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殊勲者 (小説版三巻好評発売中! コミカライズも開始!)  

 マリーとエレンが用意してくれた小宴、俺とシスティーナは大食らいであったが、それでも食べきらないほど料理を用意してくれた。

「お祝い事は盛大に、お葬式はもっと盛大に、がマリーの家の家訓なの」

 とのことであった。なにもお姫様がこんなときに、とも思うが、マリーは床につくアリア様ならば必ず「祝勝会」を行う、と真剣な表情で言った。〝こんなときに〟ではない。〝こんなときだから〟という台詞が心に響く。

 それを聞いてしまったら、彼女の葬式の準備をさせるのは悪くなってきた。なるべく死なないようにしよう、と決意を新たにすると、姫様の顔を見に行くことにした。

 目下のところ姫様は学院の寮ではなく、自分の館にいる。学院の寮では警備がままならぬのと、刺客に襲われたのを隠す意図がある。

 アリアはこの国を改革しようと躍起になっているが、彼女に同意する勢力は少ない。その脆弱な勢力に動揺を与えないようにするための処置であるが、間違ってはいないはずであった。

 一日も早く彼女を毒から開放し、支持者や協力者たちに元気な姿を見せてほしい、そのように思いながら彼女が眠っているだろう寝室へ向かった。

 するとそこには思いも掛けない人物がいた――。

 俺は思わず腰のティルに手を伸ばしかけるが、その男に仕える忠実な執事は、

「物騒なものに手を掛けるな。我々は正式に訪問し、王女の快気を願っている」

 と言い放った。

 見ればベッドサイドには豪華な蘭の花が置かれていた。花言葉は「一日も早く笑顔がみたい」だったろうか。それに彼らは武器を帯びていなかった。また、アリアの執事、メイドたちも笑顔で彼らに接していた。ならばアリアの騎士である俺は非礼な真似はできなかった。深々と頭を下げる。

「すみません。護衛としての癖で。気が高ぶっていたのでしょう」

「無理からぬことだ。主がこのような姿になってはな」

 バルムンクが重厚な台詞を発すると、執事のハンスも追随する。

「もしもランセル様が同じような目に遭ったら、私はどのような手段を使っても報復いたします」

「その前に目覚める算段をしてほしいが」

 冗談めかして言うと、ハンスは「たしかに」と笑った。しかし、俺は笑う気にはなれない。バルムンク侯がこの場にいること自体、違和感しかないからだ。

「あなたはアリアの政敵だと思っていた」

「それは間違いない。しかし、だからといって王女に死んでほしいなどとは思っていない」

「二回も襲撃をしたのに?」

「あのときはそれが最善だと思ったのだ」

「今は違うのですね」

「ああ、そのとおり。事情が変わった」

「どのように?」

「今は王女に目覚めて貰い、協力して貰いたい」

「意味が分からない」

「端的にいえば私の勢力だけでは対処できない敵が増えた。――正確にいえば増える、かな」

「敵国が攻めてくるのか?」

 ラトクルス王国は多くの敵国に囲まれており、この豊穣の地を狙うものは多い。

「いいや」

「ならば内乱か?」

 この国にはいくつも政治勢力がある。バルムンクはその中でも最大勢力であるが、王族たちの中にはそれを快く思わないものも多い。彼らを倒すため、一時的に共闘しよう、というわけではないようだ。

 ランセル・フォン・バルムンクは虚を突いてくる。


「そう遠くない未来、この世界はこの世界のものではないものたちで溢れる」


「!?」

 俺は珍しく眉をしかめる。バルムンクの言っていることが分からなかったからだ。

「なにを言っているんだ?」

「混乱するのも無理はない。この事実は国王陛下ですら知らない事実なのだから」

「国家機密以上ということか」

「ああ、そうだ。この事実を知っているのは西方の三賢人と呼ばれる賢者、それと俺とハンス、そして十傑のリーダーのみ。この六人だけが冬の軍団と禁断の地の存在を知っている」

「この世界で六人しか知らないのか……」

「そうだ。おまえは栄誉ある七人目ということだな」

「光栄なことだがこの手の話を聞いたものは始末されると相場が決まっているのだが」

「それはおまえの返答次第だ」

 執事のハンスが殺気を帯びる。その懐にはグルカ・ナイフが閉まっているのだろう。彼の一撃は耐える自信があったが、同時にバルムンク侯と戦う自信がない。そのことを冗談めかして話すとバルムンクは笑わずに提案をしてきた。

