空間、そこに完全武装した傀儡兵が三〇〇体ほど待ち構えていた。

 傀儡兵とは武装した魔法人形の総称で魔力によって動く魔法人形である。小さなゴーレムのようであるが、人間を模しており、こちらのほうがより人間に近かった。

 そのような人形が無表情に三〇〇体、カタカタと武具を鳴らしながらこちらを睨み付ける様は、壮観であったが、いつまでも堪能しているわけには行かない。

 〝侵入者〟を発見した彼らはそれを排除しようと動き出す。

 赤い目、青い目、緑の目、魔法によって怪しく光る瞳がこちらを凝視すると、彼らは手に取った武器を持ってこちらに前進してくる。人間より機敏ではないが、一糸乱れぬ行動は魔法人形らしかった。

 彼らは俺たちを排除するまで前進は止めない。つまりここでやつらを全滅させない限り、禁断の地へはいけない。そのように悟った俺たちは戦闘を解開始する。

 システィーナは嬉々と、

「ひいふうみいよ、……数え切れない。とにかくいっぱいいるぞ」

 と大剣を抜き放った。

 エレンは、

「三〇〇と四体です」

 と正確な数字を言い放つと、エスタークの宝剣をするりと抜いた。

 俺は無言でエッケザックスを取り出す。

 聖剣のティルは、『なぜワタシじゃない』と不満を述べるが、

「真打ちは最後に登場するものさ」

 と、なだめる。

 ちなみにエッケザックスを選んだのは傀儡兵の数があまりにも多すぎたからだ。システィーナに五〇、エレンに五〇任せるとしても、二〇〇体は俺が引き受けなければならない。二〇〇体も斬ればさすがに神剣といえども刃こぼれくらいするだろう。来たるべきアレフトとの決戦においてティルは温存しておきたかった。そのようぬ説明すると、『大物は大取を飾るものだよね』とにこやかに微笑んだ。

「リヒト、さっきからなぜ神剣に話し掛けているんだ……?」

 奇人を見るかのような瞳で見つめてくるシスティーナ。

「友達が少ないのさ」

 と返すが、彼女は「ならばあたしが友達になってやってもいいぞ」と言い放つ。

「兄上に女友達は不要です」

 と断言するエレン。

「このブラコンめ」

「なんですって!」

「おまえたち、喧嘩はあとにしてくれ。時間がない。強行突破だ」

「はい」

「あいよ」

 そのように軽口を叩き合うと、俺たちはそれぞれに傀儡兵に突撃する。

 俺が突撃すると二〇〇の傀儡兵は竹を割ったかのように真っ二つに陣形を切り裂かれる。システィーナが担当する傀儡兵は蜂の子を散らしたかのように飛び散り、エレンの担当する傀儡兵は霧散していく。

 それぞれの戦闘スタイルが傀儡兵の敗北に色濃く表れているが、その光景を見てマリーはつぶやく。

「最強の忍者メイドさんの出番はないかもね」

 と。

 事実、この戦闘においてはマリーの出番はなかった。三〇〇体にも及ぶ魔法人形は俺たちの手によって壊滅させられる。

 その間、僅かに三分四〇秒ほどであった。

 もしも観客がいれば皆、拍手喝采で包まれていただろうが、俺たちは余蘊に浸ることなく、次の階層に駒を進める。戦闘自体はごく短時間で終わったが、ここまでの移動に三時間ほど時間が掛かってしまった。アリアに残された時間は残り二一時間ほどであった。この先、不眠不休でダンジョンを潜り続けなければ間に合わないかもしれない。そう思えば無駄にできる時間は一秒たりともなかった。四人のアリアの騎士たちは無言で階層を下っていった。


 その後、八時間に渡ってダンジョンを下る。

 その間、徘徊魔物(ワンダリング・モンスター)に出会うこと四回、アレフトが起動したと思われる守護者と出会うこと三回、彼の手下と思われる人間と出会うこと二回、即死トラップに出会うこと三回、数々の難敵が襲い掛かってきた。

 ただ、俺たち四人のパーティーはその難敵をなんなく撥ね除ける。最強不敗の神剣使いと、十傑に連なるものたちの実力は伊達ではなかったのだ。

「ふん、本来ならば我は十傑上位にランキングされてもおかしくないのだ」

 システィーナは胸を張るが、エレンも自分の実力に自負があるようだ。

「私は入ったばかりで十傑上位と剣を交える機会がありませんでしたが、もしも上位陣と剣を交えていても連戦連勝していたことでしょう。最速で序列上位になっていたことは疑いありません」

