第七十三話 出撃
社歌の見せた表情が気にかかるけど、ゆっくり追求していられるような状況でもない。
阿弥那の出した地図は刻一刻と変わっていく。敵を示す赤い光点が移動していく。まるでゲームの地図のようだ。おそらく阿弥那の趣味だろう。
ダンジョンマスターの持ちポイントは時間により増加するシステムらしいので、光点は徐々に増えていく。
こちらの哨戒部隊も増やすことは可能だけど、確実に他のダンジョンマスターの方が多い。
このまま放っておけば徐々に追い詰められていくことは確かだ。
確実な対処手段は、他のダンジョンマスターの息の根を止めることだ。
増殖の起点を一箇所止めるだけでもずいぶん違うだろう。
今まで戦った相手は、ゴリラ、蜂、蠍、バッタ、幽霊。
基本的に自らの得意な種族を生成しているのだろう。各ダンジョンマスターにはコストが相対的に安い種族がいるらしい。このダンジョンバトルには他マスターとのリソース勝負の側面もある。割高な種族をわざわざ作るメリットはどこにもないはずだ。
つまり社歌と阿弥那も仏人形シリーズを生み出すのが最適解だ。
阿弥那は、この拠点を防衛するための地形操作。社歌は偵察人形の生成が一番必要な仕事だろう。
現状維持だ。
この二人はこれでオッケーだ。後は俺とレンさんが何をするかが問題か。
一番いいのは出撃することだろう。
ほとんどの相手を二人揃えば正面から撃破できるはず。
レベルが上がった相手でなければ大丈夫だ。
それに、こちらのレベル上げという観点から見てもモンスターを撃破していくのは理に適っている。
「阿弥那、俺たちが離れていても連絡は取れるか?」
「どうやってレンがお兄さんたちを見つけたと思う? 眷属扱いの相手には念話が飛ばせるんだ。」
「なるほど。社歌、やってみてくれ。」
「どうすれば⋯⋯ ?」
「⋯⋯ 。スクロールして一番下にある。」
「っ⋯⋯ 。ぁりがとぅ。」
まだ気後れがあるのか、社歌の返事は小さかった。
心は痛むが、時間が解決してくれるように祈るしかない。
彼女たちがいつか正面から向き合える日が来ると良い。
ーいまあんたのこころにちょくせつはなしかけてるよー
「どこで仕入れたんだその語彙。」
ーへん?ー
「間違ってはないんだけどな⋯⋯ 。」
まあいいか。
「俺とレンが外に出て、敵の数を減らしてくる。社歌はサトラが見つかったら教えてくれ。後、任意のダンジョンマスターの居場所がわかっても同様だ。」
「むずかしいよ。」
「ひらがなで喋ったほうが良かったか?」
「そういうことじゃないもん! こどもあつかいしないでよ!」
腰に手を当てて怒りを再現している。ただ可愛いだけだ。
どうみても子供なんだけど、指摘しないほうがいいか。
何はともあれ頭を撫でた。くっ。機会があるごとに彼女の頭を撫でてしまう。
なんだこの感情は。これが父性というやつか?
『私と一緒に戦ってくれるの? 直方仁。』
「力を貸してくれ。」
『もちろん。私はあなたのヒロインだからね。』
「それはちょっと言い過ぎだ。」
『じゃあ言い直そうか。私はあなたのヒーローだ。』
「もっとおかしくなってる気がする。」
『ヒロインと言ってくれるのは嬉しいけど、私は守られるだけの存在じゃないからね。ヒロインというよりヒーローの方が適切だろう?』
彼女は完璧なウィンクを送ってくる。
「そんなことはない。日本では戦うヒロインが主流だからな。レンさんがヒロインでも何も不思議なことじゃないさ。」
『どう抵抗しても女の子扱いしてくれるね君は。』
そう不満そうな口ぶりをする彼女の唇は微笑みの形を作っていた。
⋯⋯ 可愛いんだよな。普段は凛々しいのに所々で女の子らしさが滲み出ているの、魅力的すぎる。
「イチャイチャするのはやめてほしいな。ともかく水門を開いておくから、そこから脱出してほしい。」
ダンジョンの方に通路を開くのはリスキーということだろう。
納得できる。
こんなことなら耐水性の服を持ってくるんだったか。
『私の服の予備を着なよ。撥水性だし動きやすいよ。』
レンさんは軍服の下にラバースーツ的なものを着ている。
⋯⋯ 言葉に甘えるべきかもしれない。
「そうします。」
『ちょっと恥ずかしいね。』
彼女は照れたように笑った。
緊急事態なのでセーフと心に言い聞かせながら彼女が差し出したラバースーツを身に纏った。
「胸があれですけど、悪くないです。」
そこだけ不恰好なのがネックだが、俺の身長でも容易に入るほど伸縮しやすい素材でできていて、着心地が良い。ラバースーツだけだと変態チックな格好なのには目をつぶろう。今更だ。
それじゃあ、迷宮へ戻るとしよう。
「じん、もどってきてね。」
社歌は不安そうに俺の腕を握った。
「約束しよう。必ず帰るさ。」
今できる最善をここで行う。
それが俺にできる精一杯だ。
撫でる力が強すぎて社歌の髪をくしゃくしゃにした。ちょっと自分でも不安なのかもしれない。
「まあ、気を張りすぎないようにね。撤退してきてもいいからさ。」
阿弥那が緊張をほぐすように言う。ほんと彼女は老成しているな。
『よし、じゃあ、行こうか直方仁。私たちの冒険へ。』
レンさんは笑顔で手を差し伸べる。
ワクワクを隠しきれないその様子に、俺も同じような気持ちになって、しっかりとその手を握りしめた。
「ああ。出発だ。」




