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Lv666の褐色美少女を愛でたい  作者: 石化
第一章 東京

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第四十七話 一夜の夢

 その夜、サトラは、有無を言わさず俺をベッドに引きずり込んだ。

 抵抗しようとも思ったけど、彼女の表情があまりにも真剣なことに気づいて、俺は従った。



 体を横たえて、俺とサトラは向き合う。

 お互いの顔が真正面に見える。電気を消した月明かりの中でなければ、どうしようもなく顔が赤くなっていただろう。心臓の音が耳に痛い。 


 しばらく待っていると、彼女はようやく口を開いた。


『やっぱり私のせいで、直方に迷惑をかけてる。何か私にして欲しいことはない?』


 それは一番最初に言ったこととほとんど変わらなかったけど、彼女の気持ちが丸ごと込められた言葉だった。

 不安げな顔で彼女は俺の返事を待っている。


 初めて会った日、彼女は俺に槍を向けた。

 そして、敵じゃないとわかってすぐ、同じように自分に何をさせたいのか尋ねた。


 その様があまりに痛々しくて、自分のやりたいことをしろとしか言えなかった。

 あの時の言葉は、彼女に届いたんだろうか。


 届いているから、同じ言葉を、今度は自分の意思で口に出したんだと思いたい。

 それは多分、彼女の成長だ。何よりも嬉しい。


 そして、俺も彼女にしてほしいことがあった。

 あの時は思いつかなかったお願いも、今なら素直に口に出せる。


「俺のことを、下の名前で呼んでほしい。仁って。」


『仁?なんで?』


「もっと仲良くなった証みたいなものだから。」


『仁って呼ぶとあなたは嬉しいの?』


「もちろん。」


『わかった。じゃあこれからは直方のことは仁って呼ぶ。』


「ありがとう。」


『うん。⋯⋯ これからもずっと一緒にいようね。仁。』


 尊くて燃え尽きてしまいそうになりながら、俺は頷いた。

 これからもっとたくさんの問題に直面してしまうだろう。

 でも、彼女と一緒なら、どんなことにも立ち向かっていけるはずだ。

 いつか彼女と並び立つその日を夢見て、俺は一歩一歩進んでいきたい。



 そろそろと手が彼女の方に向かう。


 途中で、向こうの手に当たった。


 考えていたことは一緒らしい。


 二人でちょっと笑って、そして手を握り合った。


 彼女の暖かな体温が伝わってくる。


 今だけは懸案事項を全て忘れて、俺は幸せだった。



 ●


 視界が黒と赤に染まっている。


 いつか見た夢の続きだと直感した。


 痛ましい光景が広がっている。

 鮮血が月光に照らされた神殿を染めていた。


 もう動かない人、人、人。ぼろきれのように積み重なり、折れ重なっている。

 かつて光を宿していたであろう瞳は全て虚ろだった。


 それは、俺を狂気に落とすには十分な凄惨さだった。


 こんなものを見て気が狂わない奴がいるだろうか。


 いるとしたら冷酷な犯罪者か快楽殺人鬼くらいだろう。


 俺は絶叫した。


 人がいたら確実に気づかれる。そんな大きさの声量だった。


 だが、俺は、完全には狂えなかった。

 これを、夢として処理することもまた、できなかった。


 一人の黒髪で褐色の肌をした少女が、おぞましい怪物の前で震えていた。

 先ほどの俺の絶叫が届いた様子はない。

 ただ、恐怖と怒りが、彼女が気を失うことを許さなかった。


 醜悪で奇怪な音が響く。


 聞きたくなくて耳を塞ぎたい。

 およそ正気の人間なら聞くに耐えない音だ。

 だが、俺の全言語理解はそれさえも言語として解してしまう。


『これでお前は人柱力を得た。我の巫女として我を追い出した海のダンジョンに住まうやつばらを皆殺しにせよ。』


 意味するところは明白で、それ故俺は、目の前が真っ赤に染まるかと思った。

 彼女の力は良くないものだとわかっていた。

 でも、それが、こんな風にして後天的に背負わされたものだとは想像できなかった。


 自分の無神経さを呪う。


『はい⋯⋯ 』


 そして、幼い彼女に変化が起こっていた。

 黒かった髪が、漂白されたように白くなっていく。


 人柱力を得た彼女はその代償として髪を白く染めたのだ。

 いや、それはもしかしたら自分の力が身近な人々の犠牲のもとで組み上がっているものだと理解してしまった絶望故かもしれない。


 彼女は海へと沈んでいく。


 あの怪物の言う通り、海のダンジョンを攻略しに行ったのだろう。

 奇しくも、杉のダンジョンで、ダンジョンマスターが言っていたことが事実だとわかってしまった。


 怪物は満足げな呼吸音を鳴らすと、その場にどっかりと腰を下ろした。


 背中から触手が何本も生えて、死体を手づかみにするように取り上げた。


 そのまま口元に運んで、咀嚼音を響かせた。


 俺は見ていられなくて、その場を離れた。



 俺は、この時、彼女のことを何も知らない。


 のうのうと生きていた。だから、何もできなかった。

 理性がそう言っても本能は何も納得しなかった。



 俺はサトラが好きだ。だから、彼女をこんな目に合わせたお前は絶対に許さない。


 十分離れたところで振り返って驚愕する。


 怪物の目は確かに俺のいるところをじっと見つめていた。



 ●


「あああああああぅぅぅっっー!」


 絶叫とともに飛び起きる。


 なんだかとてもひどい悪夢を見ていたような気がする。

 頭がぼんやりして詳細は全然思い出せないけど、多分サトラの過去に関係するものだ。


『どうしたの、直っ⋯⋯ 仁。』


「大丈夫。心配しなくていい。」


 途中で気づいて呼び方を変えてくれたのが嬉しかった。


 最初から覚悟している。彼女の抱えている事情がどれだけ重いものでも、俺は彼女の力になるって。


「ご飯、作らないとな⋯⋯ 。」


『大丈夫。私が作るから。』


 サトラは任せてと胸を張った。


『でも、いつものは作れないかもしれないから、見ていてくれると嬉しい。』


 サトラが包丁を扱った時の危うさを思い出して俺は頷いた。


『見てて。美味しいの作ってあげるから。』


 そう言う彼女はやる気十分で、自分が食べたいだけだろなんて茶化すのは悪いことのような気がした。


「任せる。頼りにしてるよ、サトラ。」


『任せてね。仁!』


 そうして、とびきりの笑顔を俺に向けて、彼女は厨房に向かっていった。


 俺は一瞬ほおけて、かぶりを振ってサトラを追いかけた。


 今日の朝食もきっと美味しいだろう。








これにて一章完結です。二章からは里帰り編とギリシャ編を予定しています。今回の裏テーマは地理なので、別の地域にも行くかもしれません。

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