「たしかに今のおまえは俺よりも弱い。しかし、それはあくまで〝今〟のおまえ。第三の力を発動すれば話は別だ」

「第三の力?」

「善悪の彼岸・第三章」

 バルムンクは端的に答える。

「…………」

「なにを驚いている。第二章があるのだから第三章があっても不思議ではないだろう」

 たしかにその通りだ。善悪の彼岸・第一章は聖と魔の属性の神剣ふたつを装備するという力、第二章はみっつの剣を装備する力。

 単純に考えると第三章は四つということだろうか。尋ねてみるがバルムンクは首を横に振る。

「第三の力がどのようなものかは知らない。しかし、発動条件は知っている」

「教えて頂けるのかな」

「まさか。そこまで親切だとでも」

「まあ、そうだよな。ただ、この世界のものたちについては教えてくれるんだよな」

「もちろんだとも。場合によってはおまえに戦って貰う」

 肯定も否定もできない。〝この世界のものではないもの〟とやらがアリアに仇なすものたちならば敵対は避けられないからだ。バルムンクは見透かしたかのように言う。

「この世界のものではないものたち、冬の軍団(レギオン)について説明しようか」

「……冬の軍団? あの御伽噺の?」

「なんだ、知っているのか」

「北部の子供ならば皆知っている。ラトクルスの地下深くに眠る五人の闇の王とその眷属たち」

「そうだ。吸血鬼の法王レスター、不死の公王リッチモンド、死神の福王デスサイズ、腐竜の皇王ワーグナス、首無しの騎士王ロンドベル――」

「かつてこのラトクルス王国を、いや、地上の生物すべてを恐怖に包み込んだ死の使者たち」

「そうだ。北部の子供たちならば誰でも知っているのはこの化け物たちを北部の絶対凍土に封じ込めたという伝承があるからだ」

「ああ、だから北部の子供たちは親によく言われる。悪さをすると地下から化け物がやってきて食われてしまうよ、と」

「こちらでいえば橋の下で拾ってきた子、と同じトーンかな」

「そんな感じだ」

「しかし、橋の下と同じように五人の冬の王とその眷属たちは実在する」

「有り得ない。絶対凍土が溶けない限り、冬の王は復活しない」

 断言するとバルムンクは紙束を机に投げ置く。そこに書かれていたのはここ数百年の北部の気候データだった。

 グラフ化された数値を見ると、北部の温度が年々上がっていた。

 毎年少しずつ、ほんのりと、だが確実に平均温度は上昇していた。

 エスタークの城の炭焼き小屋の老人の言葉を思い出す。


「――近頃の若者は軟弱でいけない。わしが子供の頃は霜の降りない日はなかった」


 北部で一番高い山を思い出す。雪化粧がない月がないと言われていた極地の山、その山に雪が降らなかった月があったと地元の村人たちが騒いでいたことを思い出す。

 俺が子供の頃の記憶を辿る。吐息さえ凍り付く極寒の冬、子供の頃、ナイフ一本で極地に放り出されたことがあるが、その頃と比べても〝今〟のほうが温かいのではないか。

 つくしやタンポポが咲き乱れる春が長く、日の差さない冬が短くなっているのではないか。

 バルムンクのデータと俺の記憶が交差する。

