第八十二話 龍鳳の能力
ぶるぶる震える両手はやはり俺の言うことを聞かず、手に持つ紅葉刃が千樹の首にいつでも傷がつけられる位置に置かれる。
どうすれば良い。
俺は動かない体で、必死に打開策を考えた。
こうなっている原因は、龍鳳の「操心」だろう。体の自由を奪い、彼の思うままに動かす技能のようだ。
サトラに効く様子がないと言うのは、おそらく、レベル差によるものだ。
圧倒的なレベルは、そんな小細工など受け付けないのだろう。
そして小細工を元に、レベル以上の力を手に入れている俺には、その効果がぶっ刺さった。そう言うことだ。
口さえも動かない。
如何にかこうにか抵抗をしなくては。だが、どうやってだ。
『まずはその槍を降ろせ。良いな。』
龍鳳が俺の方向に指を向けたまま、サトラに言う。
『仁は問題ない。なら。』
サトラはまだ戦闘態勢を崩していない。
千樹の命はどうなっても良い。そう考えているようだ。
と言うより、俺を優先してくれているのか。ありがたいが、その場合、サトラに影響がある可能性は捨てきれない。彼女がいなくなるのは致命的だ。
『おー。止まらないか。なら、こうしよう』
俺の体がさらに勝手に動いた。
千樹を突き飛ばし先ほどまでは彼女の首元に突きつけられていた刃を自分の首の前に持ってくる。
『そのままなら、こいつを殺すぞ?』
目に見えて、サトラの体から力が抜ける。
流石のサトラも、連戦に次ぐ連戦の疲労で戦闘力が下がっている。
そして、龍鳳の実力は、薬物の影響でかなり高い。
何より俺が人質になっているのが致命的だった。
彼女にとって俺が大切な存在である。それを理解できるのは嬉しい。
こんな状況でなければ、俺も笑って喜ぶところだ。
だが、この状況でそれはまずい。
不味すぎる。
今のところ俺は足を引っ張っているだけの存在だ。
もし俺がこの場にいなければ、敵に人質にされることもなかった。
もし千樹が操られても、サトラなら容易に制圧できた。
俺が、サトラの死神になっている。
そう思い知らされる。
くそっ。どうにか。この刃を反転させられないのか?
ダンジョン産のアイテムだ。こちらの思考パターンを読む機能くらい実装していてくれ。
⋯⋯ 現実逃避している場合ではない。
視線の先では、のろのろとサトラが槍を地面に落とそうとしているところだった。
槍がなくてもサトラは強いが、職業「槍使い」が示すように、彼女の真骨頂は槍を用いる時だ。
あの相手に、槍なしで立ち向かうのは厳しすぎる。
ダメだ。そう俺は目線で知らせようとする。
サトラはこちらを安心させるように微笑んで、手を緩めて槍を地面に落とす。
『しっ!!』
擦過音が首筋を掠めた。
俺の手の中にあったはずの紅葉刃が、空中を舞っている。
サトラの右腕が地面に伸びて、落下していた槍をもう一度掴んだ。
『やっちゃえ!サトラ!』
俺の短剣を豪快なハイキックで吹っ飛ばしたレンさんが煽った。
その声に後押しされるように、サトラは急激に加速した。
『まだ、仲間がいたのか? だが、俺の力ならお前程度っ⋯⋯?!』
龍鳳の顔が驚愕に歪む。
サトラの加速が想像以上だったのだろう。
槍のリーチは近接武器の中でも上位に位置する。
そして、その槍を超絶的な技巧の持ち主が扱えば、そのリーチはとんでもなく伸びる。
龍鳳の予測をはるかに上回る速度だ。
このまま貫けばそれで勝ちだ。
俺は、いつものようにサトラの力を過信していた。
『うぉぉぉっっ、「魔獣化」!!!』
槍が当たる寸前、龍鳳の体が光に包まれる。
『無敵時間?!』
サトラが驚く。彼女の力を持ってしても貫けない相手など存在しているはずがない。
そして、この手応えのなさ。相手がしようとした技能の効果なのだろう。
そして、これは。俺も動ける。体を自由に動かせる。
あちらの集中が削がれた結果か、それとも「魔獣化」を用いる時には「操心」は使えないのか。
なんにせよありがたい。これで足手まといの状態は脱した。
あとは、魔獣化がどれだけのものか。そこにかかっている。
光が消えた時、そこには、巨大な龍が存在していた。
いや、龍と決めるのは早計か?
背中には、赤色の派手な鳥の翼。足は鳥のように細くて爪つきだ。顔と体は西洋風の龍そのものなのだが、その二点が、ひたすら違和感を醸し出していた。有り体に言うと、ちぐはぐだった。それに何より東洋風の龍であるべきじゃないかな?いや、そっちの方が手強そうだから、このままでいいけども。
ただ、その存在感はあまりにも巨大で軽視することはできない。
曲がりなりにも龍だ。
鑑定を見てみる。
龍鳳
職業「大ボス」
Lv250(+200)(+100)
技能「ブレス」「風魔法」「身体強化」「理性保持」「薬物耐性」
やべえよ。なんで変身するだけで、技能変更とLv100upするんだよ。
合計Lv550か。今まで会った中でサトラ以外で勝てそうなのは輝夜くらいか。
『主人。離れていてくれ。』
『りょーかい。手早く済ませてね。』
行火が部屋の外へ出て行く。
不確定要素であるダンジョンマスターがいなくなったことを喜ぶべきか、それとも戦闘を簡単に終わらせる手段を失ったことを嘆くべきか。
『さあ、俺の力を受けてみろ。』
龍鳳は、その龍の口を膨らませる。
おそらく、確実に。
「ブレスがくる!」
青白い炎が、龍鳳の口から放たれた。
前作である、「目指せ樹高634m〜杉に転生した俺は歴史を眺めて育つ」の発売日が七月十二日に決定しました。各サイトで予約も始まっています。なぜか一巻なのに四分の1ほど書き下ろしたので是非。




