第八十六話 ゆっくりしていってね!
「⋯⋯もういいけん。」
千樹は、阿弥那の告白に対して、首を振りながらそう言った。
「へえ?」
その真意を問うような阿弥那の口調に、千樹は答えず、代わりに社歌に問いかけた。
「しゃかはそれでいいん?」
「わたしは⋯⋯ ゆるしたいよ。だって、あみだはがんばってるもん。」
社歌は決然としていた。
一番最初、ダンジョンに二人で放り出されたときの全てにビクビクしていた彼女の姿を知るものとしては、彼女の成長に感動すら覚える。
「わかった。とにかくこのだんじょんからでるまではきにしないようにするけん。」
千樹は渋々ながらも、ゆっくりと頷いた。
これで解決したとは言えない。それでも当事者同士で、納得し会えたならそれは一歩前進だ。
●
千樹の懸案事項が片付いたところで、俺は口を開いた。
「それくらいでいいか。とりあえず、今の話をしよう。下からマグマが上がってきている。ここを放棄して上を目指すか、それともギリギリまで良い状況になるのを待つか、どちらにする?」
とりあえず、選択肢はこの二つだろう。他に良い選択肢はなさそうだ。
「私からも補足しよう。この付近にモンスターたちは、下に下ろうとするものと上に登ろうとするものの二つに別れた。どうにも、耳の良い種族は下、鼻が良い種族は上みたいだ。だから、ここら辺に他の相手が残っているかと言われると、残っていないと思われるよ。」
阿弥那から追加の情報がもたらされる。
おそらく、サトラの戦闘音が聞こえた種族が下に降りていったのだろう。
そして、何らかの要素でマグマの上昇を察知した種族が上に逃れた。
そう考えられる。
この階層は広いわりに、隠れにくい。
リザードマンの集団を襲った俺たちが崖の上から攻撃できたことからもわかるように、天井が高く、隠れ場所といえば、この阿弥那の要塞くらいだ。もしかしたら何らかの手段で隠れている敵がいるのかもしれないが、どちらにせよマグマが迫ってきたら上に逃げるしか無くなる。
⋯⋯ 火に特化した生物を従えるのなら話は別か? でも、幾人かのダンジョンマスターのことを考え合わせると、ダンジョンマスターは、普通の人間とあまり変わらない能力を持っていると考えられる。
モンスターの方はよくてもダンジョンマスターが死んでしまえば元も子もない。
となると、同じ階層に潜伏しているマスターは気にしなくても良さそうだ。
問題は、上の階層に登った時に待ち受けているであろう相手だ。
俺と社歌の乏しい交戦経験から考えて、上階は狭く入り組んでおり、やろうと思えば簡単に不意打ちできる。
守るべきものを三人も抱える事になるサトラにどうにか負担をかけないようにしてやりたい。
前衛、遊撃、後衛兼殿みたいな感じで中に英彦山姉妹の三人を囲ったまま移動するのが良いんじゃないだろうか。
思いついたままに話す。
『いいんじゃない? 私が遊撃かな。』
レンさんの同意が得られたことで自信がついた。
レンさんはアメリカ軍で集団戦を行ったことも、多分おそらくあるはずだ。
集団戦のイロハは十分に理解しているはず。
⋯⋯ 、ただ、気ままっぷりを考慮すると、もしかしたら集団戦に疎い可能性はあるか?
それでももともとソロでやってた俺とか、他人を頼る必要のなかったサトラとかよりは集団での戦いを経験しているはずだ。レンさんを信用しよう。
「俺が前衛で、サトラが後衛だな。後ろから来るモンスターも任せる。」
『了解。』
サトラは頷いた。
一番信頼が置ける人に後ろを任せられるのは大きい。
俺のレベル上げも前衛なら捗るだろうし。
少々邪な考えを持ちつつ、俺は結論を出す。
「よし。そのフォーメーションで行こう。サトラ、そして千樹の回復のためにギリギリまで待ってから、慎重に上に上がる。それでいいか?」
「わかった!」
「わかったばい。」
「少々不安はあるけど、守ってもらう立場だ。よろしく頼むよ。」
『楽しみだね。どんな戦いが待ってるのかな。』
『私がいれば大丈夫。』
胸を張るサトラが頼りになりすぎる。
よろしくお願いします。
●
とりあえず俺たちは休むことにした。
合流まで休む暇のなかったサトラと千樹だけでなく、大きな戦闘と移動を経験している俺とレンさんも疲労は溜まっている。冷静に、英彦山ダンジョンからここまでほとんど気の休まる暇はなかったんだ。
ダンジョン内で休むのはモンスターの襲撃に気をつけないと行けないから、どこか気を張っていないと行けなかった。
ここで英気を養うのは良い選択だ。
なぜかコタツもあるし。
そういうわけで、俺たちは押し合いへし合いをしながらコタツに身を寄せ合うことになった。
絶対もっと解決策あるだろと思うけど、それはそれとしてコタツが離してくれないので、考えるのを放棄するしかなかった。コタツの魔力は凄まじい。
「私のなんだが。」
コタツ争奪戦に破れた阿弥那が恨めしげな顔で睨んでくるのに気づかないふりをして、俺たちはぬくぬくとコタツにくるまった。