 少なくとも一〇〇年前よりも平均気温が上がっていることはたしかであった。その五度によって永久凍土が溶けつつある。そしてそこに封じ込められた〝冬の軍団〟が復活する。

 それがバルムンクの主張であった。

 嘘をついている――、そぶりはない。合理的に考えてもそのような嘘をつく理由はなかった。そのような法螺を吹くメリットがない。

 俺はバルムンクが真実のみを述べているという前提で語りかける。

「冬の軍団が復活したらどうなる?」

「伝承の通りになる。この世の地獄が復活する。人類はただ生き延びるためだけに一〇〇万の不死の軍団と戦うことだけに専念する」

「見方によっては国境線がなくなり、平和になるということか」

「ああ、ただし、農工業生産力は地に落ちる。すべての生産力は軍に傾けられ、老人や子供は切り捨てられる。剣を持たぬものは不要とされる世界が訪れる」

「修羅の国だな」

「そうだな。そうしなければ人類は絶滅するからな」

「そうしたら権力者も糞もない、か」

「そうだ。政治家は政争を止め、王位継承者も王位を奪い合う愚に気がつくだろうが、そうなってからでは遅い」

「そうなる前に冬の軍団復活を阻止するのか?」

 バルムンクは無念そうに首を横に振る。

「それはできない。人間の力は無力だからだ。どのように偉大な王も星の回転を止めることはできないし、星を凍てつかせることもできない」

「ならば諦めるのか? 人類を見捨てるのか?」

「まさか。人類と冬の軍団の最終決戦(ハルマゲドン)は決して訪れさせないよ。俺はその前に冬の王たちを滅する」

「な、馬鹿な。御伽噺の魔王たちを殺すのか?」

「ああ」

 こともなげに言うバルムンク、冬の王たちの力は絶大だ。少なくとも伝承では、大地を割り、星を砕き、この世界を死で包み込んだ悪魔たちだった。古代、まだこの地に存在した神々の肉体に死を与えたのは彼らだった。

 つまり、神々でさえ引き分けに持ち込むのがやっとだった化け物たちをこの男は殺すというのだ。

「不可能だ。気が触れてるのか」

「至って正常だよ」

「どうやって死者の王を殺す」

「バルムンク家には七七本の神剣がある」

「そんなにあるのか」

「ああ、他の貴族たちからはただの蒐集家(コレクター)だと思われているがね」

「俺に二本奪われても残り七五本もあるしな」

「そういうことだ。というか、おれは奪われたとは思っていない。そもそも神剣は持ち主を選ぶ。グラムもエッケザックスも望んでおまえの腰に収まっているのだ」

 そう言うと、バルムンクはリヒトの腰に携えられた二振りの剣をちらりとみ見た。

「そう言って貰えると罪悪感が薄れるが、残り七五本の神剣を使って冬の王たちを殺すのか」

「ああ。正確には神剣に相応しいものを探しだし、神剣を与える」

「剛毅なことで」

「神剣に相応しいものたちを探しだす。人類を守護できる選ばれし〝優越種〟が民を導く、それがおれの目指す世界であり、おれの目指す正義だ」

「その中心にいるのがおまえというわけか」

「当然だ。おれはこの世界で一番優れている」

 さも当然のように言われると反論が難しい。この男はラトクルス王国開闢以来の英才と言われている。王立学院も設立以来の成績で卒業し、政界に転じてからも非の打ち所のない業績を残している。