「それは六位で足踏みしていたあたしへの当てつけか?」

「まさか。でも、六位でそこまで偉ぶれるのは不思議です」

「なんだと! このブラコン」

「ブラコンではありません。兄上様原理主義者です」

「どう違うのだ」

「自分の頭で考えなさい、脳筋娘」

 むむー! と睨み合うふたり。このふたりの相性は最悪のようだ。妹のエレンは典型的な優等生タイプ、魔法も剣も同等に考えており、勉学をおろそかにしない。一方、システィーナは生まれつき魔力の値が低く、剣術に特化している。妹の言葉を借りれば〝脳筋〟。また、エレンは完全無欠の純血種(サラブレット)。北方の名家エスターク家の末娘で甘やかされて育った。一方、システィーナは実の父親に捨てられ、炭焼き小屋の娘として育てられた。ふたりの思考法や価値観は大きく違っており、気が合うところなど皆無であった。

 妹には自重してほしいのだが、ただ一言だけ擁護してやるとすれば、システィーナの実父は俺の仇敵であった。妹はただ俺の敵対者に反目しているに過ぎない。

 本当は誰とでも仲良くなれる、気立ての良い娘なのだ――。

「百度生まれ変わってもあなたとは気が合いそうにありません」

 いーだ! と舌を出すエレン。……困った娘であるが、ふたりを和解させている時間はない。それにこのふたりは反目し合っているが、戦場でそれをマイナスに作用させることはなかった。一連の戦闘では相性の悪さを一切見せずに協調して戦い、多大な戦果を見せている。いや、妹の知的(クレバー)な戦法と、システィーナの脳筋戦法は案外、相性がいいようにも見えた。彼女たちが戦力になっている以上、余計なアドバイスなど不要に思える。

 彼女たちはひとりの戦士であり、それぞれの正義のもと戦っているのだ。その信念が揺らがぬ限り、敗北とは無縁の存在であった。それを証拠に彼女たちは高潔な自己犠牲の精神も持っていた。

 五度目の徘徊魔物を倒した数分後、その死体を押しつぶす存在がやってくる。

 巨大なローラーを持ったゴーレムがそれを回転させながら迫ってくる。

 巨大な鉄製のローラーは死んだ魔物を巻き込み、あっという間に肉塊ミンチにする。

 鮮血の霧と贓物が部屋中に巻き飛び、不快な匂いを放つが、不満を述べるよりも先にゴーレムのローラーは俺たちを狙う。

 鉄のゴーレムは殺意というよりも動くものを皆殺しにする義務感に満ちている。つまり交渉や逃亡という選択肢はない。やつを破壊しない限り、その先に進めそうになかったが、この巨体を倒すのには難儀しそうだ。

「……負けないまでも時間を取られるのは確実……」

 青ざめ、脂汗を滲ませているアリアの顔を覗き込むと同時に、システィーナが大きな声を張り上げる。

「リヒト・アイスヒルク! ここはあたしに任せて先に行け!」

「…………」

 有り難い、とも、それはできない、とも即答はできなかった。三人で挑めば負けることはないだろうが、時間は取られる。誰かがひとり残り、足止めすれば負ける可能性はあるが、時間は取られない。目的達成を目指すのならば迷うことなく後者を選ぶべきだが、俺は冷徹になりきれない甘ちゃんであった。

 そんな俺の心を鼓舞するため、システィーナは、ぶおん、と大剣を振るう。

「舐めるなよ、リヒト・アイスヒルク。あたしはこの国の英雄の娘だぞ!」

 そう言い放つと、大剣によってゴーレムのローラーの動きを止める。可動部に大剣を突き刺したのだ。火花を散らしながらもゴーレムの突進は止る。

「いまだ。早く行け! いいか、この期に及んでことの軽重を誤るなよ。おまえの使命は王女の命を救うこと。あたしの使命は父上の命令に従うこと。このふたつが一致している限り、選択肢はひとつだけだ!」

「……分かった。だが、絶対に死ぬんじゃないぞ」

「こんなところで死んでたまるか!」

 そう言うと彼女は「んぎぎぃ!」と力を込め、ゴーレムを押しのける。その瞬間、姫様を担いだマリーが走り出しゴーレムの横をすり抜ける。その後ろに俺とエレンが続くが、妹はその場を立ち去る瞬間、システィーナにこんな言葉をつぶやいた。

「絶対生きて戻ってきなさいよ。喧嘩は相手がいないとできないんだから」

 そのツンデレな台詞を聞いたシスティーナは「どっせーい!」と叫ぶと、ローラー・ゴーレムを押し返していた。彼女ならば迷宮の守護者に後れを取ることはないだろうと思った。

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