第四十一話 襲撃
目の前に広がる青い空と圧倒的な浮遊感。
いきなりだったので、頭が追いついていない。
何が起こったんだ。
何者かの襲撃を受けたらしいことはわかる。
それをサトラが躱した。
俺を守るように動いた。
そして現在、絶賛落下中だ。三階の高さとはいえ、落ちたら死ぬ。
いや、サトラならいけるのか。衝撃を殺して飛び降りることが。
『だめ。』
見下ろすと下には、揃いの黒い隊服を来た不審集団がいて、こちらに銃口を向けていた。
『ちょっと我慢してて。』
「わかった。」
放たれる銃火を精妙な姿勢制御で躱す。
一旦強く地面を踏みしめて、サトラは飛び上がる。
俺は横抱きにされた格好である。俗に言うお姫様抱っこというやつだ。
される側なんだけど⋯⋯ 。
文句は言えない。こちらは救われているし。
現実世界では俺の職業『異世界主人公(召喚予定なし)』の効果は発揮されない。
今の俺はただの一般人レベルだ。だからサトラに守られるのもしょうがない。
しかし、こいつらはなぜ俺を襲ってきたんだ。
心当たりは全然ないぞ。
しかも全員がかなり高い技量を持っていて、統率のとれた動きをしている。
一番最初に暗器を投げてきた女は特にやばかった。
鑑定できたステータスはこれだ。
リン=ワールド
Lv 170
職業「反英雄」
技能「限界突破」「潜伏」「近接戦闘」「風魔法」「異界化」「血族召喚」
称号「女神(異)の加護を受けしもの」「暗殺者」
⋯⋯ この人、レンさんに関係ありそうだけど。
気にしないことにしよう。偶然ということもあり得るんだし。
『しっかりつかまってて。』
彼女の言葉に頷いて、腕に力を込める。気恥ずかしがっている余裕はない。
俺と彼女を銃撃が襲う。
徐々に加速しながら、彼女は躱していく。
かすりもしない。俺という大荷物を抱えてこれか。さすがサトラだ。
建物の壁面をまるで地面のように蹴って、進んでいく。
俗にいう壁走りだ。
何かの魔法を使っている気配はしないから、純粋に身体能力のみで行なっているのだろう。
サトラの高い実力のなせる技だ。
だが、敵もさる者だった。
『待ちなさい!』
声が追いかけてくる。
首をそちらに向けた。
視認する。
さっきの女の人、リン=ワールドが同じように壁を走って追ってきていた。
こちらは、風が不自然に舞い上がっているのを見たところ、風魔法を用いて体重を軽減して、壁走りを行なっているらしい。
『ごめん直方。持ち方を変える。』
「どんとこい。」
彼女は丁寧に両手で支える体勢から、片手に持ち替えた。
俺の体を支えるのが一つの手で可能になった。
すぐに、彼女の手の中に槍が現れる。
そのまま振り回すと、リンの方から飛んできた暗器が二つ、弾かれて落ちた。
全く油断も隙もない相手だ。
でも、俺は微塵も怖いとは感じなかった。
今俺を守っているのは、『血槍姫』サトラだ。槍を持った彼女が勝てないものなど存在しない。
そう確信できる。
●
ビルの外壁の間を縫って、二人の戦いは激しさを増す。
俺という足手まといを抱えながら、サトラの戦闘は的確で、相手を寄せ付けない。
幾度となく空中で火花が散る。
負けるわけがないとは言え、相手を振り切ることはできない。
スピードだけで言ったらサトラに匹敵している。
やはり強い。
一進一退の攻防は徐々にその位置を上に移して行った。
そして、屋上に降り立つ。
ここは、確か。工学部の、一号館だ。
工学部一号館の屋上はひらけている。
誰かが家庭菜園でもやろうとしていたのか、煉瓦造りの花壇と室外機があるくらいだ。
『ここなら思いっきりやれる。』
サトラはそう言って、リンを睨んだ。
多分言葉は通じていないけど、ニュアンスは伝わったらしい。
レンさんと瓜二つの顔をして、腰まで続く金髪はストレート。
なかなかに美人だが、纏っている雰囲気は冷たい。
『いい度胸ですね。一応聞きますけど、投降する気はありますか?』
「投降するって聞いてるけど?」
通訳しよう。
『直方を殺そうとしたやつの言うことなんて聞かない。』
「俺を殺そうとしたのでダメだそうです。」
『随分とたらしこんだものですね。さすがは日本政府のエージェントと言ったところでしょうか。』
「へ?」
『とぼけても無駄です。トライヘキサの有用性に気づき、我々から隠しましたよね。』
「⋯⋯ 絶対に何か誤解があると思う。」
『あなたは殺して、トライヘキサは眠らせます。それで任務は完了です。』
ダメだこの人聞く耳持たねえ。
『行きますよ。覚悟しなさい。技能『異界化』!』
リンの言葉とともに、あたりの雰囲気が変化する。
風が強く吹いて、木々を揺らした。ついで空がかき曇る。青空だったはずなのに、見える空は紫に染まっていた。
『ここは私のフィールドです。ここから出ることも入ることも不可能。さらに、私よりレベルの高い生物は全て、私と同じレベルになります。』
「なんだと?!」
『トライヘキサ。あなたが高レベルなのは理解しています。しかし、それだけで私は諦めません。この場所では私とあなたの実力は五分。それに足手まといを抱えて、どれだけ戦えると言うのですか。』
足手まとい=俺と言うことを考えなくてもすごくまずい。
『私のナイフには睡眠薬が塗ってあります。少し掠っただけでアウトですよ。』
リンは獲物を追い詰めたことを確信して、唇の端を釣り上げた。