〝強引〟で〝弱者〟のことを顧みない性格以外は非の打ち所がない。

「民を導くか。俺にはできそうもない」

「いや、できる。たしかにおまえには政治家としての才能はないが、それはこの〝眠り姫〟と補い合え」

 アリアを視線で指す。

「今まで俺たちにちょっかいを掛けてきたのは強引に俺たちを試していたのか」

「そうだ。その過程で死ねばそれまでだと思っていた」

「それを聞いて感動して和解すると思っているのか」

「思っていない。しかし、姫様を救う手伝いをすれば多少は気が変わると思った」

「してくれるのか」

「現時点で娘を手伝わせている。――少々頭の弱い娘だから役に立っているかは不安だが」

「猫の手よりは役に立っているよ。十傑の情報を教えて貰っている」

「そうか。ならばさらなる情報を教えてやろう」

 バルムンクは重厚に口を開くとこのように言い放った。



「十傑には、いや、この学院にはアーマフという名の生徒はいない」


「…………」

 絶句する俺、想像もしていなかった言葉が飛び出てきたからだ。思わず、「どういうことだ?」と芸のない台詞を発してしまう。

「そのままの意味だよ。十傑一位のアーマフなる生徒は、特待生(エルダー)でも一般生(エコノミー)でも、下等生(レッサー)でもない」

「この学院に籍を置いていないのか」

「そうなるな。ちなみにこの国にも戸籍はない」

「財務大臣様が調べたのならばそうなのだろうが、学籍はおろか、国籍もない人物が、学院の最高峰に陣取っているのか?」

「素直に考えればそうなるが、別の見方もある」

「アーマフという人物が他の国のスパイ、あるいは今、話した冬の軍団の眷属である可能性」

「そしてもうひとつは――」

 バルムンクはそのように言いかけるが、その言葉が途中で止る。

 物音が聞こえたのだ。


「なにものだ!」

「ここは王女殿下の館であるぞ!」


 アリアを護衛するものたちが声を荒げる。

 アリアの館になにものかが侵入してきたのだ。そのものたちはアリアたちの使用人と軽く問答するが、強引に押し入ると、俺に向かって一片の紙切れを突きつけてきた。

 その紙切れはこの国の司法長官がサインを入れた、

「逮捕状」

 であった。

 メイドのひとり が声を張り上げる。

「このお方は恐れ多くもラトクルス王国の第三王女、神に造られた人々の子孫、および、リレクシア人の王の娘にしてドルア人の可汗(ハン)の娘の騎士、護衛のリヒト様ですよ」

 その声に衛兵は冷静に返事をする。

「それと同時に冷酷な殺人者でもありますな」

「リヒト様は人殺しなどされません!」

 かばい立てしてくれるメイドには悪いが、人殺しは何度かしたことがある。すべてやむにやまれぬ事情で向こうから刃物持って襲い掛かってきたケースばかりだが、今回は過去の罪を掘り課されているわけではないだろう。そう思った俺はメイドに下がって貰うと、逮捕状を確認する。

 そこにはしっかりと罪状が書かれていた。


「王立学院高等部魔法剣士科特待生(エルダー)十傑序列四位マサムネの殺害、及び序列二位フォルケウス殺害未遂容疑」


 その文字を見たとき、あっけに取られるよりも「その手できたか」と思った。

 アーマフの正体に思いを馳せた瞬間これということは、やはりアーマフの正体は俺が思ったとおりなのだろう。しかし、それをこの場で主張しても逮捕状の効力が消えることはない。

 窓の外を見ると、屈強そうな兵士三〇人がアリアの館を取り囲んでいた。

(……脱出するか。逃げて再起を図るのが一番だろうが)

 深夜、いきなり王女の寝室に逮捕状を持ってくるような連中だ。公平な裁判など望めるはずもない。そうなれば身の自由を束縛された時点で刑は確定することになる。おそらく死罪が用意されているはずだ。そうなればアリアの護衛どころか、アリアの命すらないだろう。毒に蝕まれて死ぬだけであった。それだけは許容することはできない。

 そう思った俺は「逃亡」を選択したが、問題なのは室内にいる騎士だった。逮捕状を持った兵士の後ろにいる白銀の鎧を纏った騎士、おそらく彼はこの国の上級騎士だろう。かつて彼も王立学院で勉学に励み、特待生(エルダー)として卒業した人物だ。そこからも修行は欠かさず、上位の騎士に上り詰めたもの。その実力は侮れない。

(……他の連中は撒けるだろうが、こいつだけは厄介だな)

 そう思ったが「やるしかない」と思った俺は姫様の眠っているベッドを飛び越える。 その瞬間、眠り姫の顔を網膜に焼き付けると、元気な姿での再会を誓った。そしてそのまま寝室の窓を破ると、二階から飛び降りた。当然、館の庭で控えていた兵士たち、寝室にいた上級騎士たちが追ってくるが、挟撃だけは避けられた。部屋にいたメイドが、花瓶を投げつけてくれたり、執事が兵士の足を引っかけてくれたりしたのだ。ただ、一番の殊勲者はランセル・フォン・バルムンクだろう。

 彼はすらりと腰の剣を抜くと、それを上級騎士に突きつけた。

「ここが恐れ多くも王女の寝室であり、そこに見舞客としてラトクルス王国の財務大臣が来ていると知っての狼藉か?」

 上級騎士はたじろぐ、一国の大臣、いや、指導者の持つ威圧感は半端がなかったのだ。

 上級騎士は一歩も動けず、

「……国王陛下の定められた法に従っているまでです」

 と返答するのが精一杯だった。

 その間に俺は兵士三〇人をかいくぐり、脱出に成功した。

 こうして俺は王女の騎士から、逃亡犯、指名手配犯と呼ばれる存在になる。

 不名誉な呼称であったが、しばらくはその呼称になれるしかないようであった。

下記からポイントくれると嬉しいですミ,,・∀・彡b

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