第七十六話 砂浜合戦終幕
俺のそばに降り立ったジャイアントオーガは最後の一撃とばかりに斧を振り下ろす。足を一本失っているにも関わらず凄まじい威力だ。文字通り全てを込めたのだろう。
対して俺は先ほどのダメージからまだ回復しきれていない。千鳥を持つ手が痺れている。
『うおおおおおおおお!』
雄叫びが轟く。
くっ。きついか⋯⋯ ?
『うりゃあああ!』
その斧を、炎を纏った蹴りが吹き飛ばした。
体勢を崩して倒れたオーガはそのまま動かなくなった。
「レンさん!」
『世話が焼けるね。』
呆れたように、嬉しそうに、レンさんは笑う。
「助かった。」
『ときめいた?』
いたずらっぽく冗談めかして。
「⋯⋯ そこそこ。」
目を逸らしながら俺は、正直に答える。目と目を合わせたらもっと別のことを言ってしまいそうだった。
『なら良し。』
さっぱりとした口ぶりで彼女は切り上げた。
『後ろは任せたよ。』
「誰一人通さない。」
二人背中合わせで互いを守り合う。
サトラに匹敵するような安心感がある。
彼女の炎を纏った近接格闘術と、俺の雷を帯電させた剣術。二つの残滓が飛び散ってゲームのエフェクトじみた光景を生み出している。
リザードマンの鱗を切って、オーガの腕を痺れさせ、千鳥を突き込む。
右の相手は俺が切る。左の相手はレンさんが蹴り倒す。
まるで心が通じ合っているような一体感。
負ける気がしない。
いつ果てるかわからない波濤のように押し寄せるモンスターの群れを切って切って切りまくる。
リザードマン
Lv154
職業「将軍」
技能「指揮官」「炎耐性」「槍術」
目の前のこいつは、一番最初に確認した100人将の一人だ。あの時はLv140だったはずだが、この激戦を潜り抜けてかなりレベルアップしている。背負うものもあってか、かなりのオーラを感じる。
横目でレンさんの方を見る。
ジャイアントオーガ
Lv181
職業「将軍」
技能「突進」「斧使い」「軍略」「筋力増大」「破壊力増大」
ジャイアントオーガの指揮官が彼女と相対していた。
こっちよりも手強そうだ。
「こっちは手早く片付ける!そしたら手伝うから。」
『私だけで倒しちゃうかもよ?』
彼女は軽口を叩いている。
心が軽くなった気がした。
「いくぞ。」
『目障りな奴め。』
槍が捻りながら繰り出される。
技能で「槍技」を持つだけあって、そこらの雑魚とは一線を画す一撃だ。まともに受けたら風穴が空くだろう。
刀を滑らせて受け流す。
雷と摩擦が火花と散って、弾ける。
『シッ!』
引き戻して突き直す。
サトラの槍ほどではないが十分な速度だ。
もう一度弾く。ぎゃりぎゃりぎゃりと耳障りな音が響いた。
リーチの差で有効な反撃ができない。
こっちの方がレベルは高いとはいえ、向こうもなかなかの物だ。
そして指揮官としての実力もある。
手強いな。
でも、レンさんと約束したし、このくらいちゃっちゃと片付けよう。
乱れ突きをいなしていく。
隙が少ないな。
こっちが守っていればなんとかなる範囲だが、反撃が難しい。
流石にリザードマンといえど無限に体力があるわけじゃない。休みたくなるタイミングがどこかで来るはずだ。
よし、予想通り攻撃が緩んだ。
「「雷切」!」
俺は雷撃を飛ばす。打ち合うことで溜まっていたエネルギーが放出される。
少しでも操作をミスればこちらにも被害が及ぶ諸刃の剣。
それでも千鳥の特殊能力は強力だ。
リザードマンは体を震えさせている。
雷の効果で動かせなくなったようだ。
「卑怯とは言うなよ。」
これも、戦いの内だ。
『グっ、ががあ。』
痙攣するリザードマンを袈裟斬りに切り捨てた。
そいつの力が俺の中に流れ込んできている。
終わった後が楽しみだ。
よし。こちらは終わった。レンさんはどうなった。
振り向く。
まだ、あのジャイアントオーガと渡り合っているみたいだ。
相手のジャイアントオーガは、この戦場でおそらく一番強い。
倒すことさえできれば残りは雑魚ばかりになるだろう。
名実共に、最後の戦いだ。
柔らかな地面を踏みしめて、破壊の乱舞に飛び込む。
二人の戦いは回転しながら進んでいた。
振り回される斧と、それを徒手空拳でいなして反撃するレンさん。
割り込む隙はほとんどない。それでも、切れ間を探す。
ここだ。
レンさんが斧を蹴り上げたタイミング。
二人とも体勢が崩れて、次の動作に移れない。
大きな腹に千鳥を打ち込んだ。突き。抜いて、腹を搔っ捌く。
鮮血が吹き出して、砂浜を赤に染めた。
赤の血は、白い砂浜の中に吸い込まれて消えていく。
『ここで、終わりか⋯⋯。』
オーガの将軍は自らの死期を悟ったようだ。
『せめて、道連れにしてやる。』
絶体絶命からの足掻きはオーガのお家芸みたいだな。
俺に向かって振り下ろされる斧を、今度こそ余裕を持って避ける。
流石に二度目は喰らわない。
『とどめだよ。』
背中をレンさんの回し蹴りが捉え、ジャイアントオーガの巨体はどうと倒れた。
両方とも指揮官が倒れたことで、浮き足立っている。
リザードマンの百人将で生き残った方が撤退の合図を出し、オーガの方もそれを追撃する余力はない。
両方の敵である俺たちの存在もあって、リザードマンとオーガの砂浜合戦は両軍痛み分けで決着した。




