第九十七話 世界最高の情報屋
「どうして一日で騒ぎを起こすんですか。」
俺たちはホテルで愛さんに怒られている。
その通りなので何も言えない。
全てあの餅みたいなアイスが悪い。なんで喉に詰まって死を覚悟せにゃならなかったんだよ。
そのあとのサトラのキスのことを考えたら収支は大幅プラスなので、文句は言わない方がいいな。
「軍組織も動いているようです。やりづらくなりました。幸い、こちらの準備はできましたので、移動しますよ。」
「はい⋯⋯ 。」
いやほんとご迷惑をおかけしまして申し訳ないです。
「検問は私の能力でどうにでもなりますが、何はともあれ大人しくしていてください。私でもカバーできない範囲はありますので。」
釘を刺された。
すごすごと用意されたベンツの後ろに乗り込む。⋯⋯高級だ。
外は暗くなっていて、街の灯りが鈍く照らしている。わざと照明を抑えているのだろうか。
『そー言えば、仁。改めてアイス、ありがと。』
サトラの歯が、闇の中で白く光った。
いやいや今のめちゃくちゃ良い笑顔だったぞ。願わくはお日様の下で見てみたかった。
●
「どこへ向かっているんですか?」
荷台から身を乗り出して愛さんに聞く。
「情報屋と連絡が取れています。このまま向かえば合流できるはずです。」
颯爽とベンツを乗りこなすスーツ姿の愛さんは非常に格好良い。
アクションものの映画に出てきそうだ。
時々、軍のものらしき車両がすれ違う。
流石に全部が全部俺たちを追っているわけではないと思うが、気が気でない。
ちょっと人前で魔法を見せただけで、こんなことになるとは。
水魔法を出したサトラの判断は決して間違っていない。
水筒などを用意していればよかったんだよ。
俺の準備不足だな。初めての海外ではしゃいでいた。はしゃぎすぎた。そういうことだ。
「ちょっと待ってください。検問があります。」
愛さんが俺たちに身をひそめるように指示する。
大人しくマスクを着けて目を伏せる。
俺たちは、病気が広がらないように努力しているところなので、用事がないなら何も聞かないでください。
『そこのベンツ、こいつらを見なかったか?』
軍人がコツコツと車の扉を叩きながら写真を出す。
そこには写真に写った俺とサトラ、そして大きく丸のついたレンさんの姿が写っていた。
そういえばレンさんってそれなりの有名人だったっけ。アメリカ軍所属ということも、それなりのレベルからは知られているはずだ。
そのレンさんが事前連絡もなしにトルコに滞在していて、その上連れの一人は街中で魔法を行使するのも厭わない頭のネジの緩みっぷり。⋯⋯そりゃ警戒されるわな。
『いいえ。』
『失礼だとは思うが、後ろを改めさせてもらってもいいか?』
『この後ろにはさる有力者のご令嬢が乗っています。溺愛されているため、他人の目に触れたら、あなたの命は保証できませんよ。』
愛さんは根も葉もない言葉で煙を巻いていた。トルコ語っぽい。完璧超人かな?
めちゃくちゃそれっぽいな。流石の手腕だ。
『まあまあまあ。』
だが、なぜか軍人はそれに怯まずに侵入しようとする。
『困ります。』
愛さんはなんとか引き止めようとしていたが、想像以上に軍人さんの押しが強い。
スルスルっとすり抜けて、車内に入ると、俺たちを見て嬉しそうに笑った。
『ようやく会えた。サトラ。』
軍人の容姿がシュルシュルと崩れていく。
男だったはずの体格が、小さくなっていく。
栗色の髪が頭部の真ん中で結ばれて、そこから下にさらさらと流れている。
俗にいうハーフアップという髪型だ。
小さな体つきと、それに似合わないふてぶてしくてニヤニヤした目つき。
肩の空いたワンピースにラッシュガードを羽織ったラフな格好。
『今までよく頑張ったね。えらいえらい。うりうりうりー!』
サトラの頬に手を当てて、愛でるように動かした。
『へ?⋯⋯なんで?』
サトラはあまりの出来事に何一つ反応できずに呆けていた。
状況を理解した後も、目を白黒させて戸惑っている。
それは俺も同じだ。敵意は感じないが、車内に侵入してきた経緯が不明すぎる。
『あなたは、情報屋の!』
レンさんは心当たりがあるようだ。
鑑定を働かせる。
ナルデ
Lv278
職業「情報屋」
技能「変装」「銃撃」「借視」「探求」
称号「知恵の女神の加護」「全てを知ろうと足掻くもの」「追憶者」
つっよ?!
えっ。レンさんたちって人類最高峰レベルということではなかったのか?
「あなたでしたか。全く驚かせないでください。」
愛さんはその人物を知っていたようで、軽くため息をついた。
『驚いているようには見えないけどね。』
「途中で気づきました。あなたの性格をもう少し考慮に入れるべきでしたね。いたずら好きの情報屋。」
『ま、そういうこと。あの検問は私が掌握しているから、簡単に通過できるよ。』
いたずらっぽくつぶられた片目と連動して編まれた髪が揺れる。
『さあ。改めて自己紹介をしようか。私はナルデ。世界最高の情報屋だ。聞きたいことがあればなんでも聞くといい。お姉さんが教えてあげよう。』
両手を大仰に広げて、彼女は俺たちに目線を向けた。
キラキラと金の瞳がきらめいていた。
トルコで地震があったらしいですね⋯⋯ 。




